霞扇の術-3

 病院前に、黒塗りの車が3台止まる。前後のバンタイプの車から、素早く降り立った黒服達が周囲を油断なく警戒する。


 病院関係者や入院・通院患者が唖然と見守るなか。中央セダンタイプの助手席から、パンツスーツ姿の女性が降り立つ。女性は加藤とルキノに歩み寄りながら、警察手帳を掲げ、目前の相手を確認すると共に自身の身分を明らかにする。


 「加藤拍摩教授ですね。私くし、警視庁警備部・警衛課の警部補、屋敷鏡子と申します。これより教授をご自宅にまでお送りし、身辺の警護に当たらせて頂きます。」


 屋敷は加藤に一礼する。礼儀正しい印象のエリート女性警察官だった。部下は全員男だと言う所も目を引く。要人警護の関係で、女性の割合が多い所だとは聞いていた。


 「さあ、どうぞお車の中へ。」


 自ら後部座席ドアを開け、加藤を促す屋敷。慣れない物々しさに気圧される加藤。屋敷と名乗ったSPも、顔に笑みを浮かべてはいるが、礼儀正しい分よそよそしく、何処か安心感を感じなかった。


 「、、、、さあ、ルキノさん乗って。」


 ルキノを先に車に促す加藤。


 「教授、お待ち下さい。私達は教授の警護のみを命令されています。したがって、彼女の安全までは、、、。」


 屋敷に諭される加藤。だが譲れないとばかりに強く主張する。


 「解っている。だが彼女を自宅まで送り届けるだけだ。君たちとは別かも知れないが、彼女も警護に入っているはずだぞ。」


 「教授、私の事は良いんです。」


 場の気配を読んで、加藤の好意を断るルキノ。


 「ルキノさん、ここは私に任せてくれ。」


 そう言って加藤は振り返り屋敷に訴える。


 「良いだろ?」


 屋敷は暫く、加藤とルキノ交互にを眺めた後。心得ましたと言う体で、口元に笑みを浮かべて答える。


 「解りました。後か来る別班には連絡しておきます。では、どうぞお二人ともお乗り下さい。」


 屋敷が自ら二人を後部座席に案内した。加藤が先ずルキノを車へ乗り込ませようとする。が、ルキノは少し慌てたせいか、フラついて躓き、膝を付いてしまう。手にした大き目のバックが、セダン下に転がる。


 「あ、」


 ルキノは思わず声を上げた。転がったバックは蓋が開いて中身が多少バラ撒かれる。


 「す、すまないルキノさん。大丈夫ですか?」


 加減を誤ってしまったと、加藤はルキノに謝罪し、荷物を拾い集めるのを手伝う。


 「す、すみません。まだ薬が少し残っているみたいで。」


 こぼれた荷物を加藤から受け取り、中身を確認して蓋を閉じる。ルキノは加藤の手を借り、少しふら付きながら立ち上がる。


 「いや、私の方こそ気が焦ってしまった、、、ずいぶん荷物があるんですね?、、、さあ。」


  「ええ、入院するかもと思って。着替えを少し、知り合いに持って来て貰っていたんです。」


 加藤は立ち上がったルキノを、労わる様に座席に座らせた。、ルキノ支えた時、間近で香ったルキノの香り。加藤は思わず我を忘れたものの、自らも座席へと乗り込む。


 屋敷は二人が座席に収まると、ドアを閉めた。


 座席に乗り込んだ加藤とルキノ。運転席と後部席の間は、ガラスで仕切られている。窓ガラスは仕様なのか?フロント以外にスモークが張られ、外を窺い知る事が出来ない。


 屋敷が助手席側に乗り込むと共に、車がゆっくりと発進し、ドアに「ロック」が掛かる。薄暗い後部座席、加藤は仕切りの窓を叩いて、助手席の屋敷に呼びかける。


 「先ずは彼女を自宅へ、、、、じゅ、住所は?ルキノさん?」


 思い付きの行動で情報が無い。間抜けた質問をルキノにする加藤。


 「永福12ー22ー4 コーポ101号室です。」


  少し笑いながら、ルキノは加藤に告げる。


 「屋敷さん、聞こえましたか?永福12ー22ー4です。」


 加藤はガラス越しに屋敷に確認する。が、屋敷に応じる様子が見られない。


 「、、、、」


 いぶかしむ加藤。


 「屋敷さん、聞いているんですか?ねえ?」


 後部座席を振り向く屋敷。耳をそばだてる仕草をする。声は聞こえないが、口元が「え、なに?」と動く様は、加藤にも認識できた。


 しまった!!


 加藤がそう感じた瞬間。隣座席のルキノが、前のめりに腰を折って、自身の膝に倒れこむ。


 加藤も眩暈を感じつつ、ガラス越しに「屋敷」と名乗った女を睨み付ける。  が、だんだんと、脂汗が体をつたい。身体に力が入らなくなる。


 最後に意識が遠のき、仕切りガラスへ、爪を立てるように崩れ落ちた。

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