第5話 覚悟

 スクィーズは破損したレヴラドールのブースターを全開に吹かし、ワグワイア大尉を追いかけた。やがて、その機影が前方に見えてくる。


「ワグワイア大尉!」

『スクィーズか。ルイヴィ少尉はどうした?』


「……残念ですが、全て……終わりました」


 スクィーズは、コクピット内で少し後ろめたさを感じながら、そう溢し言った。と同時に、また胸の辺りがズキリと痛む。


『そうか、君にまで辛い思いをさせてしまったな。すまない……』


「いえ……気になさらないでください。それよりも大尉、この辺りはテロリストや海賊が頻繁に出没している宙域で、とても危険です。早く戻りましょう! 皆が待っています」

『いや、スクィーズ。君だけ先に戻っていてくれ。オレにはまだ、やらなければならない仕事が残っている』


「やらなければならない、仕事?」

『ああ、今さらかも知れないが。このままでは終われない、そう思ったのさ』


 この時のワグワイア大尉の言葉には、重みがあった。ポップアップ画面に映し出される彼の表情からも、それまでとは違う何かがひしひしと感じられた。スクィーズはそれを見つめ、再び胸が痛み動揺する。


「あの、大尉、何のことを言って……?」

『スクィーズ、聞いてくれ。オレはな、フレイアという貧しい惑星で産まれた。いや、正確には、そこは格差の激しい惑星だった。

オレはその星の貧しい家に産まれ、更には両親を子供の頃に亡くした。それでもこのオレには、一人の可愛い妹がまだ残っていた。しかし、喰うにも苦しい貧しい日々が続き。遂には、その妹も病気になり、飢えたまま死んで逝った。オレはその妹の葬儀が終わったあと、街へと独り出掛け、妹に似た女の子にお菓子を買ってあげた。自分の妹にはしてやれなかったことを、最後の願いとして残してやりたかったんだ。だが、その時、女の子そんなオレを見て、こう言ったんだ。

「なに? 貧民。恵んで欲しいの?」

あの目は、凄く冷たかった。軽蔑めいていた。

その時からだ。オレは、復讐を誓ったんだ。この世のこうした、あり方全てに対してな……』


「……た、大尉?」

『だがな。オレは今になって、その事を後悔している。これは、何かが違う。オレが本当に望んでいたことと、何かがな……』


 と、その時。レヴラドールが前方の異変を探知し、コクピット内で警告音を鳴らし始めた。特に中央付近に大型の何かを発見し、詳細情報がポップアップにて次々と表示される。スクィーズは、それを確認して驚愕した。


「なに、これ? 全長三キロ……《高機動型HOPゲート》、所属コード:モンゴ……まさかこれは!?

大尉、これ以上先へ行ってはいけませんッ! 大変に危険です! 大尉ッ」


『スクィーズ、君はここから今すぐに戻れ。私はこれ以上、君をこのことに巻き込みたくはない。私は、これから自分自身が行って来たことに対するケジメを付けにゆくつもりだ』

「──!」


 そう言うと、ワグワイアはレヴラドールが持つ三つ織りの大型新兵器ホールブラスターを機動後、セットし構え。ブースター最大出力で噴射し、直進し始める。


「た、大尉無茶です! 行ってはダメです! 直ぐに戻ってきてくださいッ」


『スクィーズ、出来れば君の花嫁姿を見たかったよ……どうか、このオレの分まで幸せになってくれ』

「──ワ、ワグワイア大尉!」


 前方に広がる無数の光点へと、ワグワイア大尉は向かっていった。次々に放たれる光弾を、彼は全て掻い潜り避け、メガハイパーレールガンと十六連追尾ミサイルポットでUAFAを多数撃墜し、高機動型HOPゲートへと最接近し、ホールブラスターを改めて大きく構え、そこでこんな一言を最後に残す。


『……スクィーズ。君ほど素敵な女性は、他に居なかった。ああ、オレはとても幸せな男だったさ……後悔はない』


 そして、ほどなくその中心辺りで大きな光が無音に広がってゆく。その周りにいる艦隊を飲み込みながら。

 そして、ほぼ同時に、レーダーに映る友軍機の光点が一つ消滅した。


「た、大尉……?」


 しかし、ここで悲しんでいる暇などなかった。敵の残存部隊が、スクィーズに向かって来ていたからだ。

 スクィーズは涙を堪え、後退する。だが、ブースターが被弾していたこともあり、直ぐに追い付かれた。それで逃げるのは諦め、ミサイル単発だけでは無謀なのは分かっていたが、それでも攻撃し必死に抵抗しようとした。しかし、振り向き様、直ぐに捉えられてしまう。

 コクピット内で警告音が鳴り響く中、スクィーズは悔しい思いで、口を噛み締め涙し、刹那ワグワイアのことを想い出していた。

 と、その時。こちらをロックオンしていた相手が突如、目の前で爆散する。それから少し遅れ、スクィーズの前に一機のレヴラドールが立ち塞がった。


 高機動型機動兵器レヴラドール=スレイプニールだ。


『中尉、下がっててくださいっ! ここは、この私が!』

「ルイヴィ少尉? どうして、あなたが……」


『言っておきますが、幽霊なんかじゃないですよ。あの隕石の爆発は、ダミーです。そうしないと、あの場は収まらなかったでしょっ?』

「……。は、ハハ、やられたなぁ…」


『中尉、油断なくっ!』

 ルイヴィ少尉に守られながら、スクィーズは下がった。だが、相手の数が多く、流石のルイヴィ少尉も守り切れるものではない。


「ルイヴィ少尉、もういい。この私を置いて、早くゆきなさいっ!」

『そんなこと……出来ませんよっ!!』


「……少尉」

 ポップアップ画面に映し出されるルイヴィ少尉の表情は、真剣なものだった。凄い必死さを感じる。スクィーズはそれを見て、覚悟を決め、下がるのを辞めて、逆に前へと出る。


『──ちょっ!? 中尉!』

「いいから、私を置いて行きなさい! あなただけでも、生き延びて!」


 後退と前進の違いで、その差は瞬間にして大きく広がる。スクィーズの機体は構えるよりも先に、相手レヴラドールにその腕を掴まれ、捕らえられた。そしてその時、聞いたこともない声が聞こえてくる。


『おい、そこのお前っ! 止まらないと、コイツが死ぬことになるぜっ』

『──! くっ……』


 ルイヴィ少尉はそう言われ、下がるのを辞めた。その間に、ルイヴィ少尉の機体までもが捕まる。


『ハハハ! ワグワイアの裏切りは、意外だったが。こうして高機能プロトタイプと人質を手に入れられたのは幸いだったな』


 よく見ると、音声を出している機体だけ人が乗っていることを示すシグナルが表示されていた。

 

「お前か、ワグワイア大尉をそそのかしたのは……!」

『そそのかしたぁ? それは正確な表現じゃないな。が、間違いでもない。ワグワイアは、実に気の毒な男だったよ。だからこのオレが、命を助け、更には就寝先まで世話してやったのさ。慈善事業だよ。分かるかぁ? 言ってしまえば、これはその見返りさ。当然の権利だと思わないかね?』


「思うか! この、人でなしめ……ッ!」

『……ふん。まあいい、思おうが思うまいが今更どうでもいいことだ。お前らはどうせこのあとここで……──ん?』


 と、その時。突然無数の友軍機がレーダーに映し出された。


『くそっ、これはどうなってるッ!? 何故、突然に!? 急ぎ撤退だ!』

「逃がすものかっ!」


 スクィーズは、唯一残されていたミサイル単発を撃った。だが、それは相手のレールガンに狙い撃たれた。


『舐めるな! 小娘めっ! こんなもので、この私が倒されるものか』

『ならば、これならどうだ?』


『──ッ!?』


 ルイヴィ少尉が相手の懐に最大ブーストで飛び込み、メガハイパーレールガンの先端部分をブレード化してパイロットが居る胴体部分を横に払い一閃斬りにし、そのまま通り過ぎ様に横反転し、四連貫通弾を撃ち込む。それにより、相手機体は大きな光の渦に費え爆散した。


 その後、第八防御機動部隊、基幹マスター級指揮艦船グラーフ・エンジェルを中心とした艦隊が、スクィーズ達を守り。州合体モンゴメルと思われる残存敵艦隊は、この宙域を逃げるように離れてゆく──。



 それから数日後、ワグワイア大尉の葬儀が行われ。彼は、二階級特進した。

 ルイヴィ少尉が、全ての真相を黙した為、それが叶ったのだ。これは、ボールドマン艦長の頼みでもある。またルイヴィ少尉としては、彼が最後にとった行動を見て、それをもって全てを清算したものと捉えたからだ。

 一方、スクィーズはその有能さを認められ、クレイドル監視機関に編入されることになった。しかし、本人の希望により、その配属先はこれまでと変わらず。それについては、ルイヴィ少尉もまた同じく……。



「だから何で、毎回ランチタイムにスクランブルな訳? ホント、勘弁して欲しいよ!」

「だって中尉は、暇さえあればいつもランチタイムじゃないですかぁ。そもそも食べ過ぎなんですよっ。終いには、本当に太りますからねっ?」


「大丈夫、私は太らない体質だから」

「あー、その体質、わたしにも分けて欲しい~っ!」


 二人は戦略戦術オペレーション・ターミナルへと向かい、遠隔コクピット内にそれぞれ急ぎ乗り込む。


「指令部、状況報告を!」

『全長百メートル程度の光速小型船が、HOPゲートに向かっている』

『また小型船っ!? あの件以来、ここも随分と平和になったものねぇ~っ』


「いいこと、なんじゃないの?」

『え~っ。中尉っ、つまんないですぉ~っ』

『ああ、間違いなくいいことだ。とにかく、UAFAとレヴラドールを既に沢山出しているから、喧嘩なんかしないで、たまには仲良く頼むぞ』


『「了解っ!

アイクル、全力で叩き潰してやりなさい。負けんじゃないわよぉーっ」』

《アイクル、了解》


 二人のユーザー機が交錯しながら、その戦闘宙域の向こうへと、消えていった──。



 

   ──戦場のスクィーズ──

         終


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『クレイドル』戦場のスクィーズ みゃも @myamo2016

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