第7話 ボス戦
先程のようなモンスターの大群と遭遇すること三回。ついにボスの部屋に通じる立派な石造りの門にたどり着いた。
「これは見事な門。だいたい三mくらいかな」
「素朴だけどカッコいい。この先にボスがいるんだね」
「ははは。心配はいらないよ。ボスには本気出すし」
「今まで本気出してないの」
美卯が容赦なく蹴りを入れる。
気を取り直して一言。
「心配はいらない。相手が何であれ、俺が勝てないモンスターはいないから。大船に乗った気でいろ。じゃあ、開ける」
紳真は扉を勢いよく開ける。
入口から松明に自然に火がつき、部屋の概要が見えてきた。そこは一面銀世界だった。これには紳真もびっくり。
「なんとゴージャスな部屋」
誰も相槌をしてくれず、二人はどんどん中に入っていく。
「なんか寒い」
紗優は体をぶるぶる震わせる。
「気温自体は下がってない。ただ視覚的に脳が寒い場所と認識してしまって、寒く感じるだけ」
紳真が二人の隣まで歩いて行くと突然、
「ギャー」
と何かの鳴き声が部屋に響き渡る。
「何この声?」
美卯が心配そうな顔をして部屋を見回す。紗優は無意識に体をかがめる。
「今の声は鳥類かな、って言わんこっちゃない」
頭上から異様に嘴の長い鳥がものすごい勢いで三人に向かってくる。
「避けろ」
三人はそれぞれ違う方向に走る。鳥は地面すれすれで滑空すると紗優に向かって突撃する。
「紗優」
美卯はとっさに方向を変え、紗優に向かう。当然だが、追いつく筈がない。そして紗優の運動音痴が炸裂する。体が前にいきすぎて足が追い付かず、足がもつれて倒れる。
紗優の表情に恐怖と絶望が表れる。
「火拳」
鳥は殴られ、一直線に吹き飛ぶ。
「紳真君」
そこには右手が燃えている紳真が立っていた。
紳真は紗優の危機と分かると瞬間移動をするのと同時に右手に魔力を込め、それを火という形にして鳥を殴ったのだ。
「ごめんね。怖かったよね」
紳真が紗優に手を差し出し立たせると、ようやく美卯が紗優のもとにたどり着いた。
「紗優、怪我はない?」
首を縦に振ると美卯は紗優に抱きついた。
「お取り込み中申し訳ないんだけど」
鳥は紳真に殴られた後、すぐに体勢を立て直し、上空に飛んだ。すると口に雷を溜め出した。
「あれを撃ち落とすよ」
二人は紳真の言葉に同意し、鳥の攻撃が発動されると同時に叫ぶ。
「「「ファイヤーボール」」」
三つの火の球と雷の球が衝突する。火花と電が飛び散り、最後には大爆発を起こした。
「雷鳥か」
紳真にとっては取るに足りない相手だ。厄介なところを挙げるなら鋭い嘴だろう。大きさは全長六m程度。
雷鳥はもろともせず、嘴に雷を纏い始めた。
「相手の攻撃は俺が全て引き受ける。だから二人で攻撃をしろ。いいな?」
二人は頷き、それぞれ魔力を込める。
「風の盾」
紳真は両手に魔力を込め、自分より大きい盾を二つ作った。
雷鳥は紳真に狙いを定めて降下する。雷鳥の嘴と紳真の盾が衝突する。その力は拮抗しており、どちらもその場から動かない。その隙を狙って美卯と紗優は魔法を発動する。
「竜巻」
「花粉爆弾」
しかし雷鳥はふらつくことはなく、ダメージがないように見える。二人は焦ったような不安のような表情を浮かべている。
雷鳥は一旦空に飛び、もう一度紳真に突撃する。
紳真は舌打ちをし、雷鳥の攻撃を先程と同じように受け止め、詠唱を始める。
「焦土の地の尽きぬ炎よ 我が身に宿り 薙ぎ払え―――炎帝の息吹」
炎が雷鳥の頭から尻尾までを飲み込む。今度は雷鳥に攻撃が効いたようで、手応えがなくなり、雷鳥は地面をのた打ち回っている。
その隙に二人は何度も魔法を打ち込むがどうも効き目が薄い。やはりまだまだ魔力の使い方がなっていない。ただただ魔力がだだ漏れで込めている=魔法の威力は小さい。ようするに燃費が悪い。だから疲れるのが早くなる。
予想通り二人は十数発魔法を発動しただけで息が上がっている。紳真はそんな二人を横目に雷鳥を見ていた。どうやって倒すか、それを考えていた。二人はもう使い物にならないので紳真一人で倒すしかない。
雷鳥を包んでいた炎は消え、雷鳥は体勢を整えると空高く飛び上がった。怒っているような鳴き声を上げながら。
考えがまとまった紳真は新たな魔法を発動した。
「天の川の静観者よ 琴の音を響かせ 鷲の翼を煌かせ 汝をこの地に結びつかん―――織姫・彦星」
紳真の前に二つの光の柱が出現する。光が収縮すると右側に背中から翼が生えている青い着物を着た少年が左側に琴を手にした赤い着物を着た少女が現れた。
「貴方から呼ばれるのは久しいですね」
目だけをこちらに向けて言うのが彦星。
「長すぎて貴方のことを忘れるところでしたわ」
呆れたように言うのが織姫。
対照的な二人にいつも笑ってしまう。すると二人に睨まれて、それが面白くてまた笑ってしまうのだ。
「戦いの最中なのでしょう?ふざけるのは大概にして気を引き締めますよ」
「なにあんたが仕切っているのよ。あんたは私の言うことだけを聞いていればいいのよ」
織姫の強情ぶりは健在である。というかこんな関係でいいのか彦星。尻に敷かれているなんてもんじゃないぞ。
そう心で突っ込んでおいて、指示出しをする。
「いつも通りお願いしますね。とりあえず眠らせてしまいましょう」
こういうときは聞き分けが良い織姫は紳真の言う通りに琴を弾き始める。
雷鳥の動きが鈍くなり、ふらふらと落ちてくる。そこに彦星は翼を振り、鋭く鋼鉄並みの硬さのある羽を雷鳥に飛ばす。羽が当たったところからは血の飛沫が出る。
「貴方も攻撃しなさいよ」
織姫の檄が飛び、紳真も魔法を発動する。
「風の矢」
人差し指と中指を伸ばしてくっつけ、そこから何本もの矢が雷鳥に向かって飛び出す。
雷鳥は地面に落ちるまでに全身から血が流れ、その目から生気がなくなっている。
しかし雷鳥は体を起こすと腹部が光出し、全身に行き渡る。
まずい、と思った紳真の行動は速かった。
「炎の守護者よ この血を糧に 誇り高き民を 此に呼び覚まさん―――大炎舞」
雷鳥が流した血が炎へと変わっていく。その炎はまるで踊っているかのように雷鳥を燃やしていく。
雷鳥の光がだんだん薄くなっていく。
「勝敗は見えましたね。それでは私たちはお暇しますね」
彦星は紳真に一礼して、現れたときのように光の柱が現れ消えて行った。それに続いて織姫も消えて行った。
紳真も勝ちを確信して美卯と紗優のもとに行く。
「ざっとこんなもんかな」
「勝ったの?」
紗優が心配そうに言った。
「もちろん。と言ってももう少し時間がかかるけどね」
紳真は紗優の頭に手を置いて優しく言った。
「すごい!紳真君は本当に強いね」
美卯が子どものようにはしゃぐ。
一分近く経つと雷鳥の光は完全に消え、崩れるように地面に伏した。
「終わったよ。俺たちの勝ちだ」
紳真は嬉しそうな声で言った。それを聞いた二人は抱きつき合い、騒いでいる。
入り口と反対側に扉が現れた。それが街に戻る出口だ。
三人で扉の前に立つ。どの顔も嬉しそうな表情を浮かべている。何度もこの瞬間を味わってきた紳真でさえも。
扉をゆっくり開ける。まぶしい光に足を踏み入れると街に戻っている。空間移動のときのようなふわふわする感覚がまるでない。それなのに違う場所に出る。こればかりはいつも不思議だ。
扉から出るとそこは入ってきた場所と同じところだった。人通りなどなく誰もこの偉業を称えてくれる人はいない。
突然一層と二層を隔てる壁の方から歓声のようなものが聞こえた。驚きと喜びが混ざったような声だった。
紳真は美卯と紗優の手を取り、空間移動を使う。次の瞬間壁の中でも一際目立つ一層と二層をつなぐ門の前の上空にいた。美卯と紗優は空間移動されるとわかっていたがその場所が空中だとは思わずバタバタと暴れている。
「おい、見てみろよ。黄金の門だ。あれが二層に上がるための層怪宮の入り口だ」
「あれが……。ふ、面白くなってきたわね」
「ピカピカしていて眩しい」
相変わらずバラバラな感想。感性がこんなにも違うのに仲が良いのは稀だろう。
危なげもなく着地した紳真と不安定ながらなんとか着地した美卯と紗優。三人は人が集まりだしている門に向かった。
「それにしても簡単にクリアできたね」
道中美卯が浮かれているような口調で聞いてきた。
「簡単とか言うな。お前たちは何もしてないだろ」
「そうだけど。そうだとしてもこんな簡単に行くわけ?」
「確かに。層怪宮があっさりと出てきたし」
「それは他の人たちが先に攻略してくれていたからだろ。俺みたいな部外者が来るなんて誰も思いもしなかっただろうしな。それに簡単なのは二層までだ。三層に行く前に誰かしら入れないといけなくなるし」
「やっぱり三人だけでは難しいのですね」
紗優が少しがっかりしたように言った。人付き合いが苦手な紗優にとっては見知らぬ人と共に行動するには抵抗があるのだ。
「心配ないと思うぞ。人ってものは勝手に集まってくるものさ。それを俺はこの世界に来て知った。だから必要のない心配はするな。今はこの層怪宮のことを考えろ」
紳真は冷たく言い放った。雑念は戦いでは邪魔でしかない。それは時として死にも直結するからだ。
美卯は紳真の顔を不思議そうに覗き込んだ。何か言うことはなかったがその表情は変わることはなかった。
層怪宮に入るための門は一層にあるどの建物よりも高く、幅も高さと同じように大きく広場になっているその場所を占領していた。それに足して近くにいた人が集まってきていて大所帯となっていた。
「この門を入ればすぐにボスと戦うことになる。さっきみたいに探す手間がなくなるが今までのどのモンスターよりも強い。最低限自分の身は自分で守れるようになってから挑むことにする」
「え。このまま倒しに行かないの?」
美卯は信じられないという顔をする。それは紗優も同じようで困惑した表情をしている。
「相手がどの程度かわからない以上、俺が二人のことを守り切れると断言はできない。それに俺一人が戦っても何の意味もないから」
「意味がないって?」
紗優がすかさず噛みつく。
「俺は第六都市の住人だ。だから俺は最後の試練に参加ができない」
二人は驚愕する。いつまでも紳真がいると思っていたからだ。
それを知って二人の考え方が変わった。
「それなら紳真君の言う通りかもね。私たちも紳真君くらいにはならないといけないし」
美卯は納得したような顔をした。しかしそれは一瞬で怒った表情になった。
「何でそんな大事なことを言わなかったの」
美卯は紳真の尻を思いっきり蹴った。紳真はぴょーんと飛び上がり、尻をおさえながら美卯を睨んだ。しかしそれは一瞬でニヤッと笑った。
「俺くらいになるのは至難だぞ」
紳真は誰にも聞かれないような小声で言った。
「よし、帰るとするか」
「もうそんな時間?」
美卯は嘘だ、と言いながら腕時計を見る。時計は五時半を指していた。
「こんな時間になっているなんて、早く帰らなきゃ」
美卯は早口に言う。それだけ焦っているのだろう。
「前もそうだけど、どうして時間がわかるの?時計も付けていないし、携帯を見ているところも見ないし」
紗優の観察眼は鋭い。さすがというべきだろう。美卯という暴走体質の人の幼なじみのことだけはある。
「体内時計で大体わかるんだよね。二人もその内できるようになると思うよ」
「本当にそんなことできる人がいるんだ。それって元の世界でも使えるの?」
紗優は紳真の答えを予想していたが実際はありえないと思っていたので驚いた。そしてさらに言及した。
「使えるよ。同じ速度で時間が進んでいるからね。だから俺には時計は要らない」
二人は目をキラキラさせる。どちらの世界でも役に立つ能力は魅力的だろう。
天帰門に着くと二人は名残惜しそうに外を見ている。層怪宮に挑みたかったのだろう。
「次の日曜日に挑戦しようか」
「本当に?そんな早くにできるの?」
「ま、二人次第だけどね。それまでは特訓の日々だよ」
「「うん」」
二人は嬉しそうに頷く。
そして門をくぐった。
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