第9話 第一層怪宮 2
紳真が頭の中で攻撃方法を考える。しかしミノタウロスはそうはさせまいと攻撃を放つ。
紳真はどの攻撃も空間移動で躱すだけで攻撃はしない。それは単に躱すことと考えることだけで頭がいっぱいだからだ。
ミノタウロスの攻撃は一撃一撃が大きく、攻撃を受けた地面や壁は深々と削られていた。
この痕が二十くらいになったころにようやく紳真は攻撃の算段がついた。この勝利への階段は紳真にとっては簡単に分類する。
剣を持つ手に力を込める。第二戦の始まりだ。
紳真は空間移動でミノタウロスから一番遠いところに移動する。必要なのは時間稼ぎと相手に躱されない状況にすること。
ミノタウロスは馬鹿の一つ覚えかのように紳真に突進してくる。それをけん制するように風の刃をミノタウロスに向かって飛ばす。しかしそれはミノタウロスに届く前に纏っている雷に霧散され、何のダメージにもならない。これはただの嫌がらせで、特に意味はないが敢えて言うのなら相手が疲れているかどうかを調べられる。
ミノタウロスの攻撃範囲に入る直前、紳真はマギアパピアを掲げた。
「一本針山」
ミノタウロスの攻撃範囲に入る一歩を狙って発動した先が鋭く尖った土がミノタウロスの右足を貫いた。その魔法は名前の通り、山のように高く伸び、また太くなっていく。
ギャー、と初めての悲鳴を上げたミノタウロス。その足からは血がとめどなく流れる。
紳真の初手は相手の動きを抑えること。定石中の定石。力押しの相手には一番効果的である。今回は抑えるのではなく封じたが。
ミノタウロスは痛みからジタバタするがそれは逆効果でどんどん傷口を広げ、無駄に血を流している。
壊されるのは時間の問題で紳真は次のステップに移行する。
「避雷針」
五十㎝程度の簡易的な避雷針を数十本設置する。これによってミノタウロスが発する全方位にまき散らしていた雷は下に下に流れていく。これで紳真は近づくことができる。
紳真は空間移動を何度も使い、ミノタウロスの体に傷をつけていく。それは決して深いとは言えないが、紳真にとってはそれで十分だった。
紳真の剣速はこの世界で屈指であり、一秒で最高八振りできる程だ。この剣速をもって体の至る所に六芒星を描く。それと同時に詠唱もしていた。
「神秘なる樹から生まれし水よ 身を滅ぼす死の涙を 降り落とせ―――水爆弾」
六芒星が光輝きだし、直径五十㎝ほどの水の玉が現れた。次の瞬間、爆発した。
洞窟全体が揺れ、爆風で紳真は飛ばされそうな体を屈めて耐える。ミノタウロスはというと体に描かれた六芒星は全て爆発の威力によってなくなっていた。肉ごと吹き飛ばしたのだ。血は至る所から吹き出し、十数m離れている紳真にも降りかかるほどであった。
ミノタウロスは膝から崩れ、尻をつく。しかし斧は手に収まっている。
「やっぱ、まだ倒せないか」
紳真はミノタウロスの目を見る。その目にはまだ生気と闘志が残っている。それを確認した紳真は剣を両手で持った。
ミノタウロスはゆっくりと立ち上がった。その気になればA級魔法をも発動できるほどゆっくりと。しかし紳真はそうはしなかった。理由は一つ。ミノタウロスの全身全霊の一撃を受け切り、その上で倒す。それが紳真なりの敬意だ。
ミノタウロスは足を貫いている土を外すのを諦め、全身に魔力を溜める。紳真も同じように魔力を溜める。
「長く長く、鋭く鋭く、丹精に施せ。―――風刃」
自分に命令するような口調で紳真は言う。しかしこれは詠唱ではない。精神統一とでも言おうか。自分のすべきことを口に出すことで失敗をなくす。特別緊張するようなときに紳真はよくこうするのだ。
紳真の剣は剣のように模した風に包まれ、その長さはミノタウロスの体長ほどある。
「貴様は強い。それは認めてやる。しかしこれを受け切れてこそ本当の強者だ。さてどちらに神が微笑むか。始めよう、最後の一撃を」
紳真もわかっていた。この一撃で勝負が決まると。
紳真の風の剣は高濃度の魔力に耐えられないようで高周波の嫌な音が鳴る。
ミノタウロスの斧は息を吹き返したように雷を撒き散らす。さらに空気摩擦が起き、火が生まれ、炎ほどに大きくなり、雷と一緒に斧に纏わる。
一拍の間があり、紳真とミノタウロスはほぼ同時に動いた。
紳真は力強く地面を蹴り、ミノタウロスは動けないので斧を横に引く。
上段から振り落とされる紳真の剣と薙ぎ払うように振り出されるミノタウロスの斧。
この戦いの中で一番の衝撃音と衝撃波を生んだ。研ぎ澄まされた風は分厚い炎と雷で通らない。それでも止めることはできない。
「オオオ―――――――」
「ガアア―――――――」
声にならない叫び声を上げる紳真とミノタウロス。
勝負は突然に終わった。鍔迫り合っていた剣が炎を斬り始めた。その次は雷を、次には斧を、最後には体をも斬った。
ドサッと上半身が縦半分に斬られたミノタウロスが倒れる。
紳真の勝利だった。勝因は血の流れすぎ。モンスターといえどそれは命取りだ。何より力が十二分に発揮されることはない。
剣を閉まった紳真は美卯と紗優のところに行く。魔力の供給を絶った土の壁はボロボロと崩れ、肩を寄せ合ってしゃがんでいる二人が現れる。
「二人にはまだ早かったかもしれないね」
「そうだね。流石に大きすぎだよ。怖くて怖くてまだ体が震えているよ」
美卯が泣きそうな声で言う。紳真は慰めるように二人の体を抱き寄せた。
「ごめんね。無理させてごめんね」
紳真から母親のような優しさと温かさが伝わってくる。体と心がほぐれていく。緊張が切れて涙が溢れだす。紳真の胸に顔をうずくませる美卯と紗優。紳真は二人の頭を優しく撫でる。
泣き止むまでこの格好は続いた。目を晴らした二人は紳真の腕の中にいるまま上目遣いで感想を口にした。
「一人で倒しちゃうなんて強すぎでしょ」
「紗優の言う通りよ。いくらなんでも強すぎでしょ、傷一つないじゃん」
「なんでちょっと怒ってんの?一年以上いたらこのくらいにはなれるはずだよ」
「一年もかかるのか」
美卯は大げさに落胆する。相変わらずの感情の起伏の激しさに安心する。
「ちょっと疲れている?」
紗優に指摘されて内心びっくりした。顔に出さないようにしていたのにバレるとはよく観察している。
「流石に一人じゃ大変だったよ。まあ、あんだけ大魔法を何度も使ったら疲れるよ」
へへ、と元気なく笑った。どのくらい疲れているかと言うと二人を支えているのが辛いくらいに疲れている。しかし実力の半分も出していないが。
「クリアしたし、門を開こう」
紳真の提案に素直に頷く二人と一緒に門を開く。
そこは全面金ぴかの部屋だった。中心には宝石がちりばめられた白金でできた宝箱がある。その中には踏破した戦利品が入っている。
よいしょ、と紳真が開けると武器や服、装飾品が入っていた。
「これ全部あたしたちのものなの?」
「そうだよ。今回は二人で分けて良いよ」
「え、でも、倒した紳真君だし、私たち何もしてないよ」
「俺には必要ないから」
紳真の持ち物はどれも特上品であり、一層の品では力が半減してしまう。だから二人に譲るのだ。
「言葉に甘えさせてもらうわね」
こういうときに美卯の性格に感謝する。大抵の人は難色を示すところで簡単に了承してくれるところに。
二人はごそごそと中のものを全て外に出し、どれをどっちが持つかを相談する。
「要らないものは売ればいいから欲しいものだけ持っておいて」
待つこと十分。とりあえず使えそうなものは何でも持った。カードはいくらでも入るから。残ったものは紳真が持つことになった。後で売るために。
美卯と紗優はドレスから戦いに適したジャケットと長ズボンに着替えていた。但し、ドレスの方が能力は高い。しかしこの後戦闘はないのでラフな格好が良いのだろう。
三人はこれで今日は終わりだと思っていた。目的の層怪宮を攻略したから。しかし紳真の本当の戦いはこれからだった。今までのは準備体操だったくらいの大きな戦いがこのとき既に始まっていたのだ。
ル クール・オープン ~王たる資格~ 牛板九由 @kuyu0222
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