第3話
「ここ座るか。浴衣大丈夫?」
「うん」
焼きそばを二つ買って、人の波から横に外れた神社へと続く階段に座った。少し高いところから見下ろす喧騒はさっきまで感じていた高揚とは別に、気持ちを落ち着かせていく。
「ここのお祭りって結構大きかったんだね」
人が多いのは覚悟していたけど、まさかここまでとは思わなかった。
「委員長来るの初めて?」
「ううん、一昨年来たよ。去年は夏期講習漬けで疲れて寝ちゃってたんだぁ。気がついたらお祭りも終わってて、花火も見れなかった」
あのときは地味にショックで、夏休みが終わったとき何か物足りなくて。だから来年は必ず行くんだって心に決めていた。
「そんじゃー今年は見ねぇとな」
「うん」
「でも勉強漬けとか耐えられねーわ」
「夏期講習とか行かないの?」
「俺が行くように見える?」
「でも補習にはちゃんと出てるよね」
「出ないと卒業させねえって言うからな」
思い出したのか結奈くんは少し苦い顔で焼きそばを口に運んだ。
「卒業できないと大変だもんね」
「……委員長はさ、卒業したらやっぱり大学行くの?」
「うん、一応どこかに引っかかればいいなって」
「ふーん」
「結奈くんは」
結奈くんはどうするの? そう紡ごうとしたわたしの声は「翔大っ!」と隣の彼を呼ぶ可愛らしい声にかき消された。
ひらひらとスカートを揺らしながら階段を駆け上がってくる彼女を、どこか他人事のようにぼんやりと見つめる。結奈くんは頬を緩めていた。
「おう、柚希」
「あれ、もしかしてデートだった? 邪魔してごめんね」
「いいや。お前は?」
「えへへ、私はデートだよっ。今かき氷待ち」
可愛らしい笑顔に、見ているこっちまで元気になってしまうようなキラキラした性格。結奈くんの楽しそうな横顔にツキンと胸が痛んだ。
「あ、きたきた。じゃ、私行くね」
「走って転ぶなよ」
「転ばないよー」
来たときと同じ、ひらひらとスカートを靡かせて彼氏、だろうか? の元へと走って行った。可愛い人だなぁ。浴衣で勝負を挑んでも、私服の彼女に敵わない。なんて、勝手に勝ちだの負けだの言って、本当、情けない。締め付ける胸の痛みを誤魔化すようにわたしは手のひらを握った。
「俺らもそろそろ行こっか」
「うん」
上手く笑えない。笑わなくちゃって思えば思うほどそれは歪な形で顔に表れてしまう。ダメだなわたし、自分から誘ったんだからしっかりしなくちゃ。
再び歩き始めた人混みの中が妙に静かに感じた。ピタリと前を歩いていた結奈くんの足が止まる。
「……結奈くん?」
「あのさ、隣歩けば?」
「……えっと、大丈夫。もう見失ったりしないよ」
「無理して笑うくらい嫌?」
「! ち、違うよ。そんなんじゃなくて、久しぶりだからちょっと疲れちゃっただけ」
「……」
鋭い眼差しが真っ直ぐに向けられる。逃げ道なんてないってそう言われている気がして、わたしは観念してぽつりと呟いた。
「……見劣りするから」
「は?」
「……結奈くんの隣歩くのもったいないっていうか、わたしじゃ不釣り合いだから、だから」
やっぱり他の子がいい、島村さんがいい、そう思われるのが怖い。じわりと涙が滲んで、面倒くさすぎる自分に嫌気がさした。
「可愛いよ」
「……え」
「委員長は可愛いよ。言ったろ? 浴衣もすげぇ似合ってる」
「……」
「俺お世辞なんて言わねぇから」
「……結奈、くん」
「わかったら、早く来いよ隣」
ほら、そう言って不器用に差し出された手にそっと手を重ねる。単純なやつだって自分でも思う。だけど、好きな人からの言葉はまるで魔法みたいに、どんなに苦しくても悲しくなってもあっという間にわたしを笑顔にする。
自分に自信なんてまるでない。元カノにだって全く敵わない。だけど結奈くんの瞳に今この瞬間だけでもわたしが映っていることがすごくすごく嬉しい。
「……こんなに幸せだと怖いよ」
すごくすごく幸せで、でもすごく怖い。
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