囚われの身

 街から少し外れた場所にある、県道沿いの小規模な工場跡。道路挟んで畑と荒地、工場裏手は林と山。


 周辺数キロにはこれといった民家も商店も見当たらない。騒音の苦情や産廃問題で周辺住人のトラブルに悩まされることは無いが、いささか便利が悪い。そのせいか買い手が付かず、利用も取り壊しもされずに残っている。


 そんなコンクリートブロックの塀で囲まれた工場敷地内を、一見窺い知る者はいない。


 出入り口に当たる鉄の門扉は、鎖と南京錠で硬く閉ざされていたはず。だが今は取り払われており、門扉は微かに開いている。


 工場の製造施設だった建屋。設備は売りに出され、内部は何も無い空間が広がる。


 加藤とルキノを拉致した偽SP達の黒塗りのバンとセダンが止まっている。そしてもう一台、私立病院の所有を装った救急車両が傍らに止まっていた。


 工場の事務所であったろう一室。ジム机や、応接ソファーがあっと思しき空間は、今はガランとして何も無い。キャンピングテーブルに寝袋、若干のダンボールが置かれ、簡易照明が室内を照らし出している。「根城」と言うよりは、簡易に仕立てた「一時の隠れ家」程度の設えだ。


 照明の類は必要最小限。音も出ないよう電源はバッテリーから取っている。事務所の一室と車を止めた作業スペースにだけなら必要十分だ。


 事務所に黒服を着た一団が入ってくる。「屋敷」と名乗った女を含めた数名が黒服を脱ぎ始め、脇に置いてあったスーツケースを開き、別の服を取り出す。


 「屋敷」は白いブラウスとタイトスカートに履き替え、ブランド物の時計や、宝飾品といった小物を身につける。他の男たちも数名を残して、看護士、医師と言った服に着替えてゆく。


 スーツのジャケットを羽織る前に、タバコを一服つけながら「屋敷」は、準備を黙々と進める部下たちに言い放つ。


 「いいか、2時間後にはここ出る。それまでに「ベット」へプロフェッサーを寝かしつけろ。薬の量は誤るなよ、殺してしまってはボーナスは出ない。」


 「各自、ビザにパスポート、必要な身分証明書を確認しろ。出国時の検査で引っかかりそうな物は置いていけ、つまらん貧乏根性はだすな。」


 「車両のナンバーを代える作業にかかれ、ボクサーにシェパード、あと3人。私と一緒に「移植医療を国外で受けるセレブ難病患者」のチャータージェットで。残りは空港で待機している者と合流後、二手に分かれて空路で脱出。使い捨てた装備は地元の奴等が処理する。」


 指示を一通り出し終わった後、味わうようにタバコを吹かしながら、「屋敷」は一人つぶやく。


 「フッ、、、ニンジャか。」


 「日本を影で守る「闇の住人」、、、所詮は伝説か。まだヤクザの方が歯ごたえがあったかもな?」


 「看護士」姿に着替え終わった部下が、「屋敷」に問いかける。


 「ゴールディー。女のはどうしますか?」


 ゴールディーと呼ばれた「屋敷」は、質問に対して最後に一服を深々と吐き出しながら思考をまとめると、タバコをもみ消し部下をみやる。


 「女の様子は?」


 部下にルキノの容態を確認する。


 「邪魔になるので空き部屋に監禁しています。目覚める様子も無いので特に見張りは着けていません。倉庫の様な場所なので出入り口はひとつ、部屋の外は作業している「犬」達がいます。」


 「身体検査は?」


 目の前の男に抜かりは無いと思うが形式的に確認する。


 「服以外の所持品は調べて没収しています。通常で有れば目を覚ましても良い頃合ですが、体調不良を考慮するともう少し昏睡するか、、、、あるいは重篤な場合も考えられます。」


 部下は淡々とルキノの容態を報告する。ゴールディーは鼻で笑いながら部下に問う。


 「どうしたい?」


 ニヤニヤしながら部下を見るゴールディー。部下は無言で意見を述べることは無い。


 「「くの一」かもな」


 「は?」


 ゴールディーの突然の一言に、部下は思わず聞き返した。


 「念のためだ。3~4人かかって女の身体検査をしろ、ただの女なら問題ない。」


 「時間外手当の変わりだ、3~4人一組で20分。支度の完了したモノから遊んで来い。薬が効いていても、それなりには楽しめるだろう。」


 ゴールディーの言葉の真意を測るように、部下が口を開く。


 「、、、、よろしいのですか?」


 「ああ、仕上げの前だ、疲れない程度に英気を養え。ただしちゃんと調べろ、仕事の手を抜いたヤツは頭を吹き飛ばす。」


 「は!!」


 部下の男は、機械的に指示としてゴールディーの命令を受け取ったと言うニュアンスで、返事をする。


 「ちゃんと外を見張ってる奴等とも、交替してやれよ。」


 ゴールディーは出て行く部下の背中に、低く笑いながらジョークを混ぜた、声を掛けた。

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