第8話 第一層怪宮 1
―――日曜日。
今日は紳真の宣言通り層怪宮に挑む。
学校のある日は放課後に、昨日の土曜日は午前中から特訓をした。もう影の世界に二人を入れないようにするのは諦めたかって?それは諦めた。そして今では王にならせてやると決心している。心変わりが早いって。この世界は刺激が強すぎる。魅力がそこら辺に落ちている。だからこの世界に心酔してしまう。それは美卯や紗優だけではない。一年間絶ってきた紳真もこの世界は楽しいと再確認した。
だから紳真は妥協も手抜きもせずに二人に戦い方を教えた。基本魔法はC級魔法も教え、特殊魔法は新たな魔法を取得した。
自分の身を守るということに関しては及第点と言ったところ。攻撃するとなるとお話しにならない。攻撃することに意識しすぎて防御が手薄になる。典型的なもので紳真も通ってきた道だ。だからそれに対して文句を言うことはしない。それでも本番になれば気持ちが先行してどうなるかわからない。だから念には念を入れて釘を刺す。
「攻撃をしてもいいのは最初の数分だけだ。俺が合図したら最悪ずっと防御膜を張っていろ。絶対だからな」
「わかってるわよ。何度も言わなくいいわよ」
美卯がうんざりしたように言った。
この街の住人はすでに層怪宮に挑戦していた。しかし元々人数が少ない上に特別強い人もいないので攻略はできなかったそうだ。
その人たちの情報から今回のボスはミノタウロスらしい。しかしそれはとてつもなく大きく斧を持っているそうだ。
紳真たちは黄金の門の前に立つ。門の前には集会所にいるはず受付嬢がいる。その人は笑みを絶やすことなく紳真たちに話しかけた。
「層怪宮に挑戦するのですか?」
「はい、そうです」
「そうですか。中はとても危険です。無事に戻ってこれるとは限りません。それでも行きますか?」
「もちろんでしょ。私たちが倒してきてあげる」
美卯は胸をポンっと叩く。
「それはなんと力強いお言葉なんでしょう。無事に帰ってこれることを願っています」
いってらっしゃい、と手を振ってくれる受付嬢。
「準備はいいかい?」
「当たり前でしょう」
「大丈夫」
強がる美卯と緊張している紗優。正反対の二人にやはり笑いが込み上げてくる。
受付嬢だけでなく近くにいる住人からも見送られ、扉を開ける。
最初は真っ暗で何も見えない。もうこれはお決まりであり、その後に明かりが灯る。それでここの全容がわかる。鍾乳洞のような造りの洞窟で広さは人間が五万人くらいは入れるであろう大きさ。上はどこまであるか光が届かず見えないくらいに高い。
そして洞窟の真ん中にミノタウロスが胡坐をかいて座っている。
こちらの存在に気付いたように目を開き、立ち上がった。
「でか」
美卯の一声はこれだった。確かに大きいのは認める。美卯と紗優はここまで大きいモンスターを見たのは初めてだろう。高さは目測十mはある。そして以上に存在を放っているのは手に持っている斧だった。長さはミノタウロスの半身ほどで柄は人間より太く、両刃の部分は二m近くある。
「怖い」
紗優は体がブルブルと震えている。美卯は口には出さないがそれでも体は正直だった。紗優と同じように震えている。
紳真は心の中で舌打ちをする。最初の攻撃は二人にさせてあげようと思っていたが無理そうだからだ。
紳真はミノタウロスに近づく。二人が狙われることがないように。
ミノタウロスは紳真に気付き、紳真を見下ろした。ミノタウロスは嘲笑うかのように言葉を発した。
「相手は貴様一人か。随分と嘗められたものだな」
「そうかもな」
先に仕掛けたのは紳真だった。紳真は手を半円に振り、それに呼応するように五つの玉が浮かび上がった。
「五元素の魔弾」
火、水、雷、土、風の魔法玉がミノタウロスめがけて一直線に飛んで行く。五つとも被弾したが傷一つ負わすことはできなかった。
この魔法を選んだのはミノタウロスに弱点があるかどうかを調べるため。結果は火と雷は効果なし、他は普通、特別弱点はない。こういうモンスター相手は紳真にとって相性が悪い。紳真のアルカナは審判。その特殊魔法は空間移動。だから審判は弱いという風潮があるのだ。攻撃用の魔法ではないから。
紳真は心の中で舌打ちをし、ミノタウロスの動きを観察する。ミノタウロスはゆっくりと紳真に向かってきた。それは一歩一歩慎重とも思えるくらいにゆっくりと。
ミノタウロスの間合いに入ったと紳真は身構えていたことが功を奏した。ミノタウロスの巨体からは考えられない速度で斧を振り下ろしてきたのだ。紳真は寸でのところで躱した。
「やっぱ強いな。仕方ない。あれを出すか。―――顕現せよ、罪罰」
紳真の右手に現れたのは変哲もないただの剣。それを正眼に構え、地を力強く蹴った。
魔力の込められた紳真の剣と雷を纏ったミノタウロスの斧が衝突する。鼓膜が破裂しそうな爆発音に似た衝突音が部屋に響く。一拍遅れて衝撃波が美卯と紗優に襲いかかる。二人は宙に飛ばされ、無抵抗のまま壁に叩き付けられた。
「おい、大丈夫か?」
紳真は空間移動をして二人のもとに駆け付ける。二人は打撲で済んでいた。
「防御膜だけでも張っておけと言っただろ」
「わかっているけど」
「荷物を抱えて挑むとは俺も見縊られたもんだな」
ミノタウロスが会話に参加してくる。しかしその口調は憤怒に染まっていた。そして地面にクレーターを作って紳真たち三人に肉薄してきた。電車の最高時速並みの速さで。
紳真は怯える二人の前に立つ。一枚の紙切れを左手に挟んで。
「マギアパピア―――宝玉土の障壁」
紳真の目の前にミノタウロスほどの大きさの土の壁が出現する。その土にはありとあらゆる宝石が混ざっていてとても硬くできている。
そこにミノタウロスの斧が振り下ろし始めたときに発動したため、ミノタウロスは攻撃を止めることができず、その壁に向かって渾身の一撃を放った。
ドーン、と先程とは比べものにはならない衝突音を響かせたが壁が壊れることはなか
った。
「お前たちはここで隠れておけ。これはそう簡単には壊れないから」
紳真はそれだけを言い残して、空間移動でミノタウロスの前に出る。空間移動した場所はミノタウロスの目と鼻の先。自由落下に任して落ちていき、反応できていないミノタウロスの顎に剣で一撃を喰らわす。手応えは予想通り、硬いが刃を通さないということはなかった。
綺麗に着地を決めた紳真は改めてミノタウロスを見る。今まで遭遇したどのミノタウロスより大きく、神々しくもある。何より雷の質が桁外れに違う。こいつなら武器に込められた真の力を引き出せるのだろうと感じる。そしてそれは現実となった。
「ちょこまかと動きやがって。貴様のような奴が一番嫌いだ。だからこの力を使いたくないが、そんな流暢なことを言っている場合ではないのはわかっている。心外ではあるが見せてやろう。解放しろ、ラビリス」
ミノタウロスの斧が尋常ではない雷を発する。雷はある点を超すと火を生み出す。結果斧は雷だけでなく副産物の炎までも纏った。
紳真は盛大に舌打ちをする。紳真の戦い方はミノタウロスが言った通り、動きながら攻撃をする。そして一番苦手なのが力技。紳真は経験上スピード系の戦い方と威力重視の戦い方が一騎打ちをしたら九割方、威力重視が勝つ。その差を埋めるために紳真が考案したのがマギアパピア。紙一枚に対して一つの魔法を封印することができるマギアパピアは魔法の名前を口にするだけで閉じ込めた魔法を解放することができる。このおかげで詠唱も魔法陣も贄も必要となるA級魔法も魔法名だけで発動することが可能となった。
これを上手く使えば紳真一人でミノタウロスも倒すことができる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます