第2話
「……はあ、緊張する」
ドキドキと高鳴る鼓動を抑えるようにぎゅっと胸元を握る。息をするのも苦しいくらいに跳ねる心臓にまだ始まってもいないのに大丈夫かと心配になった。少し離れたところから感じるお祭り独特の空気、その音の中に向かって歩を進める。一歩一歩、近づくにつれて手まで震えてくる。大丈夫だろうか、わたしは変じゃないだろうか。……彼はいるだろうか。そんな不安はすぐに消し飛んだ。会場のそばにある大きな樹の下に彼はいた。
「あ」
浴衣だ。
樹に背中を預けて、うちわで扇ぐ姿が様になっていた。
「結奈くん、ごめんね。待たせちゃったかな」
「いーや、大丈夫。……浴衣、着たんだな」
「うん。約束したから」
屋上で結奈くんをお祭りに誘った日、本気なのか冗談なのか「浴衣楽しみにしてる」と言われてしまった。まあ浴衣なら洋服選びに苦しむこともないしと快諾したけど、これはこれで緊張する。
「結奈くんも浴衣なんだね。すごく、その……似合ってる」
紺色の飾り気のない浴衣がとても結奈くんらしい。本当はカッコいいって言いたかったけど、さすがにそれを口にしたら今日一日もたない気がした。心臓が。
「……委員長も似合ってるよ」
「え、」
「浴衣、すげー似合ってる。可愛いよ」
「!」
前言撤回だ。わたしがアクションを起こさなくても心臓はもちそうにないかもしれない。それに、浴衣だよね? か、可愛いって浴衣のことだよね? そんなことわかりきってるはずなのに体温がどんどん上がっていく。このままじゃ沸騰してしまう。
「委員長、行くよ」
「はっ! うっ、うん!」
花火が終わるまでちゃんともつかな、わたし。
「人多いからはぐれんなよ」
「うん、気をつける」
立ち並ぶ屋台から漂う美味しそうな匂いに誘惑される。金魚すくいでは子供たちが真剣な顔つきで格闘していた。
わあ、りんごあめ美味しそう! お面可愛いなぁ。
「すごいたくさん出てるんだね、出店」
…………。
あれ?
「え」
うそ。結奈くん、いない?
「まさか……はぐれた?」
浮き足立っていた身体の熱が冷め、頭が白くなっていく。周りに気をとられて完全に迷子になってしまった。……どうしよう。押し寄せる人波の中から結奈くんを捜そうと必死で辺りを見渡す。うう、だめ、全く見えないっ!
ドンッ!
「わっ……」
転ぶ! そう瞬間的に目を瞑るとぐいと腕を引っ張れた。自分が予測していたのとは反対に体が傾いていく。
「あっ、ぶね」
「結奈くん?」
顔を上げると走ってきたのか額に汗を滲ませた結奈くんがいた。
「委員長、大丈夫?」
「だっ、だだだいじょうぶっ!」
すごく近い距離に心拍数が一気に上がる。掴まれた腕が異常に熱くてただその熱から逃げたい一心で目を逸らした。どうしよう、近い近い近いよ……っ!
「あの、た、助けてくれてありがとう」
「いや、俺も目ぇ離したから。ごめん」
「そんな! わたしがヨソ見してたから……」
なんか迷惑かけちゃったな。お祭りなんて久しぶりだったから、つい気が緩んじゃった。
「委員長」
「ん? はうっ! ゆひなふん?!」
突然ぐいと頬を引っ張られて強制的に目を合わせられる。
「もう謝んの終わり。ほら」
「……」
目の前に差し出された手にぽかんとする。えっと、これはどういう……
行動の意味が理解できなくて、自分よりも大きな手を見つめていたらその手が焦ったいと言わんばかりにわたしの手を拐った。…………え?
「え、ええっ!」
「はぐれるよりマシだろ? それとも俺と手繋ぐの嫌なの」
「違う! そ、そうじゃなくて、でも」
こんな急展開あってもいのかなって、嬉しいけど恥ずかしい。それに手汗大丈夫かな?! 繋がれた手が尋常じゃないくらい熱を持っている気がして怖くなる。
結奈くんにとっては迷子対策かもしれないけど、わたしにとって手を繋ぐ意味は大きいのだ。しかもそれが結奈くんとだなんて、そんなの心臓がいくつあっても足りない。渋るわたしに結奈くんの視線が降り注ぐ。
「でも?」
「……結奈くんはいいの? その、見られちゃうかもしれないよ」
手を繋いでお祭りを楽しむだなんて恋人同士のすることだ。変な噂がたったらそれこそ結奈くんに迷惑をかけてしまう。一緒にいてくれるだけでも、すごくすごく幸せなのに。
「いいよ、委員長となら」
「……結奈くん? 」
聞き取れなくて首を傾げると、結奈くんはふいと顔を逸らしてしまった。
「あー、腹へった。なんか食おうぜ」
「う、うん」
そう言って手を繋いだまま歩き出した結奈くんについていく。さっき何て言ったんだろう? 結奈くん背中大きいなぁ。当たり前だけどわたしなんかよりずっと逞しい。みんな結奈くんのこと不良だとか近寄りがたいとか言うけど、そんなことない。優しくてあたたかい心を持ってる人だってわたしは知ってる。知ってるよ。
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