第3話 お葬式


ACT-3 『お葬式』



パパァー!パァー・・・!


乾燥した空気の中、車のクラクションが響き渡る。

見渡す限りの田園と、雄々しい山々にその音が反響する。

私は今、霊柩車に運ばれる同級生を見送っていた。


その突然の出来事に、私は何が何なのか、理解しているのかしていないのか理解していない。

祖母の葬式の為に帰郷したつもりが、どこでこうなってしまったのかわからない。

ただ、あづみの苦しみながら死んでゆく形相が、鮮明に私の瞳に焼き付いていた。

あれは、けして、人間の正しい人生の終わり方ではない。

虚しく、儚く、散ってゆく生命の灯火であった。


感情というシステムが少し乱れてしまうだけで、人間というのは何と脆い生物なのだろうか?

赤の他人が死ぬということには微塵も動揺を覚えないのに、自分と時間を共有した者の死というものが、こんなに切なくて悲しいものだとはじめてわかった。

それが当然と思う事が当然なのだ。

そんな当たり前の事を、「何で?」と自分に問い掛けてみても、その答えを見つける事など出来やしない。いや、それがわかっていても改めて問い掛けてみることで、自分が悲しみを実感している事を実感したがっているのだろう。


悲しみという感情は、ただ人が死ぬということだけでは起こりえない物事なのだ。

そこに自分との接点があり、共有する時間が無くなることで悲しくなるのだ。

言い換えれば、自分にとって益がある物がいなくなることへの悲しさなのだ。

そう思うと、人間とはなんて自分勝手な生き物なんだろう。

だから、こんな事を考えてひとりで悲観している自分も、相当身勝手な生き物だと思う。


あづみの葬儀は、あづみが死んだ2日後に行なわれた。

あづみが死んだ日が深夜、その次の日が通夜、その次の日が葬式だった。

私の祖母の葬式は、本来は今日だったが明日に変更された。

村人の数が少ないので、同じ日に同時に行なうのは人手が足りないからだ。

だから、若くして亡くなったあづみの葬儀を優先して行なうことにになった。


葬式というのは二度ほど出たことがあるが、老体で亡くなった人の葬儀は楽でいい。

楽でいいというのは失礼かもしれないが、若くして亡くなった人の場合はたまったものじゃない。

何て声を掛けたら良いのかわからないのだ。

以前、東京で、会社の先輩の旦那さんが亡くなった時もそうだった。

通夜に行ったのだが、亡くなった旦那さんは39歳で子供がまだ2歳。

子供はお父さんの死を理解できずにいたので、冷たくなった体を触り、「お父さん寒そうだから、毛布かけてあげて」と言った時には、親族一同大泣きしてしまった。

そこに居合わせた私は、もちろんアハハと笑うことも出来ず、目頭を押さえるフリをしなくてはならなかった。失礼な話だが、会社の先輩の旦那が亡くなって、それを理解できない子供の一言で泣けるほど懇意にしていた訳ではないし、私の涙腺はそんなに弱くは無い。


今回は、その人と人との共有部分が先輩の旦那とは違って、もっと深かっただけなのである。

だから、今回は純粋に悲しかった。それと同時に恐ろしかった。

私の目の前で血しぶきを上げながら死んでいったあづみに、一体何があったのだろうか?

近所の連中は、口々に噂を立てていた。田舎特有のネットワーク配線が、それはもう瞬時に村全土に浸透していったのだ。


病気?自殺?それとも殺人?


あることないことが憶測となり、それが捻れて伝達される様は、聞いていてけして気持ちの良いものではなかった。

「あそこの娘は昔から病弱じゃった」とか、「あそこの娘は鬱病だった」とか、どこでそんな事を聞いたのだろうという根拠のない戯言ばかりだった。

私はその時、人の嫌らしさに吐き気を覚えた。

「たたりじゃー!天栖村の祟りじゃあッ!」

突然、老人が大声で叫んだ。

「そ、そうじゃ、この前死んだ三人とも天栖小学校の同級生じゃった、そして今度も・・・」

「ひえぇ!ナンマンダブ!ナンマンダブ!」

老人達は、揃って地面にひれ伏して祈っていた。

そんなバカな。この科学万能の時代に、祟りなんてあるわけがない。老人特有の悪い病気だ。

戦後70年、激動の時代を生き、天皇万歳を三唱してきた世代には何を言ってもムダだろう。

私はそんな老人たちに苛立ちを覚えた。


しかし、ただひとつ言えること。

それは、あづみはけして自殺ではない。

あの夜、アルバムを貸してくれない理由を、後で話してくれると言った人間が、どうして次の瞬間に死ななければならないのだろうか?

それは、そこに居た者たち全員がわかっている。

すると、残されたのは病気か・・・・殺人・・・・


「れいちゃん・・」

「あ、よし子」

私の前に、喪服を来たよし子が立っていた。散々泣いた後が、そのやつれた顔でわかる。

それは仕方ない、よし子とあづみは、ずっと幼い頃からの友達なのだから。

20年以上の友人を失った悲しみは、計り知れないものなのだろう。

私の顔をじっと見詰めるよし子の目が、またも潤んでくるのがわかる。

私は、よし子の頭を撫で、肩を抱いてやった。

特別気の利いた言葉をかけるわけでもなく、私はずっとよし子の側にいてあげた。


火葬場から出てきたあづみは変わり果てていた。

あんなに色白でおしとやかで美しかったあづみが、白くてツヤのないガサガサのガイコツになっていた。あづみのような奥床しい女性は、最近稀な存在だった。女である私でも、少し憧れてしまうほどの美人だった。だからこそ、その消えていった命の尊さは重かった。

「あづみ・・安らかに眠ってちょうだい・・・」

涙ながらにそう言ったよし子の言葉に、私は違和感を覚えた。

あんな死に方をしたのに安らかに眠れるはずがないだろうに。

でもやはり、それは旧来の友人特有の弔いの言葉だったのかもしれない。

私だったら、「絶対無念を晴らすからね!」とでも言ってしまうかもしれない。

だけど、それはどこか、あづみに対してふさわしくない言葉だなと思った。


それから私達は、火葬場を後にし、お寺へ納骨に向かった。

そこで、ぷぅやんとチョロ太を見かけたので声をかけようとしたが、ふたりとも真っ青な顔をしていたのでやめておいた。無理もない。あづみが目の前であんな死に方をしたのだから・・・これでは、死んでいった同級生三人を、後追いしたようにも見える。


ぽん。

すると後ろから、私の肩を叩いてくる者がいた。

「やぁ、レイクミ、いろいろ大変だったね」

そこには、場の空気を読めない男、本間純一がいた。

「ジュンくん、その服装はなによ?喪服とかないの?せめてネクタイぐらいしてきなさいよ」

私は、いつもの普段着を着ているジュンくんに注意した。

「ああ、今、ちょっと持ち合わせていなくってね」

「持ち合わせてないって・・・あんたこっちで実家暮らしでしょ?」

「あれ?言ってなかったっけ。ボクはずっとエジプトにいたんだよ」

「え、エジプトぉ?なんで?どうして?」

私は、ジュンくんとエジプトがどうしても繋がらなくて頭の中が混乱した。

「ボクの仕事は考古学者なんだ。まだ駆け出しのペーペーだけどね。どう、驚いた?」


正直驚いた。いやはや、それにしても驚くなという方が無理がある。

あの、小さくて泣き虫だったジュンくんが考古学者とは・・・

そういえば、小学生の時から興味のある物に対しての執着心は異常だった記憶がある。

神社とか伝記とか虫とか洞窟とかいろいろ。

昔、ジュンくんと一緒に、遠くの山の天辺に見える大きな木を見に行こうとした事があった。

だが、道に迷って遭難し、地元の成年団が捜索して見つけてくれたのが三日後だったというイヤな思い出がある。あの時も、ジュンくんは泣き喚いて全然頼りにならなかった。

その時の記憶が今の私にこびりついているので、この男はダメな男だというイメージが強かったのだ。だから、考古学者というイメージとはかけ離れていて、かなりのギャップがあった。


「考古学者~?ホントかしら?」

「ほんとだよ、ねぇ、よし子ちゃん」

ジュンくんは、よし子に同意を求めた。

「あ、うん・・・ほんと、だよ」

「ほらね、よし子ちゃんは昔から知ってたよね、ボクがエジプトに行くってさ」

「う、うん・・・」

よし子は、返答し辛そうに会話していた。そういえば、よし子とジュンくんが喋っているのをあまり見たことがない。よし子にとって、ジュンくんは苦手なタイプなのだろう。私は助け舟を出そうとして、ジュンくんとよし子の会話に割って入った。

「はいはい、あんたが考古学者だろうがそんなのどうでもいいわ。それより、あづみの死因をもっと詳しく調べないと・・」

「・・・・・・・・」

よし子は顔を背けて黙ってしまった。

しまった!会話を遮断させる為に、あづみの事を聞いたのはまずかった。

「そ、その、あづみは私に後で話を聞かせてくれると言ったわ。だから、あづみは何を話そうとしていたのか気になるの」

「そう言えば、そんな事言ってたね、なんだろ?」

「・・・・・・・」

よし子はまだ黙ったままだ。私はこの場の雰囲気をなんとかしようと、ジュンくんに話しを振った。

「ちょっとあんた、ぷぅやん達のところ行ってなさいよ」

「え?でも、あづみちゃんの話の事がボクも気になるし・・・」

「いいから行きなさい!」

「もう怒鳴るなよ、わかったよ・・」

ジュンくんは、しぶしぶと、ぷぅやん達のところへと移動した。

「ごめんね、よし子。あづみの事思い出させちゃって・・・」

「・・・ううん、いいの。それよりあづみの言いたかった事、わたし知ってるの。それを後でみんなの前で話すわ」

「え、でも大丈夫?」

私は、よし子の精神状態が気になっていた。肩ががくがくと振るえ、声が上ずっている。

あづみの壮絶な死は、よほどよし子の心に傷跡を残したのだろう。そんな状態だからこそ、私はよし子を気遣ってあげたかった。

「よし子、今日はもう休みなよ。わたし、よし子の事が心配なのよ」

「うるさい・・」

「え・・・」

聞き間違いだろうか?よし子が小声でそう言ったように聞こえた。

私はそれ以上、よし子に何も言えなくなってしまった。これ以上、よし子の精神に負担をかけてはいけない。よし子の硬い表情には、どうしても皆に伝えたい何かがあるのだろう。

「わ、わかったわ・・・」

私はよし子の肩に手置くと、ぷぅやん達のところへ向かった。

「ひとりで歩けるから・・」

よし子は、私の手を払いのけ、ガクガクと肩を震わせて歩いていった。

(よし子・・・)

今の私には、これ以上よし子を慰めることが出来なかった。



葬儀が終わったその夜。

よし子から、あづみの事で話があるので、みんなで集合することになった。

私は、祖母の通夜そっちのけで出かけようとしたが、当然、母と口論になった。

「れいちゃん!どこへ行くの?!」

「ちょっと出掛けてくる、あづみの事で」

「あづみちゃんはきっと病気だったのよ、あまり騒ぎ立てるのはやめなさい」

「なんでお母さんにそんな事がわかるの?」

「だから、それは・・・」


ガラガラ


そこに、父の三番目の兄弟である、幸司おじさんがやってきた。

「いやぁ、まいったまいった・・・」

「あら義兄さん、大変でしたねぇ」

「まったく、とんでもないことになったよ」

幸司おじさんは、農郷の支局長をやっているおえらいさんだ。

母は、幸司おじさんの話の聞き役になっているので今がチャンスだ。

「あ、お待ちなさい!これ!」

私は、大切な同級生の不審な死の真相を知りたくて、半ば強引に家を飛び出した。

「おやおや、れいちゃんも兄さんの血を継いでいるのかなぁ」

「本当に、おてんばですいません・・・」

「はは、元気があっていいじゃないか。それより兄さんからの連絡は?」

「それが、まだ・・・」

「そうか、仕方ない奴だなぁ兄さんも。こっちも大変だというのに」

幸司は険しい顔でタバコに火をつけた。


そして。

私は、家から少し離れた場所で、よし子と待ち合わせしていた。

街灯ひとつないこの場所は、周りがまっ黒な闇だった。

夜空は曇っていたので星は見えなかった。私は、この場所が気味悪かったので、早くよし子が来ないかなぁと思った。

それにしても、昼間のよし子はえらく取り乱していた・・・

だけどそれも当然か。友人が死んだのだから。

もう落ち着いているかなぁ。よし子は運転がヘタそうだから、それも心配だわ。

私がそんな事を考えていると、山の木々の間から光が漏れて見えた。

あれはきっとよし子の車だろう。しかし、近づいてきた車はよし子の車ではなかった。

ところが、その車は私の前でブレーキをかけて急に止まったのだ。

私は何か不信を感じたので身構えた。もし、怪しい人だったら逃げる準備をした。

車のドアが開き、そこから降りてきた人物・・・それは・・・


「よし子?」

「おまたせー!ちょっと遅くなっちゃった!」

降りてきたのはよし子だった。明るい口調と笑顔のよし子。

どうやら、昼間のように取り乱してはいないようだ。

それとも、無理に自分を作っているのだろうか?

私は車に乗り込もうとしたが、それは商用のワンボックスなので、助手席の位置が高くて上がるのに手間取った。

「よいしょ。これってよし子の車じゃないよね、あの車どうしたの?」

「ああ、あれ、もう飽きたから売っちゃったの」

「えっ?!だって先月買ったばかりでしょ?」

「あ、そうね。実はこれ代車なの。ちょっと故障しちゃって」

(え? いま売ったって言ったのに……)

「ふ~ん・・・そうなんだ」

代車の割には、女の子にこんな商用車を貸すなんて、さすが田舎だなと思った。

「ところでどこ行くの?ぷぅやん家?」

「まさか、違うわ。あんなところ二度と行きたくないもの」

それはそうだ。あづみが死んだ場所に行きたくないのはわかる話だ。

「じゃあどこなの?」

「ちょっと、ね。ヒミツの場所よ♪」

よし子はばかにゴキゲンそうだった。口笛を吹き、車のカセットテープに合わせて鼻歌を歌っていた。その歌はばかに古臭い曲ばかりだった。

「ねぇ、そういえば、よし子って農郷だったわよね?」

「・・・それがどうかしたの」

「うん、さっきね、おじさんが来たんだけど、農郷が大変だとかどうこう言ってたわよ。よく聞いてなかったけど」

「ふ~ん、そう」

「・・・そうって、よし子・・・自分の職場でしょ?」

「そうよ。でもね、私、仕事って嫌いなの」

「あ、そうなの。じゃぁ一緒だね。私も仕事大嫌いなの」

「あはは!そうなんだ、れいちゃんも嫌いなんだ!」

するとよし子は、車の窓をグルグルと開け、大声を上げた。

「キライよキライ!大っ嫌いー!」

私はその行為に少し驚いたが、私も助手席の窓を開けて大声を出してみた。

「キライ~!仕事なんて大っきらい!」

「私もキライ!キライ!キライ!キライッ!」

よし子の声は絶叫に近かった。それほどまでに仕事が嫌いなのだろうか。それにしても、その声のキレっぷりというかシャウトっぷりは少し異常に思え、私は少し恐くなった。


しばらくすると、車は山の茂みのあぜ道に入っていった。

「あ、ここって・・・」

私はそこが、どこか見覚えのある場所だと思った。

「そうよ、憶えているかしら?昔、ここによくみんなで集まったわよね」

そうなのだ。小学校の頃、この山小屋に、秘密基地と称してよく集まったものだ。

「うわぁ、なつかしい!でも入って大丈夫?なんだか怖いな」

「大丈夫よ、みんな一緒だし」

「みんなって・・私達二人しかいないじゃない。女の子だけじゃ不安だわ」

「だから、みんな一緒!ね!」

「ぷぅやん達がいるってこと?でも明かりがついてないわよ?まだ来てないんじゃ・・」

「いるよー、きっと。さ、いこっか」

「あ、ちょっと、よし子」

よし子は暗い山道を明かりもなしにすたすたと歩き、坂の上にある小屋へ向かって歩いていった。

どこかおかしい・・・

よし子の態度に疑問を持ちながら、私はおどおどと、その後をついていった。


ギギギ・・・


クェーッ!

部屋の扉を開けると怪しい音が森に木霊した。

「きゃあ!」

ドスン!

突如、何かケモノの鳴き声が聞こえ、私はシリモチをついてしまった。

「鳥かなにかよ・・」

よし子は、落ち着き払ってそう言った。それにしてもよし子の落ち着きぶりはすごい。

どうしたというのだろう?友の悲しみを乗り越えた人間は、こうも強くなるのだろうか?

強い・・いや、強いという表現は適切ではない。どちらかというと、異常な落ち着きだ。

私は薄暗い部屋の電気をつけようと、入り口付近のスイッチを捜した。

パッ

すると、部屋の電気がついた。何者かがスイッチを押したようだ。だがそれは、裸電球の明かりだったので、部屋全部を照らすことはできない小さな明かりだけであった。

そして、小屋の奥の部屋から出てきたのは、チョロ太だった。

「よう・・・」

どこか元気のないチョロ太。そういえば、チョロ太とぷぅやんは、昼間から青い顔をしていた。

たしかに、同級生の死を目の当たりにしたのだから当然だ。

「ぷぅやんは?それとジュンくんもまだね?」

私は、チョロ太に尋ねた。

「ジュンは用事があって来れないらしいよ。何でも隣り町で調べ物があるからって」

「そうなんだ・・・じゃ、ぷぅやなんは?」

「すでにここに到着しているみたいよ」

「え?どこに?」

よし子は、窓越しに車を止めた場所を指で指した。だがそこには私達が乗ってきた車しかなかった。

「よし子、誰もいないわよ?」

「なーんてね、う・そ!あはは!」

よし子は無邪気に笑った。

「ちょっと、どうしたの?よし子おかしいよ?」

「ううん、私は正常だよ」

「でも・・・やっぱ今夜は帰ろうよ?よし子は疲れているんだよ」

「いいのッ!」

よし子が突然大声を出したので私は驚いた。

「ねぇ、れいちゃん。ここって懐かしくない?」

「う、うん・・・懐かしいね・・・よくここで遊んだ思い出があるわ」

「そうね!いっつもここで遊んだもんね!いつも、いつも、いつも!」

両手を広げて嬉しそうにくるくると回るあづみ。

やっぱりおかしい。あづみの行動は異常だ。

「どうしたのよ、あづみ?やっぱ帰って休んだほうがいいよ?」

「いいの、いいの!それより、チョロ太、あれ見せてあげなよ」

「お、おう・・」

チョロ太の手には、小学校のアルバムが握られていた。

「あ、それって・・・」

「あづみちゃん言ってたよね、あとで教えてあげるって。その意味はアルバムを見ればわかるわよ」

「アルバムを見れば、あづみの言おうとしていた話がわかるの?」

どういうことだろう?私は首をかしげながら、チョロ太からアルバムを受け取った。


パラパラとアルバムをめくる私。なつかしい校舎の写真。

田舎の分校だったこの小学校は、当時生徒が11人しかいなかった。

全校生徒11人、すべて同級生なのだ。

それは何故かというと、昔、この村に疫病が流行った事と、村唯一の産婦人科が隣町に移転してしまった事。このふたつが原因で、村の人は子供を作ることを躊躇した。

偶然にも数年間子供は生まれなかったが、それから少しして、わりと大きめな病院が村に出来た。それから子供が増え始めたのだそうだ。

そして、私達が卒業すると同時に、隣村の小学校と合併する事になり、私達の通った小学校は閉鎖された。こんないきさつがあるからこそ、尚更この校舎には思い入れがあったのだ。


「うわー懐かしい。あ、これよし子ね、チョロ太にぷぅやん、あづみもいるね・・・あ」

私は、ついうっかりあづみの事を口に出してしまった。少しでも、よし子にあづみの事を思い出させてはいけなかったのに。

「いいのよ、れいちゃん。私はもう気にしていないから」

「うん・・ゴメンね・・・あれ・・・?」

私はこのアルバムの中で、ひとつの違和感を覚えた。

「私が写っていないわ」

見開きに写った同級生の顔写真が10枚。どこを探しても私の写真がないのだ。

全員で撮った写真にはちゃんと写っているのに、私個人の写真だけないのだ。

私は、よし子とチョロ太の顔を見上げた。するとよし子はクスリと笑ってこう言った。

「そんな事はないわ、ちゃんとそのページに載っていたわよ」

「?・・・でも・・・」

私はもう一度、そのページをよく眺めた。

そして写真の数も数えてみた。10枚・・・10人ぶん・・・どこを探しても私の写真がない。

「あ、これ何かしら?」

部屋が暗くてよく見えなかったが、10枚並んだ写真の横に、一枚分の空白部分が見えた。

どうやら、ここの部分を切り取ったようで、後ろから紙をあてがって修復していた。

「ここにきっと私の写真があったんだわ、でもどうして私のところだけ・・・」

私はチョロ太の方を見た。このアルバムを渡してくれたのがチョロ太なら、持ち主はチョロ太だと思ったからだ。

「ちがうよ、俺のじゃないよ、そのアルバムの持ち主は」

「じゃあ誰のアルバムなのよ?」

「さぁ誰のかな、当ててみなよ」

「?・・・チョロ太じゃなかったら誰なの?よし子の?」

しかし、チョロ太はニヤニヤしながら私の顔を見ている。

「ちょっと!チョロ太教えなさいよ!」

私はチョロ太に向かって声を上げた。そして、よし子の方を見ると、よし子は下を向いたまま俯いていた。その顔は、含み笑いを堪えているように見えた。

「ね、ねぇ、誰なの教えて?どうして私のとこだけ写真が切り取られているの?ねぇ!」

私はもどかしくなり、痺れを切らせて叫んだ。


何だ?なんだというのだ?

これでは明らかに私をわざと困らせているようだ。

私が困惑しているのを見て面白がっているようだ。


「ちょっと!どうしてこんな事するの?今はみんなで協力してあづみの死を解明しないといけないのに!」

「解明だって?どうして解明する必要があるのさ?」

「チョロ太、何言っているのよ!あづみがあんな死に方して何も変だと思わないの?!」


バタン!


その時、車を置いてある場所からおかしな音がした。

「何?今の音は?」

私は窓の外を見た。しかし、別の車が到着した様子はなかった。

「ち!・・・ここはまかせたぜ、よし子!」

チョロ太はそう言うと、小屋の外へ飛び出していった。

「待ちなさいよ、チョロ太!」

どうしたというのだ?よし子とチョロ太の不審な行動。全く理解できない。

私の知らない所で何かが動いている・・・そう感じた私は、外の不審な音の正体を知るために、チョロ太の後を追って外へ出ようとした。その瞬間・・・

グイ!

私の肩を掴んだのはよし子だった。

「はなして!外で変な音がしたのよ!あれはなにか・・」

ガヅン!

その瞬間、私の後頭部に激しい痛みが走った。

薄れ行く意識の中で、よし子とチョロ太の話し声が聞こえた。


「これで俺達の計画どうりだな・・」

「そうね、でも最後の仕上げが残っているわ・・」


私には確かにそう聞こえた。

よし子とチョロ太がグルになって私をはめた?

何故?何の目的で?

そして、アルバムから私の写真を切り抜いた意味は?


田舎に帰って三日。

たった三日で、私の日常は異常な危険に飲み込まれていった。

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