死の運び手

 突然だった。


 「賊」は物音がした気配を感じ、とっさにその場で身を翻し伏せる。


 白壁と思っていた箇所が、衣を翻すかごとく捲れ上がる。現れ出でるは雅やかな装束を身に纏い、口元を面貌でを隠した華奢で小柄な人影。


 表情を窺い知る事は出来ないが、その双眸は、部屋に忍び込んだ月光をたたえ、「賊」に対して強い光を放った。


 人影は手を翻したかと思う刹那に、息つく間もなく「賊」に対し、事務机の間に身を隠す。


 発砲音、出入り口の「賊」が人影に向かって銃を発射した。外れた弾は机やガラス戸に当たって夜の静寂を打ち破る。


 突然の出来事。だが「賊」は、想定した事態であったかのごとく、冷静に現状を把握しようと、伏せた状態から周りを伺う。


 ハッキリとはしないが、3名ほどが伏せた状態のまま、反応らしいものが確認できない。目を凝らせば、首筋に何か深々と刺さっている様に見える。


 相手は姿を現すと同時に、投擲武器を狙い定めて放ったらしい。


 あっという間に、手勢の1/3を無力化された。「賊」は相手の手際に戦慄を禁じえない。今もまだ、潜んでいるはずの机越しの空間からは、人の気配を感じることすら無い。


 自らの鼓動と息使いが、苛立たしいほどハッキリと認識できる。


 だが、冷静さを失う事は無い。相手は一人のようだ、地の利はこちら側にあり。目的の物も、情報通りなら手にしている物で間違いは無い。


 設備に配慮しているせいなのか?相手が銃器の使用を躊躇っているのも好都合だ。部屋の中の障害物は、自らの側にも有利に働く。


 部屋の中で争うよりも、障害物を利用して部屋から「撤退」し、見通しの効く廊下で部屋の出入り口を警戒しながら戦うほうが、多勢の利を含め、コチラが有利である。


 出入り口付近の警戒する仲間のハンドサインでは、外に敵は居ない。


 ―――人手不足か?―――


 襲撃には肝を冷やしたが、そんな冗談が頭を掠め、口元に思わず笑みが浮かぶ。


 だが笑っている場合ではない、チョットした油断で3名の損失を出した。「上司」からの叱責が飛ぶことは目に見えている。


 遺体も証拠として残すわけに行かないが、状況から考えても回収はリスクを伴う。証拠隠滅にしても携行した手榴弾一個程度では、結果として意味が無い。


 コチラから騒ぎを拡大するのは下策。余り長引けば、事態の露見が早まる恐れがある。


――― 尻拭いは上司がクライアントに交渉するだろう。 ――― 


「賊」はそう考えて、ハンドサインで仲間に「部屋から撤退」を指示する。


 気が付けば、ブラインドの隙間や廊下の窓から月明かりが差し込んで、室内が明るくなっている。いつの間にか暗闇が月夜に変わっていた。


――― 気象情報の確認にミスがあった? ―――


――― 計画が狂い始めている?馬鹿な? ―――


 「賊」は頭を振って邪念を払う。小さなミスを悔いていは、大きな判断を狂わせる。目の前の任務に集中しなくては。


 出入り口の2名が、注意深く構えた銃のレーザーサイトで室内に牽制を掛けながら。自らは身を低くし、相手の気配を探りながら慎重に、各々が手にケースを持って部屋の外へ撤退する。


「相手の気配」を全く感じない。


 ――― 射撃が命中して、既に倒したのか? ――― 


 ――― いや、そんな感覚は無かった。 ―――


 底知れぬ相手に、冷や汗が止まらない。


 部屋を出る。全員で周囲の警戒を怠らない、部屋の中に居るはずの相手が、行動に出る気配は無い。退路を確認しつつ、確保したケースを持って移動を開始する。


 ケースを渡し、部下を先にいかせ自らは殿を勤める。


 ――― 何者か知らんが、撃ち殺してやる。 ―――


 役割を確認し、行動を始めた刹那であった。


 ケースの表面に付けてある「予備バッテリー」が、文字どうり「爆散」する。


 衝撃と鉄菱を周囲に撒き散らし、「賊」の身体に着衣の上から 「引き裂き」「穿ち」「めり込む」。


 3名が中心で巻き込まれ即死。自らを含む、少し離れて警戒していた者が、深手を負う。


 「、がっ、、た、対人、、兵い、、き、、、、はっあっ、、」血を吐きながら声を絞り出す。


 耳鳴りに、微かに混じる呻き声。自らも全身を負傷し、苦痛に襲われ、身動きが取れないながら、状況を理解しようと勤める「賊」。


  ――― なぜこうなった? ―――


 研究室の出入り口より、静かに現れる人影。苦痛と負傷で朦朧とする意識と、霞む視覚で何とかソレを見定めようとする。


 人影は手のひらを一閃させると。床に転がり、呻き声をあげる部下の一人が静かになる。


 人影がまるで、獲物を見つけるかのごとく、眼差しをコチラに向ける。


 その月光に煌く「双眸」が、自らの最後を苦痛の中で悟った「賊」の、この世で最後に目にしたモノだった。

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