お姉さんとかお犬様とか恐怖とか(2)

「――――お手」


 神妙な雰囲気で手を出す。


 ばくり、とかそんな感じの擬音が似合いそうな勢いで手――――と云うか腕を喰われる。思わず一瞬怯んだが、残念ながらお犬様には噛み切れないらしい。腕を持ち上げると、お犬様の一本釣りみたいになった。そのまま漫画みたいに腕を上下に振ってみる。しかしお犬様は噛み付いたまま微動だにしない。流石である。


 余談ではあるが、エーデルに対して異常に質問されたが、なんとか戦争孤児として誤魔化した。そんなエーデルはやっぱり俺に肩車されつつお犬様を見学している。父親が腕まで喰われていると云うのにどこか嬉しそうだ。


「ハッハァ!! 犬っころがアタシに歯向かうなんざ100年早いぜッ!」

「『其れ』『は』『告げる』『汝』『に』『呪い』『を』『呪い』『を』」


 俺の後ろではお姉さん2人組が暴れている。某無双ゲームを思い出す程度には、お犬様を惨殺している。カナリアに至っては「アタシが真の無双だぜッ!」とか云ってた。まぁ、流石に1000匹もお犬様はいない。精々3桁近くだろう。それでも多いが…………それよりも、それだけの数のお犬様が蔓延っている方が問題だ。ここは比較的街にも近いただの森だと云うのに――――。


「必殺! 全力究極キック!!」


 叫ぶと同時にカナリアの体がぶれる。何を――――そう思った刹那、カナリアの回りにいたお犬様が弾ける。まるで倒れ込むようにして放たれた回し蹴りは、危うく俺でも見逃す速度だった。ネーミングセンスは皆無だが。


「…………相変わらず無茶苦茶だ」


 初めてパーティーを組んだ時から、カナリアは素手での戦闘を好んでいた。ダークエルフの基礎スペックに加え、セルフィーの魔法で強化された肉体は、ただそれだけで何よりも強靭な武器となっている。


 ただ――――俺にとっては、カナリアよりセルフィーの方が何倍も恐ろしい。えげつない。


「『これ』『は』『裁き』『鉄槌』『で』『呪い』『断罪』『で』『終焉』」


 セルフィーが地面に文字を書いていく。時々飛び掛かって来るお犬様を適当にあしらい、遂に魔法陣を完成させる。その魔法陣の円は、円の内部に書かれた五芒星は、全て魔力の篭められた文字で構成されている。


「『汝に精霊の祝福を』」


 ――――しん、と空気が悲鳴を上げる。森が異常にざわめく。


 刹那、慟哭するかのような遠吠えが辺りに木霊する。


「――――■■■■■■■■!!」


 1匹、また1匹と吠えては力尽きて倒れていく。そして――――数分後、遠吠えは聞こえなくなった。


「こえぇぇぇ! ちょーこえぇぇぇ!!」


 何? 何なのアレ。精霊の祝福ってエルフらしい事云っているけど、結局はただのザラキーマじゃねえか! しかも全滅かよ!


「…………下手したら俺の即死スキルよりやべえ」


 俺は密かに身震いする。何時もほわほわと微笑んでいるセルフィーは、自身の魔法を理解していない。そこらの魔法と同じ、便利な代物程度の認識しかしていない。俺は、カナリアはまだしもセルフィーだけは敵に回さないと誓った。


「キール君、終わった…………よ!」


 お犬様の剥ぎ取りは終わったのか、セルフィーが走って来る。俺はそれを尻目に、噛み付いているお犬様の首筋をナイフでかっきる。


「セルフィー、ナイフ持ったまま走ったら――――」


 危ない。そう云おうとして俺の言葉を止まった。いや、止められた。


 セルフィーは木の根に躓き、バランスを崩す。俺はそれを受け止めようと動き――――とんっ、とセルフィーが俺にぶつかる。軽い反動。そして柔らかな感触。


 俺の右手は、セルフィーの胸を鷲掴みにしていた。


「――――ごふっ」


 思わず吐血――――いや、喀血する。


 別にセルフィーの胸を鷲掴みにしたからではない。俺の肺に、ナイフが突き立てられた事が原因だ。


「キール君!?」


 焦った顔でセルフィーが俺を見る。


 ――――この反応を見て分かる通り、実はセルフィーは敵の刺客で――――とか云う落ちじゃない。これはただ単純に、ただ真っ直ぐにも1つの現実を教えてくれる。


 セルフィーは――――壊滅的にドジだった。全力でドジッ娘だった。


 走馬灯と呼ばれる物が頭の中を巡る。


 俺は霞む景色の中、『そう云えば、休暇中の宿題やってねー』とかどうでもいい事を思い出すのだった。

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