裏・語られない序章
弟とか姉とか憂鬱とか(1)
「友春、キー君の本心を探るために彼氏役しなさい」
気分良く洋楽を聴きながら勉強をしていると、いきなり姉ちゃんが入って来てそんな事を俺に告げた。自分でも頬が引き攣るのがよく分かった。
「本心って…………多分、兄ちゃんは姉ちゃんの事を好きだと思うよ」
兄ちゃんとは隣の家に住む、俺の幼馴染みの1人だ。もう1人は色葉と云い、兄ちゃんの妹になる。俺から見ても相当なブラコンだ。
「多分じゃ駄目なの! 折角告白するのにフラれたら嫌じゃない」
何この姉うざい。第一、終始あまあまでラブラブでべたべたな癖に、まだ彼氏彼女の関係じゃなかったのかとツッコミたい。
兄ちゃん、姉ちゃんのために指輪買うとか云ってバイトしているし…………良くも悪くも、兄ちゃんと姉ちゃんはいろいろと可笑しい。頭とか性格とか特に。あと、色葉も。
「これは姉命令です。弟は姉に絶対服従」
それだけを云って姉ちゃんは去って行った。…………こんな姉ちゃんを持つから、俺は友人に『万年苦労人』とか云われるんだ。
「…………はぁ」
思わず溜息を吐く。…………何か、姉ちゃんが兄ちゃんを意識し始めてから溜息が癖になっている気がする。友人にも、溜息はお前の専売特許だとか云われた。まぁ、その友人が溜息を吐く度にジュースを奢らせてるから、その事についてはラッキーだと思っている。
「…………なんて傍迷惑な姉なんだ」
その日は、それ以上姉ちゃんに絡まれる事はなかった。嵐の前の静けさってやつだ。
翌日、俺は半泣き状態で鏡に映る自分を見ていた。勿論、鏡の中の自分は半泣き状態だ。結論、俺は半泣き状態だ。
俺の髪は今金色だ。別に某怒ったら強くなる種族ではない。ただ単純に姉ちゃんにやられた。本人曰く、ばれないようにカモフラージュだそうだ。
「友春ー、用意出来た?」
「…………一応」
項垂うなだれる。まさか俺がこんな格好をするとは思わなかった。チャラ男とか神様の次くらいに縁のない物だと思っていた。しかも、髪は美容室で染めたのではなく、スプレー。生え際の黒さがより一層チャラ男度を上げている気がする。
「んー、これじゃあばれるかな? 友春、鼻輪とか付ける?」
「…………ここまで姉ちゃんに殺意を覚えたのは初めて――――でもないな、別に」
姉ちゃんの事はスルーして靴を履き、隣の家を目指す。
姉ちゃん曰く兄ちゃんに呼ばれたらしいが――――十中八九、指輪の件だ。…………それでいきなり彼氏を紹介させられる兄ちゃんが可哀相だ。しかし、姉ちゃんに逆らえない自分が恨めしい。兄ちゃん、こんなやつでごめん、まだ俺は死にたく――――あれ? 俺、兄ちゃんに殺されないだろうか?
「…………気付かなかった事にしよう」
兄ちゃんは何故か異様に強いし、ふるぼっこにされる可能性大。…………それが腑甲斐ない俺への制裁だと思い、享受する。
「あ、奈々!」
こっちに気付いた兄ちゃんが駆け寄って来る。俺は視界に入っていないようだ。
「奈々、渡したい物が…………ん? その人誰?」
兄ちゃんはポケットを弄まさぐり、指輪らしき物を出した所で俺に気付く。まだ、笑顔だ。
「あ、この人私の彼氏」
姉ちゃんが抱き着いて来る。鳥肌マックス。そして兄ちゃんは笑顔である。ほんの一瞬、兄ちゃんに鍛えられた俺ですら自信がないくらい一瞬、般若のような表情を浮かべた。…………何故だ? 身体の震えが止まらない。冷や汗がやばい。異常なくらい心臓が脈打つ。
これが――――兄ちゃんの殺気。
「キー君、渡したい物って何?」
「あ、これこの前のジュース代」
俺に抱き着いたまま首を傾げる姉ちゃんに、兄ちゃんは爽やかな笑顔で小銭を渡す。姉ちゃんはジュース代って何だっけ? みたいな表情をしていたが黙って小銭を受け取った。本当に渡す物が小銭だったと疑っていないらしい。相変わらず頭の中がお花畑な姉だ。
しかし、咄嗟に指輪をポケットに仕舞い小銭を出した兄ちゃんの機転には脱帽だ。
「あ、用はそれだけ。んじゃ、俺は部屋に戻るわ」
兄ちゃんの殺気に身体を貫かれながらも、何とか危機は去ったらしい。俺は安堵の溜息を――――
「あ、キー君。私たちこれからデートなんだけど、キー君も一緒に行こうよ!」
この糞姉がッ!!
思わず叫びそうになるが、なんとか耐える。再度兄ちゃんの殺気に貫かれるが耐える。下を向いて懸命に耐える。
そして――――気が付いたら、俺と兄ちゃんは2人っきりで向かい合っていた。姉ちゃんはトイレに行ったようだ。席を立つ際、「…………キー君から私に対する情報を引き出しなさい。あと、私をベタ褒めして洗脳しなさい」とかそんな事を囁かれた気がするが気にしない。
「「……………………」」
気まずい沈黙。兄ちゃんは相変わらず笑顔で殺気を飛ばして来る。
「あ、えと……奈々の何処らへんを好きになられやがったんですか?」
沈黙に耐え兼ねてか、兄ちゃんがそんな事を聞いて来る。微妙に丁寧に見えて全くそうでもない謎の口調に逃げ腰になるが、これは神から与えられた唯一無二のチャンス。俺は口を開き、姉ちゃんをベタ褒めする。性格は…………アレなので、主に容姿を。見た目は悪くないからそこを褒める。と云うかそこしか褒める所がない。
「…………なるほど、聞けば容姿ばかりを褒める…………身体目的か」
清々しい笑顔で、何か悟りを開いたような顔で兄ちゃんが云った。そこで、俺は進むべき道を誤ったと気付いた。
「ちょっと表に…………いや、路地裏に出ろや」
俺は、ふるぼっこ☆にされた。
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