弟とか姉とか憂鬱とか(2)
「――――――――」
俺は、俺以外誰もいない自室にて静かに読書をしていた。通常なら姉ちゃんがいきなり入って来て、兄ちゃんを落とすため(物理的にではなく、恋愛的な意味で)の作戦会議が始まる。一応、俺は受験生なのだが…………まぁ、そこは気にしないでおく。
ざあっ、と装着されたヘッドフォンから風の音が聞こえる。
少し変わった趣味かも知れないが、俺はヘッドフォンで風や水の音を聴きながら読書をするのが好きだった。これは兄ちゃんに教えて貰った事で、俺としてもかなり気に入っている。勉強も、洋楽を聴きながらするのは楽しいが、自然の音を聴きながらやった方が捗はかどるためそうしている。
「…………嗚呼」
静かだ。姉ちゃんは今、この国で最も人気のゲームである『dagger』をやっている。テレビではフルダイブとかバーチャルリアルがどうだとか云っていた気がするが――――俺は別に、ゲームは好きじゃないので興味はない。
別の事を考えながら読書をしていた所為か、勝手にページが進んでいた。正確には流し読みをしてしまっていた。
俺は多少焦りながらも見覚えのあるページまで戻り、また読み進めて行く。
ぱら…………ぱら――――と不定期で、それでも何故かリズムを感じる速度でページを捲っていく。巷では電子書籍が流行っていて、紙媒体の本が無くなるのでは? と戦々恐々としている人がいるようだが、俺としては紙の質感、匂い、そしてこのページを捲る時の音が無くならない限り、紙の本が廃れる事はないだろうと思う。
「友春友春友春ぅ!」
ドタバタと廊下を走る音がする。どうやら、姉ちゃんが現実に戻って来たらしい。つまり、俺の至福で至高の読書タイムは終わった事になる。
俺はドアを蹴破るかのような勢いで自室に入って来る姉ちゃんに、そっと溜息を吐くと口を開いた。
「何か用?」
何処か口調が堅くなるのは仕方のない事だと思う。
「…………キー君に謝れなかった」
むすっとした表情で云って来る。どうやら、姉ちゃんは兄ちゃんに先日の件について謝る事が出来なかったらしい。
因みに先日の件とは、勘違いした兄ちゃんにふるぼっこにされた俺を見た姉ちゃんが、兄ちゃんに対して大嫌いとか絶交宣言した事である。
ややこしいので纏めると、擦れ違いからの喧嘩。
「まぁ、幸い兄ちゃんは隣だしね。明日にでも事情を説明しに行けばいいさ」
云ってはなんだが、こんな事は結構日常茶飯事だったりする。だからだろうか――――この時の俺は、事態を軽く見ていた。
「友春!」
本日は休日であるため、気持ち良く惰眠を貪っていると姉ちゃんに叩き起こされた。比喩ではない。
「何だよ姉ちゃん…………まだ昼だぜ?」
青春を謳歌する学生にとって、遅寝遅起きは常識である、と思いたい。不健康である事の言い訳だとは自分でも分かっている。
「キー君が何処に居るか知らない!?」
「んー? 兄ちゃんの居場所何か知るわけないじゃん」
寝起きのぼーとした頭で答える。残念ながらお役には立てませーん、とだけ云って瞼を閉じる。
「キー君が行方不明なのっ!」
その一言でガバッと起き上がる。
「兄ちゃんが行方不明?」
「色葉ちゃんも何も聞いてないんだって…………今、警察に捜索願いを出しているとこだって」
「…………おいおい」
あの兄妹はかなり仲が良い。兄ちゃんは若干シスコンが入っていて、色葉に無断で長期の外泊をするなんて考えられない。
それに、警察沙汰…………ガチな事件になっているようで、少し眩暈がする。
「何時から連絡が取れないの?」
多分、姉ちゃんも色葉も混乱していて使い物にならない。ここで俺が冷静にならないと、後から悔いる事になるかも知れない。
「…………3日前から」
3日前とは姉ちゃんが兄ちゃんに謝る事が出来なかった日だ。
姉ちゃん曰く、兄ちゃんは直前まで色葉と一緒に居て、ご飯だから先に色葉が落ちた(現実に戻った)らしい。それで色葉は夕食の手伝いをしていたらしいが、一向に兄ちゃんがリビングに降りて来ないため、不思議に思って部屋に向かうと既にもぬけの殻だった、と。
「兄ちゃんの友人とかは?」
「…………全滅。キー君の交友関係が狭いのは友春も知ってるでしょ?」
兄ちゃんは良くも悪くもぶっ飛んだ性格をしていて、人によって好き嫌いが激しく別れる。あまり一般受けはしない性格だ。
「一応、俺も友達とかに目撃情報がないか聞いてみる」
「うん、お願い」
それから俺は友人知人、兄ちゃんから譲り受けたコネをフル使って捜索したが、見つかる事はなかった。
数日後にようやく介入した警察も結果は変わらなかった。
ただ、俺は諦めていなかった。
皆、問題視していなかったのだ。兄ちゃんが直前までやっていたと云う『dagger』を――――。
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