初恋を屋上で(仮)

姫野 藍

第1話

 


「は、花火大会に一緒に行きませんかっ?!」


 十七年生きてきて一番勇気を出した瞬間だと思う。震える手で開け放った屋上の扉が、風に煽られて音を立てて閉まった。青い空の下、コンクリートに背中をつけて雑誌越しからこちらを見ていた男、結奈翔大ゆうなしょうたはパタンと本を閉じて胡座を掻く。意図を探るような双眸が真っ直ぐにわたしを捉えてドキッと心臓が大きく跳ねた。


「それ俺に言ってる?」

「う、うん!」

「ふーん」


 心臓がバクバクする。いまだかつてこんなに緊張したことがあっただろうか。いや、ない。こんなに吐きそうなくらい緊張したことなんてなかった。頬が熱くて注がれている視線を今すぐにでも振り払って逃げたいくらいだ。


 結奈翔大とは今までほとんど話したことはなかった。記憶にあるのは一度だけ。それも本当に一言二言の、会話と呼べるのかどうかも怪しいもの。そんなわたしが彼に認識されているのかどうかも疑わしい。沈黙に精神が追い詰められていく。極度の緊張で蹲りそうになったとき、結奈くんが僅かに口角をあげた。


「いいよ」

「へ」

「でもいいの? 委員長、俺で」


 挑発的な眼差し。

 と、いうか今委員長って言ったよね? 言ったよね? よかった、わたしちゃんと認識されてた。ほっとして少しだけ体から力が抜ける。


「わたしが誘ってるんだからいいに決まってるよ」


 そう言うと結奈くんは満足そうに笑った。「いいよ、行こうか花火大会」彼の形の良い唇から紡がれた言葉にパアっと自分でも驚くくらい心が晴れていく。嬉しさを隠せなくて緩む頬。胸がいっぱいでさっきとは違う意味で蹲ってしまいそうだった。


 八月四日、高校生最後の花火大会。ずっと叶うわけないと諦めていた恋が動き出す。



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