初めてとか過去とか元凶とか
「…………おにいちゃん、寒いよぉ。お家は? お母さんとお父さんは?」
寒さに体を震わせるリリーを抱き締めてやりながら、俺は唇を噛み締める。
甘かった。転生した事により同世代の人間より遥かに優秀で、同時に向こうの世界の知識を有する俺は確実に慢心していた。その結果が、この体たらくだ。無様にも程がある。
「父さんと母さんにはもう会えないよ」
俺の言葉を理解出来ないのか、リリーは何度も何で? と俺に聞き泣きじゃくる。俺は無言で抱き締める。
リリーにはまだ死と云う物を理解するには早い。何せ、リリーはまだ6歳だ。俺自身も7歳ではあるが、向こうの世界と足し合わせると精神年齢は22歳には…………なる、と云いたいが、恐らくならないだろう。
慢心して、驕って、自分勝手に生きて。
子供として生きてきたのだから、子供として在るのは至極当然の既決であると云える。
「取り敢えず、宿を借りよう」
リリーの手を取って歩き出す。俺たちに家は無い。冒険者である父と母が死んだのを嗅ぎ付けた、親族を語る虫けら共に掠め取られた。
「…………いや、全ては俺の所為か」
自分が他者より優れていると云う傲慢が、この結果を招いた。結局、子供だったのだ俺は。何も知らない。何も考えない。だからこうなる。
「おにいちゃん?」
くりくりとした丸い瞳で、リリーは俺を見る。純粋な輝きを持つその瞳には、俺に対する心配が見て取れた。
「…………大丈夫だよ」
笑って頭を撫でてやる。リリーはくすぐったそうに目を細める。
…………まだ、大丈夫。まだ取り返せる範囲内だ。リリーは生きて、俺も生きている。問題はない。後は、俺が足掻くだけだ。もう、間違いはしない。
俺たちの元家は少し辺鄙な場所に在ったが、何とか昼前には宿に着いた。俺はこれからギルドに冒険者として登録するつもりで、そのために時間は多く欲しかった。
「すまない、部屋を1つ貸して欲しい」
嘗められないよう、可能な限り低い声を意識する。が、やはり高い声が出る。こればかりはどうしようもない。
「…………金は?」
「問題ない」
訝しがってこちらを見る男に硬貨を1枚投げる。
男は金さえ払えば何も気にしないのか、代わりに部屋の鍵が飛んで来た。
「リリー、行くよ」
リリーの手を引いて部屋に向かう。
部屋は2階の最奥にあった。案外綺麗な部屋で安心する。
「んじゃ、お兄ちゃんは仕事に行くけど、リリーは大人しく寝てて」
その言葉にリリーは泣きそうになるが、俺がお土産は何が良いか聞くと、笑顔でお洋服! と答えた。
淑女らしくて良いじゃないかと云うと、しゅくじょ? と聞き返して来る。
一人前の女性だよ、と答えるが、やはりリリーにはよく分からないらしい。それでも、しきりに「しゅくじょ! しゅくじょ!」と言葉を発している。楽しそうで何よりだ。
「じゃ、行って来る。俺が帰って来るまで、ゆっくり『お休み』」
この世界では、文字や言葉等、何かしら意味の有る物に魔力を込めると、それ通りに魔法が発動する。
魔法によって強制的に眠気を誘発されたリリーは、目を擦りながらベッドにダイブした。
「…………お休み、リリー」
部屋を出る。念のため、可能な限りの魔法で部屋を防護する。恐らく、龍が襲って来ても数時間は持つ程度の魔法。
「…………どんだけ兄馬鹿なんだよ俺は」
反省も後悔も自重もしない。
「僕、お出かけ?」
宿を出ようとすると、妙齢の女性に声を掛けられた。恐らく宿主の娘だろう。
「…………ギルドに行って来る」
それだけを云うと、女性は口許に手を当て「あらあらまあまあ」と云った。
「頑張ってね」
恐らく、ギルドに行くのは嘘で、遊びに行くんだろうと判断したのか、手を振って見送られる。…………予想以上に子供と云うのは生きにくい。
「僕、迷子?」
「君、お母さんは?」
ギルドに行くだけだと云うのに、何人もの人物に声を掛けられる。その度に問題ありませんと答えるのは面倒だった。
「…………ここか」
ギルドは酒場も兼任しているのか、中からは男たちの喧騒が聞こえてくる。
俺は深呼吸を1つし、中に入った。
中に入ると同時に、その溢れる酒気に咽せる。扉の内と外は全くの別世界に思えた。
咽せた事により滲み出た涙を拭い、受付らしき場所に赴く。明らかにこちらを馬鹿にした無遠慮な視線や言葉を頂戴するが、この程度で腹を立てるわけにはいかない。気丈に振る舞う。
「すまない、冒険者の登録をしたいのだが」
受付らしき人に声を掛けると、一瞬驚いた表情を見せたが、直ぐさま記入の紙を渡してくれた。恐らく、少ないながらも冒険者を志願する子供は存在するのだろう。この世界は向こうの世界のように甘くはないからな。
渡された紙に目を通す。そこには死んでもそれは自己責任であるとか、依頼を受ける際のマナー等が書かれており、最下部にそれらの条件に同意する、人間の名前を書く欄があった。
フルネームではなく名前だけでいいらしく、そこに『キール』とだけ書いて受付の人に渡す。
「…………受理しました。何か依頼を受けて行かれますか?」
受付の人から、現在受注可能な依頼を教えて貰い、俺が受ける事の出来る依頼の中で、最も依頼料の高い物を選ぶ。
選んだ依頼を告げると、受付の人は少し気まずそうな表情になった。
「えーとね、これは初心者用の依頼だけど、僕には少し早いかなー、なんて…………」
そうは云われても、その依頼――ゴブリンの複数体討伐依頼――は他の依頼より頭1つか2つ依頼料が高い。はいそうですかと引くわけにはいかない。
「いえ、問題ありません」
「でもねぇ、君ってまだ10歳にもなってないでしょ?」
話をすり替えようとする魂胆が見え見えだが、取り敢えずは話に乗っておく。
「はい、生を受けてから7年の月日が経っています」
俺の受け答えが想定外だったのか、受付の人は目を丸くした。
「僕、難しい言葉知ってるね。私の娘、アリアって云うのだけどね、もう6歳なのに、未だにおねしょしちゃうのよ」
僕とは大違いで手のかかる娘だよ、と受付の人は笑う。
なるほど。最初はマニュアル通りの対応をして、その後言葉を崩す事により相手に安心感を与える。そしてさりげなく話を変える、と。相手は受付の人の事を信用しているため、何も違和感を覚えない。
「この依頼を受けたいのですが」
取り敢えずシカトして依頼の催促をする。受付の人は子供だと見くびっていたのか、俺の言葉に固まった。
「だ、だからね、僕――――」
それから要領の得ない謎の説得を受けるが、取り敢えずシカトを続ける。話が終わったタイミングですかさず依頼の催促をする。
そんな無意味なやり取りが数分続いた後、突然後ろから声が聞こえた。
「そこのガキ! アタシらとパーティー組まねえ?」
「カナリア、いきなり失礼…………だよ!」
振り返ると、エルフの2人組がいた。片方はダークエルフで、褐色の肌に180に届きそうな長躯は周りの注目を集めている。スラリとした肉付きのいい手足が、女性としての魅力を引き立てている。
もう片方の女性は身長こそ平均以下ではあるが、深雪のように真っ白な肌と輝く金髪。そして何よりも――――たわわと揺れる果実のような胸は、女性としての魅力とかそんな生易しい物ではなかった。目に毒とはよく云った物だ。上手く直視出来ない。
「パーティー…………とは?」
揺れる胸を直視しないように焦点をずらしつつ聞く。一応、俺は子供とは云え立派な男である。早急に金を稼ぐと云う案件がなければ危うかったかも知れない。
「そのまんまの意味だよ。その依頼受けたいんだろ? アタシらが手伝ってやるよ」
「必要ない」
申し出はありがたかったが、依頼料が3等分になると考えると、迷惑以外の何者でもない。
「アタシらは依頼料要らないからさ、片意地張らないで了承しなよ」
聞くが早いや、俺は踵を返す。後ろから何処に行くんだ? と声が掛けられる。
「時間が勿体ない。早く行くぞ」
その言葉に面食らったのか、少しの間呆けていたが笑って手続きを済ませる。
「お前、ガキの癖に面白いやつだな!」
あはは、と笑いながら背中を叩かれる。何故か気に入られたらしい。
俺たち2人は、手続きに手子摺っているエルフの女性を置いて、外に出た。
「んー、わんさか居るぜ」
「えと…………キール、君。大丈夫?」
馬車に揺られて数十分。更に徒歩十数分。俺たちはゴブリンが巣くう洞窟に来ていた。遠目からでもゴブリンが居るのが分かる。
「心配しなくても大丈夫だ、セルフィー」
心配そうにおろおろとするセルフィー――道中に名前を聞いた――に言葉を返す。
「んじゃ、アタシから行くぜ!」
俺たちにそう告げると、カナリアは地面を蹴る。
元々のステータスは勿論の事、セルフィーの魔法によって強化された脚力は、数秒の間に敵の正面に立つ事を許した。
「行くぜ! この■■■■■■ッ!!」
何か汚らしい言葉が聞こえた気がするが、生憎遠くて聞こえない。本当に残念だ。何を云ったか気にはなるが、聞こえない物は仕方がない。
「じゃあ……私も、行って来る…………よ!」
セルフィーも走り去る。カナリア程速くはないが、それでも向こうの世界では考えられない程度には速い。
「『爆散』」
ゴブリンに直接、魔力の篭ったナイフで文字を書き――――刹那、ゴブリンの体が弾け飛んだ。
それを尻目に、俺も走り出す。俺の華やかな冒険者生活の第一歩目だ。しくじるわけにはいかない。
「――――――」
音を立てず、背後からゴブリンの心臓にダガーを突き立てる。
ゴブリンは断末魔すらあげる事なく地に伏す。
――――生物を殺す、と云った行為に何かしらの感情はある。しかし、吐く余裕も罪に囚われる余裕もない。
殺さなければ死ぬだけだ。…………俺だけでなく、リリーが。
「それだけは、赦されないよな…………」
一歩踏み出す。俺はこんな所で死ねない。そう、俺は――――
「『汝に精霊の祝福を』」
「――――え?」
堪えようのない吐き気に襲われる。ざわりと鳥肌が立つ。
「ぁ…………ぁぁあああああッ!!」
自分の体を掻き抱く。自分が自分じゃないようで、どれだけ自分の体を抱き締めても安心出来ない。
ぐらりと、容易に天地がひっくり返る。上手く呼吸が出来ない。自分がここに居てはいけない気がする。自分の存在そのものが罪に思えてくる。
死ななくては。今すぐに死ななくてはいけない。俺と云う存在は赦されない。許容してはいけない。死ぬ。紛れも無く俺は死ぬ。だがどうやって死ぬ? どうやったら死ねる?
…………そうだ、手に持っているダガーで首をかっきればいい。確実に死ねる。即死スキルも関係なく死ねる。
でもダガーで首を切ると死んでしまう。当たり前だ。死にたいから死ぬのだから。でも死んだらそこで終わりだ。死んだ後、リリーはどうする? 死ぬしかないじゃないか。それだけは赦せない。世界が俺の生を赦さないなら、俺が世界を赦さない。
俺は――――
「――――死ぬわけにはいかない」
その言葉を呟くと同時に目を覚ます。
目を覚ましたと云う事は、つまり今まで気絶していた事になる。そんな実感は全くないが、現に俺は寝かされていた。
「ん? …………お! 生きてたか。中々根性あるやつだな」
「キール、君。大丈夫…………かな?」
俺が目を覚ました事に気が付いてか、カナリアとセルフィーが近付いてくる。
そんな2人に何があったのか聞くと、少しばつが悪そうにしながらも答えてくれた。
「あー、なんつーかさ、セルフィーのドジってかミスで、お前ごと魔法をぶっ放したらしい」
「………………」
自分のミスを聞いて今後に活かそうと思っていた…………が、どうやら俺は何も悪くないらしい。俺と云う存在を『うっかり』忘れていた、セルフィーの魔法が直撃した…………と。
本当に運が悪い。『Assassin』は魔防がどちらかと云うと低い。そして、そうだと云うのにエルフであるセルフィーのレベルは900を超えてる。ついでに年齢も俺よりかなり上らしい。詳細は聞けなかった。理由は、いきなりセルフィーがぶつぶつ呟きながら、謎の文字を書き始めたから。
話を戻すが、要約すると、ドジっ娘巨乳エルフさんにうっかり殺されかけたんだぜ☆
もう何だろうね。1回死んだからかは分からないけど、あまりの理不尽さにテンション上がって来るね。
最初はあまり悪気のなさそうな2人だったが、残りの時間をそんなテンションで過ごすとかなり真剣に謝って来た。
「ははっ、2人ともどうした? もっとテンション上げていきまっしょい!」
「「………………………………」」
無言で涙を流す2人に多少の疑問を抱きつつもマイ☆ホームに戻る。
「ひゃっはぁ! ただいまだぜリリー!!」
「………………誰ですか?」
これが、リリーが初めて敬語を使った瞬間である。これから先も敬語を使い続けるなんて、この時の俺は思っても見なかった――――――――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます