赤龍とか俺とか痛みとか

「――――――」


 目の前のドラゴン様は微動だにせず、瞳を閉じたまま佇んでいる。その絶対的強者としての威圧感に、思わず俺は後退る。…………って云うか、弱点何処だよ。


「…………Search」


 先程も使ったが、念のためSearch Skillを使用する…………が、やはり無意味。各種ステータスは見る事が出来るが、流石にピンポイントで弱点を教えてくれる程ご都合主義なスキルじゃない。


「あの、人間の姿になるって可能ですか?」


 テンプレ通りなら、ドラゴン系の種族は人間に変化出来るはずだ。それなら弱点も分かりやすい。それに――――もし、変化した際にその姿が『美人なおねいさん』だったら俺は対応を変えざるを得ない。男の子だからね☆


『…………ふむ、その問いの答えは応、となる。汝は何も知らずに我と戦う気か?』


 そう云うと、ドラゴン様はぽんっ、と間の抜けた音と共に人間に変化した。


 変化したドラゴン様はスラリとした長い手足を持ち、燃えるような赤い髪を肩程まで伸ばしていた。顔は整っている、としか言い様が無い程度には美しい。完全な美形だ。しかも、出るとこは出て、引っ込むとこは引っ込んでいる。


 ――――敢えて一言で表すなら、無尽蔵に殺意が湧く程度には『イケメン』だった。あ、出るとこって翼の事っす。引っ込むとこは牙の事っす。


「――――必中必殺」


 イケメンを殺すのに迷いは要らず。この体は1個の剣。後押しするは醜い嫉妬!


 俺は平凡なロングソードを投げ捨てると、腰に刺さっているダガーを抜く。体勢を低く保ちつつ重心を少しだけ前に傾ける。何時でも動く事は出来る。


「――――――」


 静かに息を吐き、止める。意図的に、視界からドラゴン以外の物体を排除する。そしてゆっくりと呼吸を開始する。


 酸素を脳に巡らせ、可能な限りドラゴンと同タイミングで息を吸い、吐く。


 そしてドラゴンが息を吐き、息を吸うために停止するその刹那――――倒れ込むように走り出す。


 無駄なフェイントは掛けない。ただ愚直な程真っ直ぐに。それ故に最短で最速の移動。


 目視にて十数メートルはあったドラゴンとの距離は、『Assassin』においては零に等しい。


 ――――一息。たった一息の間に俺はドラゴンの心臓にダガーを突き付けた。しかし、ドラゴンはぴくりとも動かない。どうやら俺との約束を違える気は無いらしい。


「…………人間にしては速い、な。しかし我は龍だ。龍は人型の方が強い」


 その言葉を理解するより早く――――いや、速く――――ドラゴンは俺にロングソードを突き付けていた。


 何の変哲もないロングソード。刀身は既にガタガタで、お世辞にも切れ味が良さそうだとは云えない。しかし、グリップの方は新しいのか、未だ鈍い光沢がある。


 ――――それは、紛れも無く俺が投げ捨てたロングソードだった。


 それが意味をするのは1つ。ドラゴンは俺より速く、それでいてロングソードを拾いに行く余裕がある。…………まぁ、目で見た事を鵜呑みにすれば、の話だが。


 目を閉じると、魔力の残滓を感じる。


 つまり、ドラゴンは俺の知覚を超える速さで動いたのではなく、俺の知覚をごまかして動いた事になる。


「ほぅ…………見切ったか。面白い人間だ」


 ドラゴンは俺にロングソードを返すと、胸を張る。


「さぁ来い人間。汝の全力、我が相応たる力を持って答えよう」


 いっそ清々しい。自分の力を知り、人間の限界を知り、その上でドラゴンは全力で受けると云っている。


 ドラゴンにとって人間は下等な種族であり、ただの捕食相手に過ぎない。だけど、それでもドラゴンは――――この俺を1個の存在と認め、尚且つ受け止めようとしている。


 そんな立派な存在である相手を、俺は呆気なく殺してしまうのか? 即死と云うこの世界にはない手段で。卑怯な方法で。


 目の前に居るドラゴンの目を見つめながら、俺はゆっくりと右手を持ち上げる。無論、その右手にはしっかりとダガーを握っている。


 ドラゴンも俺を見つめる。視線が交じり合う。


 俺は葛藤する。本当にドラゴンを殺していいのか。それに伴い自分は後悔しないのか。俺は――――なんて事を考えるはずもなく、俺はあっさりと右手のダガーをドラゴンの心臓に突き立てた。


「――――がふ」


 まるで現実としては有り得ない手応えを感じる。俺がドラゴンに突き立てたダガーは、ぬぷり、と底無しの沼に落ちて行くかのような音を立てて埋没して行く。


 その何時もと違う感覚に戸惑いつつもゆっくりとダガーを抜く。同時に、その体躯からは考えられない量の血が噴出する。


「…………貴……様ぁ」


 人間としての形を維持出来ないのか、ドラゴンの姿がぶれる。


「何……を…………した」


 がふ、と血を吐く。精一杯何か言葉を残そうとしているらしいが、口から酸素を多分に含んだ黒い血が溢れるばかりで、言葉にはならない。テレパシー的なのを使えばいいのにとは思うが、大方そんな余裕はないのだろう。


「…………エーデル、すまない」


 ドラゴンはゆっくりと倒れた。姿は人型のままだ。


 俺は全身を真っ赤に染めたまま踵を返す。昔の俺ならドラゴンを供養――――いや、それ以前に殺す事さえしなかっただろう。必ず殺さなくてはいけないとしても、後悔はしてたはずだ。慟哭したかも知れない。


 だが、そもそも今の俺は昔の俺とは考えが違う。この世界と帰る事の出来ない向こうの世界とでは、根本的に思想が違う。


 だから俺は躊躇う事なくダガーを突き立てた。後悔もしていない。殺さなければ殺されるのだから、そこに負い目を感じるはずがない。これはこの世界の常識だ。


 だから――――ドラゴンの最期の言葉に、胸が鈍く痛む理由が俺には分からなかった――――。

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