金髪とか護衛とか勘違いとか

「アッシュ様ー、朝だぜー、起きやがって下さいー」

「貴様! アッシュフォード様に何と云う口の聞き方を!」

「いいじゃねえか別に。減るもんじゃねえし」

「貴様の命を減らしてやろうかッ!」


 喧騒で目が覚める。メイドに起こされるのもなかなか良い物ではあるが、唯一の友人とも云える2人の声で目覚めるのも悪くない。


「やあ、2人共。朝から元気だね」

「おはようございます、アッシュフォード様」

「おっはよ~」

「貴様ッ! そこに直れ!」


 また喧嘩が始まる。


 僕は王族としては珍しく、下々の人間と仲が良い。護衛の2人にも敬語じゃなくて良いとは云っているが、堅物なグリムにはどうも無理があるらしい。そして、カイルのぞんざいな口調が許せないと常々云っている。


「今日はギルドに向かおうと思う」

「うへー、またギルドかよぉ」


 やる気のないカイルに、グリムがまた顔を真っ赤にして怒鳴るが、カイルとしては慣れたようで、「んじゃ、武器の用意でもして来ますわー」と去って行った。


「では、私も準備に取り掛かります」


 一礼してグリムも下がる。


 僕も適当に着替える。鎧は重いが、やはり生存率を上げるためには必要不可欠。かと云って、全身を鎧で包むのは速度低下に繋がるので憚られる。妥協点として、胴と各種間接部位のみ装着する。


 歩いてみて問題がないのを確かめると、王である父から授かった宝剣を持ち外に出る。途中、グリムとカイルを捕まえてからギルドを目指す。


「アッシュ様ー、今日は何を狩るつもりですか?」


 狩る相手は既に決まっていた。僕は自信満々に腕を組んで云った。


「赤龍レッドドラゴンさ」

「アッシュ様、今までお世話になりました」


 踵を返す。その肩を、グリムが掴む。


「冗談くらい見抜け。我々のレベルで赤龍レッドドラゴンの相手が出来るわけがないだろう」


 グリムは僕の方を見て素晴らしい冗談です、と謎の発言をする。こう云う所はグリムの短所だと思う。はっきり云って絡みにくい。


「いや、残念ながらグリム。僕は王族として、赤龍レッドドラゴンをどうにかしなければならない」


 既に少ないながらも被害を被っている。この国の守護者として、先導者として、この被害を見逃す事は出来ない。


「な!? それは本気ですか!?」


 僕が無言で頷くと、グリムは説得のためか口を開いた。


 如何に赤龍レッドドラゴンが危険な存在であるか、現メンバーでの対処は限りなく不可能に近いか。


 グリムの云っている事は理解出来る。だが、納得は出来ない。危険だろうが何であろうが、残念ながら僕は王族だ。これは使命でもある。


 そんな僕の決意を汲み取ってか、珍しくカイルが助け船を出してくれた。


「落ち着け、グリム。何のために俺たちが居る。アッシュ様を助けるためだろ? お前には自信がないのか?」

「だがしかし…………」

「んじゃ、アッシュ様。腰抜けは置いてギルドに向かいましょうや」


 その一言でまた喧嘩が始まる。


 カイル、貴様ッ! とグリムが声を荒げ、おいおいちったぁ落ち着けよ、とカイルが飄々とそれを宥める。


 終始こんな調子ではあったが、なんとか無事にギルドに到着した。


「赤龍レッドドラゴンの巣くう洞窟に行きたいのだが」


 僕の言葉に受付嬢ではなく周りの冒険者たちが反応する。無謀だ、とか馬鹿なやつらだ、と云った言葉が聞こえてくる。しかし、受付嬢は全く気にした様子を見せず、気怠そうに一言「現在、その洞窟に向かうのは4人パーティーが義務付けされています」とだけ僕たちに告げた。


 こちらは僕、カイル、グリムの3人しかいない。それでも、はいそうですかと頷くわけにはいかない。何とかならないか交渉してみる。特に、あと1人都合が付く人間がいないかどうかを。


「そうですね…………現段階であの洞窟に向かうのは――――あっ、もうあのお兄さんしかいません。そう云う事にして下さい」


 受付嬢が入口の方を指差す。


 そこには――――匍匐前進で扉を潜る変人がいた。


 その変人と目が合うと、何故か睨まれた。


「ふむ…………君、実に弱そうだね」


 目の前の男には覇気がなかった。瞳に力がない。武器も有り触れた銅剣の類。腰に刺さっているダガーは――――遠目では判断出来ない。どうせあまり質の良い武器ではないだろう。


 その後もその変人とは一悶着あったが、何とかパーティーに組み入れた。弱そうではあるが、人数が揃えばそれでいい。


 特に準備もなかったため、適当に馬車を借りて洞窟に向かう。その過程で分かった事なのだが、どうやら彼はただの変人ではないらしい。あのグリムをカイル以上に上手くあしらっている。カイルとは相性が良いようで、2人してグリムを虐めている。


「アッシュフォード様、目的地に到着致しました」


 何処か疲れた声のグリムが僕の体を揺さぶる。考え事をしていただけで寝ていたわけではないのだが――――


「アッシュ様、寝てないでさっさと行きましょうや」

「金髪、寝てる暇があったらグリムのオッサンで遊ぼうぜ」


 この2人は何なのだろうか。僕は少し判断を誤ったかも知れない。


 今更悔いても遅いため、僕は敢えて何も云わずに歩き出す。


「帰ったら、娘と遊ぶ約束をしたんだ…………」

「ちょ、オッサンそれ死亡フラグ」

「死亡フラグ? 何だそれは」

「説明しようっ! 死亡フラグとは――――」


 後ろでは楽しそうに談笑している。グリムも何だかんだで楽しいらしく、時折笑い声が聞こえる。


「何だろう、この疎外感は…………」


 誰も相手をしてくれないため、つい言葉を漏らす。


 そろそろ僕も後ろの話に交ざるべきか――――うん?


「君たち、静かに。何かいる」


 何か物音が聞こえた。それに気配もする。


 僕たち4人は周囲を警戒しながら歩き――――ゴブリンの一団を発見した。


「これはまた…………団体さんのご登場で」


 カイルが頬を引き攣らせながらも剣を抜く。それに続くようにして各々武器を構える。


「――――行くぞッ!!」


 このパーティー初の戦いが始まった――――。









「…………ぐっ」


 身体中の痛みに目を覚ます。どうやら僕は気絶していたようだ。


「他の皆は…………」


 辺りを見回す。一面の死体。ゴブリンの残骸が放置してあった。


 何処も彼処もゴブリンの死体だらけで、生き物の気配はない。まさか、皆は既に――――。


 最悪の結果が頭を過ぎる。しかし、それは杞憂のようだった。


「おっ、アッシュ様。ご無事で何より」

「カイルか!? 他の2人は!?」

「グリムは向こうで寝てますわ。あの少年は…………死体もないっぽいし、帰ったんでしょうね」


 その言葉に愕然とする。あの冴えない少年は、たった1人でこれだけの数のゴブリンを倒したのか?


 僕は彼にゴブリンを任せて離脱したと云うのに…………。


 気絶したためか、前後の記憶は酷くあやふやだ。それでも僕は確信していた。


 あの少年は、見捨てた僕を救ってくれた――――

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