第3話 戦場


「なに? それは本当なのか?」

「はい。間違いなく、こちらの情報がこの艦内から外部に漏れております」


「むぅ……」

 ルイヴィ少尉がここに来て十日、第八防御機動部隊の作戦はこのところ連戦裏を掛かれることが多くなった。そのことを不審に思い、ボールドマン艦長が内々に調べさせたところ今日の報告に至っていた。


「ジャミル補佐官は、この事をどう思うね?」

「艦内にスパイが居るなど信じたくはありませんが、それが事実なら、このまま放置する訳には参りません。先ずは、監視カメラなどから、誰がスパイなのかを特定すべきでしょう」


「……確かに。

という訳で、すまないが早速調べてみてくれ。先ずは、スクィーズ中尉から頼む」

「え? 彼女をですか?」


 これには、ジャミル補佐官も意外な表情をボールドマン艦長に向けていた。


「いや、勘違いしないで貰いたい。何も、彼女を疑ってるからじゃなく、先ずはこの事を彼女に知らせたいからだ。その為には、彼女の身の潔白を早めに証明しなければならない。それが筋というものだろう?

常に前線で戦ってくれているのは、彼女なんだからなぁ。これは当然のことじゃないのかぁ?」


 それには二人も納得顔を見せた。


 

 ◇ ◇ ◇


「まったく! ランチ中のスクランブルだけは、勘弁して欲しいよ」


 《戦略・戦術中央オペレーション・ターミナル》へと入り、スクィーズは直ぐにパイロットスーツに身を包み、遠隔コクピット内へと入った。


「指令部、状況報告願います」

『レーザー艦3、強襲攻撃型空母1、マスター級指揮艦船1、UAFA多数』

「──マスター級!? しかも空母まで……いよいよテロリストの域を越えてきたみたいね。

指令部、警戒願います! 今回ばかりは、抑え切れるかわかりませんので」


『了解した。ワグワイア大尉も、急ぎ応援に向かわせる』

『私も出ます!』

 今の声は、ルイヴィ少尉のようだった。

 指令部の様子が見えるポップアップ画面を見ると、やはり彼女の姿がそこにあった。

 ルイヴィ少尉は今回の新鋭機配備に伴い、そのアドバイザーとして艦内に残ってくれていたのだ。


「今は、少しでも援軍がいると助かります。ワグワイア大尉、ルイヴィ少尉、頼みます!」

『わかった。急ぎ準備をさせる』


「お願いします!」

 スクィーズはそのあと素早くポップアップ画面の一つを操作し、UAFAとプラグインする。すると、遠隔コクピット上部から頭を覆う装置が下がり、途端に戦闘宙域の様子がスクィーズの前頭葉付近に広がった。前方宙域に多数の光点が見える。


「これは最早、戦場と同じ……。ここを万が一突破されたら、みんなが居る第八防御機動部隊が全滅させられるかもしれない。絶対に、負ける訳にはいかない!

アイクル、レヴラドール隊をレーザー艦三隻に! 残りは、正面のUAFAへ!!」

《アイクル、了解》


 それから間もなく、レーザー艦からの大出力砲撃が近くを掠め、UAFA数機が一度に爆散した。この大出力超長距離攻撃が、レーザー艦の長所だ。UAFAのシールド皮膜など、簡単に突き破ってくる。スクィーズは冷や汗を流しながら、それを何とか交わしていた。


「アイクル、作戦を一部変更。私は、レヴラドールでレーザー艦に向かう。UAFAは、お前に任せた!」

《アイクル、了解》


 ポップアップ画面を操作し、機種変更プラグアウトする。それから直ぐに、選択可能な戦闘宙域のレヴラドールを選んだ。視点は間もなく、そのレヴラドールからのものに移る。


「この機に、新鋭機がどれほどのものか試してみる!」

 

 新型の対艦/拠点制圧機動兵器レヴラドール=レイドルフⅣの装備一覧から、使い慣れた十六連ミサイルパック、四連貫通弾、ハイパーレールガン、アンチシールドナパーム弾、ランカーバスターをセット。レーザー艦からの攻撃を避けつつ最接近し、ハイパーレールガンを乱射。それにより、レーザー艦の自動防御システムが働き、シールド厚がその箇所に一点集中する。

 しかし、その分、他の箇所が薄くなる。その特性を逆手に取って、狙いすまし、四連貫通弾を発射。シールド外郭部出前で爆散したが、それでもレーザー艦を中破させることが出来た。


「よし! 動きが軽い、反応もいい。これなら、いける!」


 中破したレーザー艦に、他のレヴラドール隊が一気に攻撃を仕掛けてゆく。スクィーズはそれを見送り、次の二隻目に向かい、ブースター最大出力で接近する。しかし、その途中でエネルギー波をレヴラドールが捉え、コクピット内で警告音が鳴り響いた。

 スクィーズは素早く機体を傾け、ブースト全開で回避。その脇を、高出力のエネルギー砲が掠めていった。


「危ない、危ない」

『スクィーズ中尉、何やってんですかっ! 早く新兵器を使いなさいよっ! その機体、幾らすると思ってるんですかあっ? めっちゃ高いんですからねっ!』


 ルイヴィ少尉だ。高機動型機動兵器レヴラドール=スレイプニールで瞬く間に背後から近くまでやってきた。


「いや、あれは対・空母で使おうかと思って……」

『そんなもったいがってる時じゃないでしょうーがっ! まったく、貧乏くさいなぁ~』


「び!? そこはせめて、倹約的と……」

『そんなの、言葉選びをしてるだけで、中身は同じでしょーっ? ちゃちゃっとやってくださいよっ。ちゃちゃっとぉー! ついこの前なんか、苺タルト1つ頼むにしてもスクィーズ中尉はそうでしたけどっ。ン~食べようっかなぁ~?ン~辞めとこうっかなぁ~?う~ん、う~ん食べよぉ~っ♪って……たったの百五十ダルのケーキ一つ選ぶのに、どんだけの時間掛けて悩んでるんですかあーっ。セコいにも、ほどがありますよっ』


「いや、あれはカロリーの方を気にしてのことであって……決してお金の方では…」

『はぁ? カロリー?? 食べ放題の店であれだけ散々バクバクと食べて、私を驚かせといて、今さら何を言ってるんですっ? そのクセ、私よりも体型がスマートなんだから、私の脂肪を取って分けてあげたいくらいですよっ。まったく羨ましい、体質ですねっ!

それに、空母の方はワグワイア大尉が向かってますから、安心してください』


「は、はは……」

 何だか、散々な言われようだった。


『ほら、そうこうやってる間に次が来ましたよ。中尉』

「──!」

 強襲攻撃型空母方面から、多数の機影がレーダーに映る。


『これだけの数のUAFA相手に、このレヴラドールで戦うのは無理があります。スクィーズ中尉、ここは撤退しましょう! 今は、新鋭機も抱えていますからね』

「わかった。

アイクル、レヴラドール隊を速やかに後方へ下げて」

《アイクル、了解》


 レーザー艦からの砲撃を交わしつつ、拠点付近へと後退した。


「指令部、状況報告願います」

『ワグワイア大尉が敵マスター艦に向かったようだが、苦戦を強いられているようだ。後退するよう、呼び掛けてはいるが。新鋭機を捕獲されたとかで、奪い返しに必死になってくれている』


『「──!!」』


「では!」

『ああ、恐らく今回のテロリスト達の狙いは、新鋭機の捕獲だろう。既に、UAFAは捕られた。ワグワイア大尉のレイドルフも、このままだと恐らくはな……』


 ボールドマン艦長の読み通り、それから間もなくテロリストの艦隊は撤退していった。新鋭機のUAFAとレヴラドール=レイドルフを捕獲したままで。



 ◇ ◇ ◇


「申し訳ありません」

 艦橋にある指令部にて、ワグワイア大尉が頭を下げていた。


「全てはこの私が招いたことです。責任は取ります」

「……ふむ」

 ボールドマン艦長は困り顔を見せ、椅子に深く座り直していた。そうした様子を、スクィーズは心配気に見つめている。


「努力した上でのことだから、私個人としては、今回のことで咎めるつもりなどない。しかしなぁ……クレイドル監視機関としては、この事をどう捉えるね?」


 ボールドマン艦長はそう言い、ルイヴィ少尉を見つめた。ルイヴィ少尉は目線を下げ、苦し気に口を開く。


「恐らく、重く受け止めるかと」

「……だろうなぁ」

「そんな! ワグワイア大尉は、前線で戦い、奪い返そうとまでしてくれていたんですよっ! それなのに」


「スクィーズ中尉。だとしても、大尉の行動はそもそも無謀が過ぎます。まだ大尉は、マッチングテストも十分じゃなかったのに。あれでは、性能を発揮できる訳がない。大尉は、そのことをちゃんと理解してなかったのか、いささか疑問です。クレイドル監視機関としては──」

「もういい。わかった」


 ボールドマン艦長は、ルイヴィ少尉の話を途中で遮り、ワグワイア大尉を見て重く口を開いた。


「大尉、すまないが。部屋でしばらく謹慎していてくれ。状況が状況なだけに、監視を付けることになるが。そこは理解してくれるな?」

「わかりました。では、私はこれで」


 ワグワイア大尉は、指令部から出てゆく。そのあとを監視の者が一人付いていった。それを見送り、スクィーズは心配になりあとを追う。

 更にそんなスクィーズを、ルイヴィ少尉が追い掛けようとするが、それをボールドマン艦長が腕を掴み、引き留めていた。


「ルイヴィ少尉、少し待ってくれるか。実は君に一つ、相談したいことがある」

「はい?」


 ◇ ◇ ◇


 監視が立つワグワイア大尉の部屋の前で、スクィーズは少し悩んだ末に、監視の許可を得て、中へと徐に入ってゆく。


「スクィーズか。こんな所へ、無防備に一人で入って来るなんてな。そんなにも、このオレから襲われてみたいのかぁ?」

「なっ!! そんな訳ありませんよぉっ!」


 意外なほどいつものワグワイア大尉と変わらない様子に、スクィーズは安心し、肩をすくめた。


「思っていたよりも、元気そうで何よりです」

「ああ、もう覚悟は決めたからな」


「え?」

「オレは、本来居るべき場所に戻るよ」


「本来居るべき場所?」

「どうやら、ここに長く居過ぎたようだ。そのせいで、こんな厄介ごとなんかに……」


「厄介ごと?」

「あ、いや。なんでもないさ」


 ワグワイアは近くまで来ていたスクィーズを見つめ立ち上がると、その両肩に手を優しく置いた。そして、スクィーズの身体はそのことに緊張し、手を遠目に眺めた。そのあと唐突に唇に何かが被さり、それが何かを知った途端、彼女の身体の中を電気が走り抜けるような衝撃を受けた。

 いつもの彼女ならば、そこで押し退けていただろうが、今回はそうしなかった。それどころか、目を静かに閉じ、身体の力を次第に自然なほど抜いてゆく……。

 不思議なほど、心地よかった。

 ワグワイアは、スクィーズのそうした様子に気付き、自ら離れた。一方、スクィーズの方は、そんなワグワイアを意外な表情で見つめている。


「ばかやろう。そんな簡単に心を許すなよ……」

「すみません、大尉」


「謝るな。悪いのは、オレの方だ。……が、良い想い出にはなったかもなぁ? ああ、今日のことは生涯忘れないよ」

「いえ、今すぐにでも忘れてください。恥ずかしいので」


 ワグワイアは、目線を少し下げ頬を染めながらそう言うスクィーズを見つめ、思わず笑い出した。

 なんとも可愛いものだな、と。



  ◇ ◇ ◇


 スクィーズがワグワイア大尉の部屋を出ると、そこにはルイヴィ少尉が耳を扉にあて、聞き耳を立てていた。


「ルイヴィ少尉、なにをやっているんです?」

「あはは! いや、私は別に悪気はなかったんですけどっ、中からモソモソと聞こえてきたものでぇ……だから、そのぅ~」


 スクィーズはそこに至り、隣に居る監視の様子を見つめ、それでようやくルイヴィ少尉が中での話を盗み聞きしていたことを悟り、怒り出した。



「悪ぅ~ごさんしたぁ~……。だけどまさか、中であんなことになってただなんて思わなかったんですよぉ~っ。ねぇ、中尉ぃ~。そんな怒んないでくださいよぉ~っ、あとでケーキ奢りますからぁ~」


 ルイヴィ少尉は、怒りながら前をスタスタと歩くスクィーズのあとを追いかけながら、謝り通していた。スクィーズはそこで足を止め、そんなルイヴィ少尉を困り顔に見つめ軽くため息をつき、指を一本立てていた。


「はてな? 何ですか、それっ?」

「シースケーキ1個で(ホール)、手を打ちます」


「……」


 ◇ ◇ ◇


 それから数時間後、監視もうとうととし始めた頃。ワグワイアは、通信機で外部と密かに連絡を取り合っていた。


「ああ、分かってる。だが、もうここまでにして貰いたい。これ以上、仲間を裏切りたくはないんだ」

『仲間ぁ? おいおい、果たしてこれまで散々裏切ってきたお前なんかを、今さら奴等は仲間だと思ってくれるのかねぇ~?』


「……何を言いたい?」

『……。心配するな、深い意味なんてないさ。だがなワグワイア、君が信じているそこに居る奴等は、所詮、みんなあの連合政府の犬なんだぜ。他の州合体経済圏を経済植民地程度にしか考えていない、あの連合政府のな。お前だって、もう忘れた訳じゃないだろう? 見せつけられる格差、働いても生活するのでやっとな、賃金。それでいて、同じように働くだけでそれまでの数倍も貰える豊かな生活。お前はその時にこのオレにこう言ったんだぜ。「この違いはなんなのか?」ってな』


「……」

『今の我々の代表ロッシュ・シアナならば、この腐り切った社会をきっと是正してくれる。あの第三者機関クレイドルでさえも、遂になし得なかった改革をな』


「……そうだったな。すまん、どうやら人が来たようだ。通信を切る」

『そうか。では予定通りに頼むぞ』


 ワグワイアはそのまま黙って通信を切り、その時に感じた情動的怒りに任せ通信機をぐっと強く握り締める。しかし、その力を次第に弛めていた。



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