第5話 学校生活
次の日から普通の授業が始まった。六時間あったが疲れることはなかった。
放課後になるとストリートダンス部の活動場所である体育館に行った。
道に迷ったか、と聞かれるとNOだ。なぜなら美卯と紗優がついてきたからだ。
昼休み。変わらず一人でご飯を食べていると美卯と紗優が紳真のところにきた。
「今日もあっち行こうよ」
美卯は隠してはいるが声が大きい。一斉に教室にいたクラスメイトがこちらを向いた。良かったことにそれは数秒で終わったことだ。
「行かない。今日は部活に行く」
「どこに行くのですか?」
「ストリートダンス部。橋田さんには言ってあったはず」
「うん、確かに言ってたね。なるほど、なら私たちも行く」
美卯の発言に紗優は呆れたような顔をした。紗優は運動が得意ではないのだ。だが一人になるよりは、たかが仮入部なのだからついていく方が退屈しないだろうという結論に行き着いた紗優もついていくことにした。
現在に至り、美卯と紗優を横目に体育館への道を歩いていた。
体育館は一つの大アリーナと二つのアリーナ、剣道場、柔道場、室内プールが併設している。
ストリートダンス部は第二アリーナで活動している。
第二アリーナに着くと多くの一年生が集まっていた。吹奏楽部や野球部のようなどの学校も何十人もの新入生が入部するような部よりも今いる新入生は多いのではないか。そんな気がする程そこには新入生がいた。
「美卯、ここに何人いるかわかる?」
「先輩も数に入るけど六十人はいる。それにまだまだ人は来るだろうから正確な数はわからないよ」
美卯の能力は便利だと思うと同時にその危険性をもわかってしまった。だから雪は美卯を心配しているのだ。
人間はある一定量以上の情報を一瞬で計算するとオーバーヒートを起こす。普通ならそんなもの経験することなく一生を終える。だが美卯は普通ではない。推測ではあるがある一定以上の人が周りにいるとオーバーヒートを起こすのであろう。
紳真はある決心をした。美卯の能力は特別で珍しく便利である。その能力を自分の意識で使えるようにしてやることだ。
そんなことを考えていると急に音楽が流れ出し、先輩が出てきて踊りだした。
かっこよさや可愛さは伝わってくるが、やはり力強さや派手さには欠ける。
一曲で終わり、部長が前に出る。
「本日は我がストリートダンス部に来ていただきありがとうございます」
「「「ありがとうございます」」」
部員全員で一礼する。
「年々部員数は増え、現在三年生二十一人、二年生二十五人で活動しています。えっと、じゃあ、今まででダンスやったことある人挙手」
ちらほらと手が挙がる。もちろん、紳真と美卯と紗優は手を挙げない。
「なるほど。今手を挙げられなくても構わない。僕だって高校に入ってからダンス始めたからね。部員のほとんどが未経験でみんなで試行錯誤してダンスをやってきました。だから未経験者だって大丈夫。先輩が優しく教えてくれるはずだから。えっと、何か質問あるかな?質問ある人」
中学時代こんな時に必ず手を挙げる奴がいた。凰汰だ。あいつがいなければ静かな中学生活を送れたはずだと回想にふけった。
さすがに四十人近くいる中に一人はいるだろう、凰汰のような人は。
ほら、みたことか。やっぱりいた。
「バック転とかしないのですか?」
それは紳真も聞きたい質問だった。
「それがね、誰もできないんだよね。そうだ、一年生の中にできるよって人いるかな?」
美卯と紗優が同時に紳真を見る。
「やらないから。目立ちたくないし」
全力で拒否したつもりだが紳真が美卯の強情に勝てるはずがない。
真ん中にいたのが美卯と紗優にグイグイ押され最前列まで行かされ、ダメ押しにおもいっきり蹴られた。
紳真は一年生の輪から離れてしまい、先輩からも一年生からも視線を感じる。
「君、できるのかい」
部長の目が期待に目を輝かせている。
はぁー、と溜め息を吐く。中一のときに凰汰に言われた言葉を思い出した。
『やることになったら全力でやれ。紳真にできないことはない』
なんの確信があって言ったのかはわからないが、この言葉は強く心に残っていた。
紳真は覚悟を決め、壁に向かって歩いていった。
いきます、と手を挙げ、走る。ロンダートを一回、バック転三回、二回転二回捻りを決めた。
体操選手並の大技。紳真なりの全力でやりきった。
割れるような拍手。あちこちから響く指笛。先輩から肩を組まれる。
「大成功だね」
美卯と紗優が近くに寄ってきて言った。
二年ぶりの盛大な歓喜。現実ではありえないと思っていたことが起こっていた。この熱は部活が終わるまで続いた。
その後はグループに分かれ、先輩から教えてもらいながらダンスをした。
紳真は部長にアクロバティック担当に指名され、先輩からのこれやって、あれやってとの注文をこなしながら、人気を博していった。
美卯と紗優も紳真と同じ輪に入り、虎の意を借る狐の如く先輩との仲を深めていった。
五時になり、部活が終わると昨日と同じように生徒会室に行った。
美卯は雪に部活での紳真のことを話し、生徒会の人と盛り上がっていた。
紳真はソファーの端に座り落ち込んでいた。いくらテンションが上がっていたとはいえ、いくらなんでもやり過ぎた。一体今日何十回回転しただろうか。影の中より回っていたはずだ。
自覚はしている。何かに集中すると周りが見えなくなる。だから迷子になるのだ。好奇心が湧くモノに集中しすぎて迷子になるのを止めることはできない。
紗優はそんな紳真の隣に座り、慰めていた。
「確かに回りすぎてたね。目回ったりしないの?」
心配してくれるのは嬉しいが心配する箇所が違う。そんな紗優の言葉に自然と笑みが零れる。
「目は回らないさ。ああ、明日から学校行きたくねぇ。絶対先輩たちに会ったら声をかけられるわ。もう、最悪」
「なんくるないさ〜?」
「なんくる、あるわ」
独特な会話テンポに翻弄され、自分を見失う。
泣きたくなってくる。どうでもいいことを心配され、本当に困っていることに解決策はない。
紗優はこのとき既に紳真の本当の人物像を見抜いていた。紗優もまた普通ではなかった。
真実を見抜く目。相手がどうしたいかどうしてほしいかをわかっているからこそ、話をそらすことができる。
紗優もまた悩みを抱える者であった。この力を自分のしたいように、悪いことに使ってきた。いつか誰かのために使う日が来るように彼女は願っているがまだ遠い話だ。
次の日。案の定ともいうべきか、正門を通るなり声をかけられる。見覚えのある人もいれば全く覚えのない人からもかけられる。紳真は顔を覚えるのは得意な方なので見覚えのない人は本当に知らない人だろう。
紳真は現代の怖さを実感した一日となった。昨日のことは学校全体に知られるだろうとは思っていた。しかし一日もしないで、それこそ一夜にして広まるとは思ってはいなかった。SNSの効果は恐怖である。
教室に入るなりこの二日間とは違って、すぐにクラスメイトが集まってきた。
みんな口を揃えて言うのは『トリッター見たよ』だった。中には生で見た人もいた。
紳真は冷静であろうとした。
「みんなちょっと落ち着いて。また今度、というかその内見せるから今日は勘弁してください」
渋々ではあっただろうがとりあえず取り囲んでいた輪はなくなった。
それでも席に着くと周りには女子が数人集まっていろいろ聞いてくる。彼女はいるか、とか好きなものは何か、とか。
彼女はいない。そもそもモテ期とやらがない。中学時代は凰汰と月史の金魚のフンと言われるほどだった。
「あれれ、女の子に囲まれて鼻の下伸びてる人がいる」
紳真を茶化してくる人は一人しかいない。
「教室間違えていませんか、橋田さん?」
「あ、昨日下の名前で呼んでって言ったじゃん。そんな他人行儀なのはあたし悲しいよ」
美卯は大袈裟な嘘泣きをする。そんなことでどうこうするようなことはない。
いちおう紳真なりに受け入れてはいる。そうでなければあんな言い方はしない。でも今まで女子の名前を下の名前で呼んだことはないから心の準備ができていない。断りを入れるとすると影の世界の人達は下の名前で呼んでいる。ニックネームなんかも付けてたりする。
紳真がチキンを演じていることがわかった紗優は小さく笑い、
「今日は許してあげましょう」
と言って美卯を引っ張って自分のクラスに行った。
「今の子たち部活のときも一緒にいたよね?」
この中にも仮入部した人がいたようだ。
「うん。仲良くしてもらってる」
そうなんだ、と女子の顔が険しくなる。ついでに男子からは殺意の込められた視線を浴びる。
そこで鐘が鳴り、一時間目の授業が始まった。
休み時間の度に話を振られ、当り障りない返事をして乗り越えていたが、昼休みは他の休み時間より大幅に時間がある。紳真の周りには弁当を持った集団に囲まれる。これで完全に紳真の静かな高校生活は二日で終わりを迎えたのである。
放課後。紳真はクラスの誰よりも先に動いた。
昼休みに美卯からメールがあった。
『今日こそあっちの世界に行きたい。なので放課後、前と同じ校舎裏に来てね』
という一方的なものだった。
よって紳真の行き先は校舎裏。道に迷うことなくたどり着いたが二人の姿はまだなかった。
紳真はまだ二人があっちの世界に慣れ親しむのを快くは思っていない。だが特異な能力を使いこなせるようになるにはあの世界の方が手っ取り早い。影の世界は能力を使いこなすためにできたもの。
数分もすると二人は現れ、早速行くことになる。
三人で影の前に並び、紳真は二人の手を掴んだ。
「俺が開けと言ったら続けて言って」
二人が頷くのを確認すると
「記録を読み込む。最終地点へ、開け」
「「開け」」
三人足を揃えて影に踏み込む。地面の感触はなく、なされるがままに落ちていった。
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