霞扇の術-2
病院の玄関前でルキノの退院手続きを待ちながら、日下部に連絡を取る加藤。
「退院するのか?あの研究員。おい、ホントに大丈夫か?」
携帯から聞こえる日下部の声が、どこか聞き取りにくい。人が大勢居る場所?広い場所、何かのアナウンスが聞こえるような、、、
「ああ、本人は大丈夫だと言っている。病院よりも自宅のほうが落ち着くそうだ。確かに病院は考えようによっては研究施設に近い。幸い、まだPTSDの兆候は見られないが、何がキッカケになってもおかしくは無いだろう。」
加藤としても、このまま暫く入院していて欲しかったが、午前中の検査結果で特に異常は無く。本人が望むなら、ストレスの少ない環境が望ましいと医者が加藤に告げた。
「、、、まあ好きにするさ。彼女は大切な研究データを守った功労者だ。今後の調査にも協力を願う立場としては、とやかく言うつもりは無い。」
日下部は些細な事と気にする様子も無い。
「ケースは無事だったんだな?」
ルキノの件が問題にされなかったので、加藤はもう一つの懸案を口にした。
「ああ、三つとも問題ない。事件の一報を受けた時は正直血の気が引いたが、今は首の皮一枚で繋がった気分だよ。」
日下部の声は、喜びと安堵の響きに満ちていた。
「そうか、なら彼女に感謝の言葉を伝えておくよ。」
加藤は命懸けのルキノの献身が、報われることが喜ばしかった。
「、、、彼女を自宅まで送るつもりか?」
今しがた話した内容を日下部が確認する。
「ああそうだが?まさか一人で帰らせる訳にも行かないだろ?」
加藤は当然とばかりに返す。
「なあ加藤、少し考えたほうがいい。お前は今、シンジケートから狙われる立場にある」
「、、、」
日下部の言った意味を、加藤は理解し言葉も出なかった。
「考えても見ろ。研究成果の奪取に失敗したシンジケートが次に狙うとすればお前自身だ。ケースがこちらにある以上むやみに殺される事は無いが、拉致・誘拐の可能性は念頭に置いたほうがいい。」
「どうしろと?」
もっともな指摘に、加藤は日下部の指示を待った。
「今、コチラで手配したSPをそちらに向かわせている。シンジケートも人目が付く所や大規模な騒ぎは控えるだろう。その病院を出るまでは気にしなくて良いと思う。」
「だがSPが到着次第コチラの保護下に入れ、いいな?加藤。」
「ルキノさんはどうする。」
加藤は彼女をこのままにしておけなかった。
「彼女は研究員といっても、プロジェクトに関わった日数はたったの1年程だ。知識も持っている情報も、他の職員とは比較にならん。むしろリツコ君を殺害したのは、シンジケートとしては失策と言っていいだろう。」
「日下部、貴様!!」
流石に今の発言は友達でも許せない。携帯越しに加藤は怒鳴った。
「怒るな加藤、客観的事実を言っているに過ぎん。むしろお前と彼女が一緒にいる事で、彼女の身に危害が及ぶと考えないのか?」
どっちが正しいか?良く考えば判ることだと言わんばかりに、日下部も言い返す。
「、、、」
加藤には返す言葉が無かった。状況判断は日下部が正しい、押し黙った加藤に日下部は言葉をかける。
「、、、なあ、加藤。世の中はお前が考えるほど美しくは無いんだ。好意や判断の甘さ。何気ない一言で後悔を味わうって事を学ばなかったのか?」
「心配するな、彼女の自宅にも警護を手配した。事件唯一の生き証人だからな。」
しばらく無言の状態が続いた後、それ以上の問答は無用と日下部は通話を切る。親友の一言に心の傷口をさらに押し広げられた加藤。携帯を片手に握り締め、自責の念で打ち震えていた。
「お待たせしました、教授。」
後から突然声をかけられ、我に帰る加藤。
「何かあったですか?お顔の様子が優れないようですが?」
加藤は今、日下部に言われた言葉を脳裏で反芻しながら。目の前にいる小柄で華奢なルキノを見つめ、改めて考えていた。
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今、自分がするべき事、したいと思っているコト、、、、そう言えば、あいつとは、研究ではよく意見が合わなかったな、、、、。
「いや何でも無いんだ。ルキノさん、家まで送るよ。」
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