ゼロ・リミット≠メモリーズ_社畜は今日も旅に出る。

松風

第1話

朝目を覚ますとそこは俺の地獄───オフィスだった。

もう何日目だろう。

会社で目を醒ますのは。


AM4:30

起きた瞬間、目の前にあるpcに死んだ目を向け、まるで機械のように手を動かす。

そして今、手をつけているのは自分の仕事ではなく上司のもの。

出勤時間前に終わらせなければ朝から自分の仕事に取りかかれない。


AM6:00

ようやく昨日の仕事が終わり、一息つける。

襲いかかる眠気を押し切り、下の階にあるコンビニでエネルギーバーと缶コーヒーを購入。


AM6:15

購入したエネルギーバーを缶コーヒーで流し込み、出勤時間まで死んだように眠る。


AM7:50

セットしておいた携帯の無機質な機械音に起こされる。


AM8:20

他の社員出勤。

死んだ目で機械のように働く自分を見て嘲笑。

もう慣れた。


AM8:30

出勤時間ギリギリにクソ上司降臨。

自分で仕事押し付けておいて何が「残業お疲れ様!いつも大変だねぇ」だ、死ね。


同時刻

同期の高学歴降臨。

クソ上司のお気に入り。

出勤すると「黒木くん、おはよう!今日も頑張って働いてね」といった皮肉が飛び出す。

死ねクソが。誰がお前の仕事片付けてると思ってんだ。クソ上司がお前の仕事まで持ち込むようになったおかげで仕事場が家になったんだよ。


〜12:00

PM1:30まで休憩開始。

今日は朝早く目が覚めたおかげで仕事がいつもより少ない。

家に帰るために飯を食わずに仕事に費やす。


PM7:00

クソ上司&クソ同期退社。

ようやく解放される。


PM8:30

昼を費やした甲斐があったのか三人分の仕事終了。

ほぼ奇跡。

4日ぶりに会社から出る。


この会社に入ってからもうすぐで2年になる。


2年前、あの時はやる気に満ち溢れていた。

どんな事をしても大成せず、自信など皆無だった俺を雇ってくれた初めての企業。

面接に行き、内定が出た全ての企業に断りを入れ、この企業に骨を埋める覚悟だった。

2年前初めて見た天国は今では地獄、ただただいるのが苦痛になっていくだけだった。


周りを見れば近づくクリスマスに心躍らせるカップル、楽しげな表情の親子夫婦。

自分だけが死んだ目をしている。


現在62日連続出勤。

そんな不名誉な数字は明日で途絶える。

久しぶりの土日休。


しかし、何をすればいい?

大学時代の友達は何度も遊びの誘いを断り続ける自分に愛想を尽かし、LINEはブロック済み。

初収入で手に入れたゲームは2,3度しか開くことができず今では旧式。

実家に帰ろうにも片道6時間のど田舎。行く気になれない。


体を刺すように吹く冷たい風はまるで自分の待遇を嘲笑うようだ。


足元に広がるレールを見る。


「──死んじまおうかな。」


思わずそんな言葉が漏れる。

ここで死んでしまえば仕事しなくていい。

もうクソ上司と顔をあわせる事はない。

あのクソ同期の皮肉を聞かなくていい。


もう、世界に絶望しなくてもいい。


ああ、なんて幸せなんだろう。


眼をゆっくりと瞑り、体の力を抜く。


力を抜いた体は重力のことわりに沿って前方に倒れていく。


やっと死ねるんだ…


もう思い残す事は何もない。


だらしなく落下していく体は遂に無機質で冷たいレールの上に辿り着く。


騒ぎ出す周りの人々と迫り来る大きな光とギィギィなるレール。


俺は考える事をやめた───。


大きな衝撃と流れ出る鮮血。


そこで俺の小さな命の灯は簡単に消えた。

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