ようこそ、魔の国へ。
「ちょっと、待ってください!」
眼鏡男が俺を呼び止める。
先程は、俺の体の感覚が狂っていてそうそう眼鏡男の姿をよく視認できず、そして頭も重苦しく、何かを考える事があまりできなかった為に、一体こいつが何者なのかを判断する余裕がなかった。
軍服のような物に身み、細剣のような物を帯剣している眼鏡の男。おそらく、それなりの身分を持つ人間であり、この地の知識を潤沢に持っているであろう。
ならば、この男からこの地の知識を手に入れる他無い。
「あなたはもしかして、
「
「はい。中央国家ミズガルズに君臨する、全知全能の神の名を語る王……オーディン王の魔法によって強化された兵士の事です」
「ミズガルズ……? オーディン……?」
「記憶を失っているのも無理の無いことでしょう。狂戦士化を施された兵士は一概に強化が解けた瞬間にある一定の記憶障害や、身体能力低下がおこると言われています」
「おそらくあなたは狂戦士化が解けぬまま無我夢中に戦場を駆け抜けた結果、ここまで迷い込んでしまったのでしょう。あなたの着ているボロボロの鎧、そして目覚めた時に起きた記憶障害や身体能力の低下からそう考えて間違えは無いはずです」
そういえば俺は鎧を着ていたか……。周りの状況を判断するのに注力してしまい、俺は自分自身の分析を怠っていた。
黒尽くめのボロボロになった鎧を身に纏い、少し前髪が視界に入るほどの髪の長さ。
……今、判断できるのはそれぐらいだろうか。
「しかし、狂戦士化が解けたとはいえこの体格……。あなたは相当の実力者なのですね」
確かに……。この眼鏡男の話す
「とりあえず、ウルガルへ向かいましょう。軍の担当官に話せば、あなたの身分はすぐに分かり、その内記憶も戻るはずです」
記憶が無い俺にとって今取るべき行動は、この男についていきウルガルやらに行くことだろう。もしかしたら、この男の言う通り、狂戦士化していただけなのかもしれない。
しかし、あの記憶は――。
……いずれにしろ、ウルガルに着けば分かる話だ。
◆
「……なぁ、もしもの時の為にウルガルとやらを説明してくれないか?」
「もしもの時とは?」
「狂戦士化によって記憶を失ったのではなく、別の原因にあった時……。すなわち記憶を思い出すのに困難な時に、いざ今から行く街の事を何も知らなかっら行動に困ってしまうからな」
俺はまだ自分の記憶が狂戦士になった事で失ったということが信じられない。ミズガルズやら、オーディンなどの
しかし、未だにそのような事は無く、狂戦士化した人間の記憶は徐々に戻るらしいが、未だその兆候が見られない。そこから考えられる可能性、それは俺が狂戦士化以外で記憶を失ったということだ。
ならば、今の内にこの地の知識を入れておかねばならない。……この先、俺が何をしていけばいいかを判断する為にも。
「……分かりました。では、簡単に説明します」
「ウルガルは魔の力……。いわゆる魔法によって成り立ってきた国です。大昔からこの地域には魔力を持って生まれる生命体が多く、その中でも優秀な力を持った者達がウルガルを建国したと言われています。今は、魔法の研究や開発。また、魔法に関する一切を取り仕切る魔術機関の機関長であるケルヒー様がウルガルのトップとして国をまとめています」
「魔法によって物を製造したり、生成した植物を商品として売る事がウルガルの国民の主な収入源となっています。中でも、ウルガル産の武具は他国でも一目を置かれるほどです」
「魔法、といったか?」
「あ、もしかしてその記憶も欠けている感じですか。そうですね……。簡単に言えば魔法は6つの属性に分類されます。火、水、地、風、光、闇の6つです。これらの属性は生まれによって違いがあるとされています。ほとんどの場合は一人に一つの属性が原則であり、複数の属性を持つものは希少とされています」
「また、魔法の強弱は自身の持つ魔力に依存すると考えられています。つまり、魔力を多く持つ者ほど強力な魔法を使用する事が可能ということです」
なるほど……。魔法は自身の魔力に依存する、か。しかし、魔法を使うにはどうすればよいのだろうか。
「魔法を使うには、何か必要なのか?」
「はい、魔力を媒介とする武器や宝具が必要となります。ウルガルでは国民に一つ必ず腕輪が配られいて、魔法を使用する敷居が極めて低いと言えるでしょう。私も、ウルガル国民なので着けていますよ」
そういうと眼鏡の男は手首に身につけた銀色の輪を見せてくる。何やらダイヤモンドのようなものが埋め込まれており、それが宝具であるに違いないという事を証明している。
「そういえば……俺にはその魔力を媒介するような物は見当たらないな」
「無理もありません。ミズガルズでは魔法を使用できるのはごく一部の者達のみです。そのことからしてウルガルは周辺国家から見ても異例なのです」
「俺達は必ずしも魔法を使えるという訳ではないのか」
「そういうことです。……魔力は必ずしも良い物とは呼べませんから」
「……どれはどういう事だ?」
「魔力は
「それじゃあ、ウルガルには年中魔物が襲ってくるんじゃないか?」
「その心配はありませんよ……。ほら、前を見てください」
そう言われて、目の前を見てみると……その先にはとてつもなく高い壁の様なものがあった。
「ウルガルは魔術機関の力による結界、そして前に見える壁……魔の壁よって魔物の侵入を防いでいるのです。魔の壁の建造には数百の地属性の魔法使いによって建造されたと言われる、今の世界では考えられないような代物なんですよ」
ウルガルからいくらか離れたここから見ても、相当でかい魔の壁。それだけでウルガルの強大さを伺い知る事ができる。
「……なるほど。これで大体ウルガルについては分かった気がする。ありがとう」
「いえいえ。私もウルガル国民の一人として、ウルガルを愛しています。ウルガルを他国の人間の方に理解してもらえることができて何よりです」
「これも何かの縁だ……。お前の名前を教えてくれないか?」
「私の名前はマルツェル。一応、魔術機関に務めています」
道理で魔法について詳しいわけだ。マルツェルが着ている軍服の様な物は魔術機関の制服の様なものだったのだろう。
「あなたの名前は……と聞いても記憶が無いのでしたね。もし記憶が戻ったならぜひ魔術機関に来てください。その時には一緒に酒場にでも行きましょう」
「……悪くないな」
「そうと決まればウルガルへ急ぎましょう。もしかしたら魔物に遭遇するかもしれないですしね」
マルツェルはそう言うと、今までより早足で進み始めた。それほど魔物に遭遇したくないのだろう。かくいう俺も同じだ。武器も持たず、魔法も使えないこの状況で襲われるとなったらたまったもんじゃない。
「そういえば、マルツェルはここで何をしていたんだ?」
「ある調査です。近頃、この森の付近で大きな魔力の反応があったので、それが何かを探る為にここまで来ていました。……私は正直、戦闘は得意ではないのであまり来たくはなかったのですが」
「お前、優しそうだもんな」
「そう言われると嬉しいんだが、悲しいんだがわからないです……」
マルツェルがそういった、その時――
「――!! この反応は!」
何かを察したらしく、マルツェルの表情が一変した。……さっき言っていた大きな魔力の原因の反応があったのだろうか。
「早く戻りましょう!! このクラスの魔物はとても私には手に負えません!」
「おい、待てっ! 一体どういうことだ!」
「この付近でとてつもない魔力を有した魔物の反応がありました! ここにいては危険です! 今すぐウルガルには戻らないと!」
「……わかった」
走りだすマルツェルの後を追うように、俺も走りだす。全く、とんだ災難だ。どうやら神はあまり悠々自適な行動はお好きではないらしい。
仕方ない。ウルガルまでは肺を潰すつもりで走らなければ。
記憶を取り戻す前に、何より……復讐を果たす前に死ぬなんて持っての他だ。
そう思っていた、その時だった、
「あ、危な――!」
マルツェルが何かを叫んだその瞬間――。
何かが地面に落ちる鈍い音がする。
それは、赤い鮮血を伴い俺に現実を思い知らせる。
俺の目の前にいるのは、禍々しい生物。
そして、マルツェルの首から上を切断された死体。
そう、さっきの鈍い音は……マルツェルの頭が地面に落ちる音だったのだ。
思いもよらぬ、魔の国からの洗礼。
目の前にいる生物は俺を見るなり、不敵に笑っているように見える。
ようこそ、魔の国へ。と言わんがばかりに。
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