変化

絶対あいつ殺すって言って、洋輔は家を出てった。ドアの締め方なんか最悪だ。自分を大きく見せたり無理にでも闘争心を奮い立たせるためにわざと乱暴に締めた。弱すぎる気持ちは危ない。多分洋輔じゃ豪鬼には勝てないから、あいつが殺人犯になったりすることはないだろう。でも包丁を生身で持ってご近所うろついたら絶対に通報されて警察の厄介になる。もし何事もなく豪鬼にぼこぼこにされれば、弱っちい洋輔のことだから自分で自分を刺して自殺するかもしれない。でも豪鬼はひどい奴だ。まさか本当に洋輔の影を売っちゃうなんて。影を失った洋輔はそのまんまだとガーゴイルの餌食になっちゃうから、誰かの影を買わないといけないんだろうけど、多分売ってないんだろうな、かわいそうな洋輔、とか考えていたら豪鬼が部屋に来た。

「よう!洋輔いる?」相変わらず頑丈そうな鋼鉄のあごをガシガシさせながら高そうな靴を履いた豪鬼が畳の部屋にずかずか入ってきた。

「あいつ、あんたを殺すって息巻いて今さっき出てったけど、会ってない?」

「会ったぜ。ぶっ飛ばしたけど」豪鬼はほとんど顔と同じくらいの鋼鉄のゲンコツを生身の左手でさすった。

「ダイジョブだった?包丁持ってたけど?」

「俺金属の部分多いから刃物あんま効かないんだよね。右手でバシッと払っちゃえばいっちょ上がりだわ」

「で、洋輔見つけてどうするわけ?あんたあいつの影奪ったんだから、あいつがぶちぎれてるのもわかるでしょ?」

「やっぱ切れてるよな、まああいつの気持ちなんてどうでもよくてさ、おれはやつに頼みたい仕事があるんだよ」

「なにそれいみわかんない、虫のいい話ってレベルじゃないね」

「いやなにね、影うばちゃったわけじゃん?申し訳ないとは思うけど、もう過去は過去だから水に流してもらって、今度は実態のほうももらえないかと思ってさ」

豪鬼はさぞ魅力的な話でしょって感じで話す。

「あんた悪魔ね」

「おれは鬼だよ」

豪鬼は鋭くとがった牙をむきだして笑う。

鬼ってやつは全く最悪だ。10年位前から増えだした鬼は、その腕力にものを言わせて世界のアンダーグラウンドな裏家業の世界で頭角を現してきた。鬼たちは穴といわれる抜け道を通ってこの世界にやってくる。穴は一方通行らしく一度こっちにくると帰ることはできない。穴がつながっている先の世界はどうも物騒なところで、鬼だけじゃなくて影のない人間を襲うガーゴイルや、吸血鬼みたいなやつや、とにかくこっちの世界の生態系をぶっ壊す様な奴しか来ない。ふさごうにも場所がころころ移動するし、勢力拡大を狙う鬼どもが嫌がって地球防衛軍を妨害したりするからほとんど有効な対策がない。

洋輔は鬼と敵対するヤクザ組織に所属していたが、壊滅させられて、今は鬼のつかいっぱしりみたいになっていた。昔の洋輔はかっこよかった。顔はまあそこそこだったけど、義理堅くて、やんちゃだけど落ち着いてて、笑顔がぜんぜん似合わないくらいキュートだったけど、それは私にしか見せなくて、捨て猫とかは拾わないけどハムスターが好きだった洋輔。今はその面影もなく、ハムスターには逃げられたし、ただのジャンキーだ。とっくの昔に洋輔とは別れてたけど、私は行く当てもなくて、結果居候みたいになってた。

「あいつの全部を俺が奪ったら、お前どうする?」

「どうもしないけど、多分落ち込む」

「ふーん、ニンゲンも結構冷酷なんだな」

「別にあいつは私の彼氏じゃない」

本心だろうか?ほんとに私はあいつがどうなってもいいのだろうか?私はいつからこんなに最悪の人間になってしまったのだろう。鬼たちのサイコパスにあてられた?違う!違う?わからない。自分でも自分が何したいのかわからない。

「あいつが帰ってきたら連絡しろ」豪鬼は私の部屋のつけっぱなしのテレビを見ながら言った。

「嫌だって言ったら?」余計な一言だ。

「殺す」今度は私の目をじっと見て言う。鬼の目は赤い。

「わかった」私は力なく答えた。


豪鬼は帰った。世界は鬼の出現で大きく変わったけど、私もそして洋輔も最近結構変わった。変化は怖い。でもしょうがない。世界の秩序が変わるのだ。今回のそれは人間にとって脅威そのもである。しかし我々は生きていかねばならない。変わる世界に順応しなければ、生きていけないのだ。私は机の引き出しを開けて、洋輔が鬼から買ったザイドールという錠剤を取り出すと、それを砕いて粉にした。クレジットカードで10センチくらいのラインを二本引くと丸めた千円札を鼻に突っ込んで吸い込む。右のラインは右の鼻で、左のラインは左の鼻で。私は変わらなければならない。とにかく変わらなければならない。変わらないと。かわらないと、かわらないと、かわらないと……

世界は美しい。悪いのは世界ではない。朝に夕に色ずく太陽を、私は愛する。それだけでなんだか大丈夫な気がするんだ。

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