受付嬢とか疑問とか過去とか

 私の母親はギルドの受付嬢をやっている。だから私もその職に就いた。


 私にとってそれは至極当然たる結果であり、疑問もなければ文句もない。寧ろ、さしたる労もなく職にありつけ僥倖だと云える。


 そんな私の初めてのお客様と云う人物は、平々凡々を擬人化したかのような少年だった。どちらかと云うと細身で、常にへらへらと笑っている少年はこのギルドと云う場に浮いていた。…………いや、正確に云うと浮いているはずだった。


 少年は迷う様子も見せず、ゆっくりと私の前に来た。他の人間は誰一人としてその少年を見ない。それは少し異常な風景だった。


 何よりも浮いている少年が、誰よりもこの場所に馴染んでいた。


「初心者用のゴブリン一人前!」


 ――――これが、キールと私――アリア――の関係の始まりだった。


「え…………ぁ、はい」


 マニュアルにない謎の受注の仕方。この場で探すのではなく、いきなり名指しで依頼を受けると云う事は、少なくとも初心者ではないと云う事になる。それでも、『一人前!』と云う謎の発言に私は戸惑った。


「き、期限は受注日から3日となっています」


 それでも、何とか自分の責務を果たした私は凄いと思う。


「うい。じゃ、さらばいっ!」


 謎のテンションを維持したまま少年は去って行く。よく分からないけど、手を振られたので振り返す。…………満足したのか、少年は1つ頷くとギルドを後にした。


 何となく狐に抓まれたような気分に陥るが、頭を振って気持ちを切り替える。


「はい、承りました。期限は本日より1週間となっております」


 少年の次のお客様も、その次も。特になんの問題もなく対応を終える。その手際の良さに母親や先輩たちからお褒めの言葉を戴く。しかし、私としては少年以外の対応は拍子抜けする、と云える程度には楽なものだった。その点では、初めてのお客様があの少年でよかったと思う。甚だ不本意ではあるが。


「ちわーっす。あ、これ証拠品ね」


 陽も傾き、黄昏時。勤務時間も過ぎたため帰りの支度をしていると、今朝の少年がやって来た。


 証拠品と云う名のゴブリンの左耳を確認する。臭いが酷い上に感触も気持ち悪い。先輩たち曰く慣れるしかないそうだが…………まぁ、考えるのを放棄する。まだ初日だ。無理をする必要はないと思う。


「…………確かに。では、報酬はこちらになります」


 報酬の入った袋を渡す。少年は――――と、よくよく見れば、心の中では少年と呼んではいたけど、年齢は私より若干上に見える。となるとお兄さんか。どうでもいいけど。


「気分悪そうだけど大丈夫?」


 へらへらと笑っていたお兄さんは、私の様子に気付くと笑みを消し、真面目な表情で聞いてきた。


「大丈夫で――――」


 答えるために開いた口に、何かを突っ込まれる。直ぐに吐き出そうとしたけど、それが柑橘系の棒付きキャンディーと気付く。


「ま、それでも舐めて落ち着きな」

「………………」


 何かお礼を云うべきか悩んだが、何故か口は思った通りに動かなかった。


「…………お兄さん、名前は?」

「俺? 俺はキール。君は?」


 キール、と軽く呟いてから私も答える。


「…………アリア」










「………………ん?」


 今日はポカポカと温かかったためか、どうやら私は寝ていたらしい。それにしても懐かしい夢を見た。お兄さんと初めて会った頃だから…………1、2年前になる。


 それ程遠い過去と云うわけでもなく、逆にその事実にビックリした。何故か、何十年も昔の出来事に思えた。


「やっほー、アリア」


 覚醒したばかりで、頭は靄が掛かったかのようにはっきりとしない。それでも、私は反射的に答えていた。


「お疲れ様です、お兄さん。相変わらずゴブリン相手に手子摺ってるんですか?」


 普通、恋愛感情はどうあれ好意を抱いている相手を罵倒したりはしない。だけど、特殊な性癖のあるお兄さんは私に罵倒されると悦ぶため、何となく惰性で罵倒し続けている。


「うぐっ…………」


 お兄さんは少し大袈裟にダメージを受けた振りをする。


 着ているローブの心臓辺りを握り締め、がっくりと頭を落としているが――――唇は弧を描いている。


「と、取り敢えず証拠品」


 ほい、と云ってお兄さんが袋を渡して来る。中身は確認しなくてもいい。どうせ間違いはない。


 貰った袋を適当に背後に投げると、ギルドが管理するお兄さんの書類に筆を走らせる。


 お兄さんの年齢は私の1つ上の14。依頼の達成数は先程の物を含めると3000と少し。お兄さんがギルドに登録したのが7歳になったばかりで、1年は365日だから――――大体1日に1回以上は依頼を達成している計算になる。これは驚異的な数字だ。


 確かに普通の冒険者と違い、お兄さんは常に初心者用の依頼を受けているため、それは不可能な数字ではないのかも知れない。それでも、前代未聞と云える数字だ。


 勿論、総合でそれ以上の依頼を熟している冒険者はいる。


 ただ、問題なのは――――お兄さんが、一人で初心者用の依頼を熟している事だ。


 ギルドで云う初心者用とは、冒険者として駆け出しの人間で構成された、若しくは駆け出しの人間を含むパーティーが、安全に依頼を達成出来ると云う意味を持つ。


 つまり、駆け出しの集まりでも前衛職と後衛職が集まれば、比較的安全に達成出来ると云う事だ。


 だけどお兄さんは違う。記録では、お兄さんがパーティーを組んだのは2桁に届かない。


 それでもお兄さんは特に傷を負う事もなく、ほぼ1日1回、多い時は1日に3、4回は依頼を熟す。


「アリア?」


 私がお兄さんを見つめたまま停止していたためか、声を掛けられる。


 お兄さんの顔を見ても、特に強そうと思わない。細身で筋肉もあまり無さそうだ。


「何でもないです、お兄さん」


 今度、お兄さんは尾行してみようか?


 そんな事を呑気に考える、今日この頃。

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