第4話 スパイ

「え? それはどういうことでしょうか?」

「だから、つまりはこの艦内にスパイが居るかも知れないということだよ、スクィーズ中尉」


 スクィーズは、ボールドマン艦長に呼ばれ艦橋にある指令部にやってきた。すると、指令部後方にある作戦室へと招かれ入るなり、そんな話だった。近くには、ジャミル補佐官も立って居る。


「それで、そのスパイというのは?」

「それは、まだ断定するには至っていない。証拠もなく、いたずらに犯人扱いは出来んからなぁ。が、既に信頼できる者にその調査依頼をしている。まあ、時期に分かるだろう」

「中尉にこの事を伝えたのは他でもありません。この件を知った上で、慎重に行動して頂きたいからです」


 ボールドマン艦長のあとに、ジャミル補佐官がそう繋げ言った。


「慎重に? と、言いますと?」


「まあ要するにだ。一つは、この事をスパイ当人が知ったら、逃走するか、もしくは艦内で何かをやらかす恐れがあるので、この件を外部に漏らさないこと。

二つ目は、相手が何を目的に行動をし、更には誰なのかが正確に分かるまで、機密に関する一切を誰にも話さないでおくこと。

三つ目は、身の危険に関わると判断される事態が発生した場合には、幾ら信頼出来る相手であっても、無闇に行動を共にしないこと、この三点だ」

「特に三番目は、中尉の身を案じてのことなのでくれぐれも留意するように願います」

「……あ、ハッ! 気を使って頂き感謝します」


 ボールドマン艦長もジャミル補佐官も何か訳ありな様子で告げていたので、スクィーズは少し怪訝に思いながらも敬礼し、指令部を出た。

 それからワグワイア大尉の部屋へ向かっていると、その入り口付近にルイヴィ少尉が立っていた。


「あれは、ルイヴィ少尉? ワグワイア大尉の部屋の前で何をやって……?」


 ルイヴィ少尉は何やら周りを気にし、それからスッと中へ入ってゆく。


「……」

 ワグワイア大尉の女癖の悪さはある程度予想はしていたものの、昨日遂にああいうことになり、スクィーズの気持ちも今では揺れ動いていた。それなのに、これでは流石のスクィーズも不愉快な気分になる。それでソッと近づき、申し訳ないと思いながらも部屋の中をチラリと覗いてみた。

 意外なことに、そこにはワグワイア大尉は居らず。ルイヴィ少尉が一人、バッチの隠しカメラで、何やら探しては撮影を続けている。


「どうした、スクィーズ」

「──!」


 誰かと思えば、ワグワイア大尉だった。

 スクィーズは慌て、ワグワイア大尉を入口付近から後ろへと押しやる。


「わ、ワグワイア大尉! 謹慎中なのに、一体どちらへ?」

「ああ、食事くらいは食堂で食べるようにとついさっき艦長から言われてな。所が、大事なものを部屋に忘れてさ。今取りに戻って来た所だよ。それよりも、そんな所で何をやってる? まさか、このオレに会いに来てくれたのか」


 スクィーズはそう言われ、身体全身を真っ赤に染めた。正直、図星だった。が、


「ち、違いますよぉっ!」

 それは、恥ずかしさから思わず出た言葉だ。だけどそれを聞いて、ワグワイアは不愉快そうな表情を見せる。


「は? じゃあ何だよ?」

「そっ、それは……実は部屋の中に今、ルイヴィ少尉が居て……」


「なに!? ──くっ、貸せっ!」

 ワグワイアは部屋の扉を開け、中の様子を見るなり、監視が持つ拳銃を抜き取り、部屋の中の居るルイヴィ少尉を狙い撃った。

 その様子を隣で見ていたスクィーズは、驚き、ルイヴィ少尉の安否を確認しようと部屋の中へと向かう。

 が、そこではルイヴィ少尉が身を屈め、レーザーガンを構えていて、こちらを狙い撃ってくる。唐突過ぎる予想外の出来事に、スクィーズは瞬間動けずにいた。そんな彼女の身体に抱きつき、ワグワイアは押し退け庇い、共に身を交わす。


「くっ、迂闊うかつったか!」

「おいっ、止まれっ!」


 この時の状況をまるで掴めずに居た監視も、この時ばかりはワグワイア大尉の味方をし、ルイヴィ少尉に銃口を向けた。しかし、ルイヴィ少尉はその前に部屋から飛び出していて、地球の三分の一程度しかない艦内重力の中、素早く床面と壁を蹴り通路の角を曲がってゆく。その先には、オペレーション・ターミナルがある。


「不味いな」

「ワグワイア大尉、どうしてルイヴィ少尉を!」


 それに答えるよりも早く、ワグワイア大尉はルイヴィ少尉を追いかけ走り出した。スクィーズも慌て、そのあとをついてゆく。


「……。オレの部屋には、機密資料があった。だから、考えられることと言えば…」

「まさか、スパイ?」


 ワグワイアは、それに何も答えなかった。目の前には、ターミナルの入り口がある。そこの手間で一旦、身を伏せた。


「ワグワイア大尉、ここだけの話にして欲しいのですが……実は、艦長からこの艦内にスパイが居る可能性があると、つい先程……」

「──! 艦長から?」


「はい。もしかすると、それはルイヴィ少尉のことだったのかも……」

「……」


 しかし、やはりワグワイアは何も答えなかった。スクィーズはそれを不思議に感じながらも、そんなワグワイアにそっと寄り添い言った。


「オペレーション室には、人が沢山居ます。中の者の多くは、みな技術員も含め、元は鍛えられた兵員です。捕らえるのなら、ここがベストだと判断します」

「……ああ、確かにそのようだな」


 その時、カチリと何かを押すような音が近くで聞こえ、ほどなく船内で大きな爆発音が鳴り響き揺れた。


「──くっ、まさか船内でテロッ!? あ、ワグワイア大尉!」


 ワグワイアは、黒煙を吹き上げるオペレーション・ターミナル内へと素早く走り蹴り向かう。スクィーズも遅れ、それを追う。

 ターミナル内は、先程の爆発で数ヶ所から煙が上がっていた。かなり視界が悪い。

 そんなスクィーズを見掛けるなり、ここの係の者が声を掛けてきた。


「スクィーズ中尉、やられました! 何者かが、このターミナル内に爆薬を仕掛けていたようです」

「被害状況は?」


「被害状況は、まだ分かりませんが。この様子だと、ターミナル内の物は何も使えません! UAFAもレヴラドールも、今じゃただの玩具ですぜ!」

「そんな……まさか、これもルイヴィ少尉が?」


 信じられない思いで、スクィーズはターミナル内を見渡す。すると、その先に走り逃げるルイヴィ少尉の姿が見えた。時折振り返り、撃ち返している。そのあとをワグワイア大尉が追い掛けていた。


「この事を、艦長にも直ぐに伝えてください。私は、ルイヴィ少尉を追います!」

「ルイヴィ少尉を? 分かりました。とにかく伝えておきます!」


 スクィーズはそれに頷き、直ぐに二人のあとを追う。が、その途中で足元に転がる『AI・Crew』と書かれたクラウドサーバーの残骸を見つけた。

 黒く焼け焦げている。


「まさか……お前、アイクル?」


 スクィーズはそのことを悟り、その場で膝を崩す。しかし、直ぐに立ち上がり、再び走り出した。涙を堪えながら。

 そこは、格納庫に繋がっていた。到着して間もなく、高機動型機動兵器レヴラドール=スレイプニールが電磁カタパルトから発艦していった。見たのは一瞬だけだったが、その乗り込む姿は、間違いなくルイヴィ少尉だった。

 それに遅れ、ワグワイア大尉も対艦/拠点制圧機動兵器レヴラドール=レイドルフⅣに乗り込もうとしている。


「ワグワイア大尉! 私も出ます!」

「スクィーズか、お前は来るんじゃない」


「──! なぜですか?」

「……とにかく、来るな!」


 ワグワイアはそう返し、発艦していった。それを見送ったあと、しかしスクィーズは近くにあるコントロールから戦闘用機体を選び、発艦レーンへと運ばせる。その間に常備してある予備のパイロットスーツを着込み、指揮戦術用のレヴラドールに乗り込んだ。そして直ぐに発艦する。


『おいっ。スクィーズ中尉、これはどうなっている?』

「──!」


 コクピット内のポップアップ画面に、指令部に居る艦長の姿が映っていた。


「わかりません!」

『なに、分からないだとっ?!』


「はい。ですが、ルイヴィ少尉がスパイだった可能性があります!」

『な、ルイヴィ少尉が? ちょっと待て、中尉──それは無い。先ず、落ち着けっ!』


「艦長すみません。今は時間がないので!」

『わ、おいっ、コラあーっ!』


 スクィーズは回線を切り、光速で二人を追いかけながらも、同時にマニュアル操作でレヴラドールの操作環境を自分用に合わせてゆく。これまでなら全てアイクルが自動で行ってくれていたが、今はそうはいかなかった。


「……しまったな。コイツ、レーンガンと単発しか持ってなかった。これではわざわざ死にに行くようなものね。それに、スレイプニールが相手では、速さが違い過ぎて追い付けそうにない」

『──中尉!』


 スクィーズがそう溢していると、再びポップアップが開き、誰かが話し掛けてきた。

 ルイヴィ少尉だ。


「ルイヴィ少尉、どこに居るっ!」

『中尉! これは誤解なんです。先ずは落ち着いて、私の話を聞いてくださいっ!』


「誤解? ターミナルをあんなにしといて、よくそんなことが言えたものね!」

『ですからそれも、私じゃないんですって!』


「騙されるもんですかっ!」

『中尉! ──ぅわっ!』


 近くの隕石群付近で、何かが光った。そして間もなく、ポップアップ画面が開き、音声のみが聞こえてくる。


『スクィーズか。あれだけ来るなと言ったのに……お前って奴は、本当に…。

まぁ良い。ルイヴィ少尉なら、ここに居る。あとのことは、お前に任せた。上手く捕らえろよ』

「ワグワイア大尉、了解!」

『ちょっ、中尉待ってくださいよっ! どうして私の言うことを信じてくれないんですかっ!』


「うるさいっ! 黙れっ!」

『こっ……──この分からず屋めっ!』


「──くっ!」

 隕石群から、ルイヴィ少尉が乗る高機動型機動兵器レヴラドール=スレイプニールが光速で飛び出し、メガハイパーレールガンで精密速射してきた。

 ロックオン速度と動きが明らかに早い。流石に新鋭機だ。

 スクィーズが乗るレヴラドールが、大きく揺れたと同時。ハイパーレールガンごと腕を貫き撃たれ、片方のブースター近くを光弾が掠めてゆく。


「待てと言っておきながら。つまりは、これがあなたの答えっ!?」

『だから、違うってばっ!』


「何が違うのっ!」

『だから、スパイはワグワイア大尉の方で、私はその証拠を見つけようとしてただけで!」


「訳の分からないことを言わないで!」

『訳は訳があるから言ってるんでしょー!』


 二人は情動の果てにぶつかり合い、スクィーズは残っていたもう片方の腕を大きく振り当て。その衝撃により、ルイヴィ少尉の機体は火花を散らし、隕石群の方へと向かい衝突爆散した。


「──はぁ……はぁ!」

 スクィーズは心臓の辺りを苦し気に抑え、それからワグワイア大尉のあとを追う。


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