第4話 長い一日の終わり

「お腹すいただろ?」

「うん、ペコペコだよ」

紗優も頷く。

訓練所を出る前に受付の人に酒場の場所を聞いて、その場所に向かう。

酒場だろうと鍛冶屋だろうと家だろうと基本レンガ造りなのは変わらない。だから一目でその建物が何なのかわからない。

そして美卯と紗優は紳真に疑いの目を向ける。本当に食事ができるのか、なにより美味しいのか、と不安を口にする。

大丈夫だ、と言って扉を開ける。

席の半分は空いていて、端っこの席に座った。

ウエイトがメニューを聞きに来たが、何が美味しいのかわからないので、オススメを三つ、と言っておいた。

今いる客は常連らしく、わざわざ端っこの席にしたというのに、話しかけるために近づいてきた。

「あんたら見ない顔だね。初心者かい?」

「こっちの二人はそうです。僕は第六都市の住人です」

紳真は美卯と紗優を指して簡単に自己紹介をする。

「第六都市だと。あのガキが治めている都市か」

この人は紳真の都市をあまり良いイメージを持っていないらしい。

「おじさん、聞きたいことあるんだけど」

「俺はおじさんじゃねぇ。お兄さんと呼べ」

見た目三十代後半。おじさんと呼ばれたくない年頃なのだろう。

怒らせるのは面倒そうだから言う通りに従う。

「お兄さん、僕一年近くここに来てなくて情勢がわからないのです。教えてもらえませんか?」

「情勢か?そうだな。とりあえず国王は七人のままだ。第八と第九都市は第三層までは行っているらしい。今一番の大事は第三都市と第四都市の間に戦争が起ころうとしている。この第十都市に戦争に巻き込まれたくない人が集まってきている。第三と第四には近付かない方が良いぞ」

「なぜ戦争にまで発展した?何があった?」

紳真は口調と形相を変えて問う。

「俺は前まで第三都市にいたからだいたい知っている。第三の国王が第四の国王を嫌っているのは有名だよな。半年前に第四が【迷宮】を見つけたんだ。それを第三が横取りしたんだ」

美卯と紗優は首を傾げる。【迷宮】が何かわからないのだ。

「【迷宮】とは都市から離れた場所にあるモンスターの巣窟みたいなもの。最後にいるボスを倒すと何かしらの恩恵を手に入る。探そうと思ってもそう簡単には見つからない。だから珍しいもので、見つけた人、見つけた都市の所有物となる。でも奪ってはいけないなんていう掟もない。でもそんなことしたら戦争に発展するのは必然だけど」

なるほど、と二人は頷いた。

「それは怒るよ」

美卯は怒っているというジェスチャーをする。

「それからは二つの都市でそれぞれ攻略ということになった。二ヶ月前、同時にボス部屋にたどり着いたそうだ。しかしボス部屋の扉が開くことはなかったと聞く」

「文献通りだね」

「文献?」

聞いたこともない、という顔をしている。

「文献知らないとは相変わらずの頭の硬さだな。お兄さん、下っ端だったんだね。この場所は何世紀も前からある。今まであった出来事をまとめてある書物さ。そこには『ボスは全知全能のである』と書かれている。だから友好同士の国なら入れるが、敵対している国が複数いるときは入れない」

「友好とか敵対とかはどうやって把握してるの?」

「二人にはあんまり深く関わってほしくないんだけど。『御旗を交える』という言い方をする。友好の同盟を結ぶと城のてっぺんにある自国の旗の隣に同盟になった国の旗が置かれる。それをボスは知ってる。全知だからね」

「なるほどな。文献とやらは凄いものだな。一度読んでみたい。なら、お前は地位の高い者だったのだな」

「そこそこですよ。それに第六は誰でも見れるようになっている。第三のように上の階級の人しか見れない仕組みにはなってない」

「都市ごとに制度とか違うんだ」

紗優が驚いたように言う。

この世界はゲームのようで現実、現実のようでゲームなのだ。簡単に言えば何でも有りな世界なのだ。

「お待たせしました。狂兎と噛犬のシチューです」

モクモクと湯気が立ち上り、ホワイトシチューをベースとした兎と犬の肉と野菜の入った、とても美味しそうな料理だ。

美卯と紗優はいただきます、と言って食べ始める。料理の名前を聞いても動じないのはただただお腹が減っていて聞いていなかったのか、それとも何でも食べれる強者なのか、あるいはもうこの世界のことになれてしまったのか。しょうがないと諦めるべきなのだろうか。そんなことを考えながらシチューを食べていた。

食べ終わるとお兄さんに【天帰門】がどこにあるか尋ねた。

案の定、美卯が食いついてくる。

「天帰門っていうのは字の如く天に帰れる門。元の世界に戻れる装置だよ。それがあるからこっちからあっちに戻れる」

「帰る方法が簡単でよかったです」

紗優は安心したように顔がほころびた。

「それなら三つ隣の建物にあるぞ。帰るのか?」

「はい。二人は初めてですので。それにそこそこいい時間ですから」

美卯と紗優は時間と聞いて首を傾げている。

はぁ、と大きな溜め息をつき、スマホを取り出すように促す。

二人はスマホを取り出して時間を確認する。

「え、もうこんな時間!早く帰らないとお姉ちゃんに怒られる」

現在の時刻は五時になる数分前。一時間近くここにいることになる。

「時間的概念は向こうと同じ。こっちの世界も元の世界と同じ時間を進んでいる。じゃあ、帰ろうか」

紳真が会計を済まし、店を出る。そしてお兄さんの言った通り、三つ隣の建物に天帰門があった。

高さ五m幅七mの大きな鉄製の門。その隣にいるお姉さんが笑顔で手を振る。

「またの御来訪をお待ちしています」

という別れの挨拶がされ、三人は門をくぐった。




三人は元いた場所、校舎裏に突如として現れた。

門をくぐるとき服装は紳真は全身黒、美卯と紗優はドレスだったが今では制服に戻っていた。

ちょうどその時、五時を告げる鐘が鳴った。この学校では五時になると部活動のない生徒は下校しなくてはならないという規則がある。ましてや今は年度初め。借入部期間は一年生は五時に帰るという規則もある。

よって三人も帰らなくてはいけないのだ。

荷物が教室にあるため取りに行かなくてはならない。

なので走る。先生に怒られるということはないが雪が美卯を待っているとのことだった。

「徳松君、空間移動できないの?」

たとえわかっていても一縷の望みを手にしたいのが人間というもの。美卯の皮肉の篭った問いは当然といえば当然だ。

「無理だ。魔力の存在しないここではできない」

一年生の教室は校舎の最上階である五階。エレベーターはあるが生徒が使えるわけがない。階段を一段飛ばしで駆ける。

教室に着くともう誰もいなく、紳真の荷物しかない。荷物を取り、二人と合流して、正門に向かうと思いきや部室棟に向かっている。

美卯が勢いよく生徒会室の扉を開ける。美卯、紗優、紳真の順番に生徒会室に入った。

雪は息切れしている三人を見て、首を傾げている。

「そんなに急いでどうした?」

「もう帰る時間過ぎてたから」

「あ、もうそんな時間か。では帰ろうか」

美卯は安堵の表情を浮かべ、紗優泣きそうな顔から笑顔に変わっていた。

生徒会室には生徒会の会員であろう生徒が二人いた。雪が帰ると言うとその二人も荷物をまとめ、一緒に下校した。

道中、美卯と先輩三人が前を歩き、紳真と紗優がその後ろを離れて歩いていた。

紳真は先ほどのことについて聞いた。

「さっき会長が帰ると言う前、怖がっていたというかびくびくしてたよね?」

「はい。時間には厳しい人なので怒られると思っていたからです。今まで遊んでいて帰りが遅くなるとこっぴどく怒られていたと美卯に何度も聞いていたので私までびくびくしてました。正直ホッとしてます」

紗優は紳真と似て、誰かに流されるタイプなので同感する箇所が多い。

これから三年間こんなのが続くのかと思うと溜め息を隠せない。

「そうです、徳松君。えーと、ありがとうございました」

紗優は突然頭を下げた。

「影の中に来てくれて。私たちを見捨てなかったことに。徳松君がいなかったら私たち今頃記憶喪失になってました」

「当たり前のことをしたまでだよ。あの世界で学んだことの一つに『強者は弱者を守る義務がある』。不平等は嫌いだけどこればっかりは見に染みたよ。ギルドの中で上の方にいたからさ」

「徳松君は優しい人です。美卯ともどもこれからよろしくお願いします」

美しい頭の下げ方だった。紳真とは違い心の篭ったお辞儀だった。

そして何よりも美しいと感じたのは頭を上げた後の笑顔だった。美卯の子どものような弾ける笑顔ではなく、大人の魅力が少し含んだ微笑みに近い笑顔だった。

昔から大人びていると言われた紳真には今まで一番の魅力的な笑顔だった。

紳真は返事を濁した。まるで自分ではないようだ。紗優を見るのも紗優から見られるのも恥ずかしいという幼い感情が湧いてきた。

紳真は影の世界で生まれた欲、独占欲にかられる。こんな美しいものは手元に置いておきたい、自分が守らないといけないという欲や義務感が生まれる。

「もちろんだよ。これからよろしく」

紳真は満面の笑みを浮かべ、手を差し出す。このときの紳真にはまた三年間大人しく過ごすことができなくなるということは頭の片隅にもなかった。




夜九時。

風呂から上がり自分の部屋に戻るとメールが届いていた。

『差出人:雨宮月史

あっちの世界に来ていたな。まさか帰ってくるとは思わなかった。帰ってくる気はないと言っていたくせに。怒っているわけではない。ただ、帰ってきたのなら第六に戻ってこい。皆、紳真が帰ってきたのを知って暴れ狂っていたぞ。それと約一年ぶりの戦場はどうだった?心踊ったか?』

メールはこれで終わっていた。約一年間どんなことがあったとか誰かが何かしたとかは書かれていない。紳真しか焦点を合わせていない、紳真しか考えていないようなメールだった。

雨宮月史とは小学校からの付き合いで、中学時代堀田凰汰を含めた三人で影の中に入った親友である。頭が良く紳真より偏差値の高い学校に入っていた。

月史からのメールは久しぶりだった。最後に送ったメールを探すと、年明けに送ったあけおめメールだった。

返信をどうするか、と考える。今日あった話をするか、それとももう関わるなと突き放すか。

結果は当然だが本当の話をすることにした。

メールを送るとすぐに返信がきた。

『なるほどな。また凰汰みたいなのと仲良くなったのか。ご愁傷様』

と小馬鹿にしたスタンプ付きで送られてきた。

ピロン、とまたメールが届いた。月史だった。

『戻ってくる気はないのか?』

悩むまでもない。今は美卯と紗優の面倒を見なくてはならないから。

「悪いが無理だ」

と送った。月史からは

『わかった』

と送られてきた。

紳真はベッドにダイブして寝た。

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