第2話 初めての異世界
次の日。
一から三時間目にはテストを行い、四時間目はホームルームで昼休みの後、部活動紹介が行われる。
昼休み、教室で昼ご飯を食べていた。
一人寂しく食べているととある二人が机の前に来た。顔を上げて誰だ、と確認してみると一人は美卯でもう一人は分からなかった。
「やっほー。こちら徳松君。で、こっちがあたしの幼なじみの二葉紗優」
紗優はおどおどしながら頭を下げた。紳真は状況が読めず、頭を下げていたのでとりあえず頭を下げた。
「で、どちらさん?」
「だから、あたしの幼なじみ。一緒に部活をやってもらうことになったの。だから紹介した」
だから、と言われても何の話もなかったよね。そう言いたい言葉を飲み込み、笑顔を浮かべる。
「ごめんなさい。みーちゃんは気持ちが先行して説明をしない人なんです。私もよくわからないんだけど部活を一緒にやって欲しいんだと思う」
幼なじみは伊達ではなくよく理解している。といってもずいぶんと振り回されてきたようだ。
心優しいお方なのだろうが憐れみを感じる。同情はしないが。
「部活って確か、都市伝説研究部ですよね?そもそも存在するのですか?」
「まだない。あたしが作るつもり」
さすがあの生徒会長の妹だ。承諾されるかわからないのに自信に満ち溢れている。
「なんでまた都市伝説研究部なんて部活を作ろうとお思いになられたのですか?」
至極当然の質問だろう。いまどき都市伝説なんて時代遅れだろう。
なぜ敬語を使っているか、と思うか?それは大物の匂いがプンプンするからだ。
「徳松君はこんな噂聞いたことある?日なたから日陰に踏み込む瞬間、『オープン』と言うと影の中に吸い込まれるっていう話」
紳真の顔が凍りつく。どこでその話を聞いたのだ、と迫りたい気持ちを抑える。全身から変な汗がだらだらと流れる。誰にも知られたくない紳真の過去が露呈してしまう。
紳真はなんとか冷静を保って美卯に投げかける。
「どこでその噂を聞いたんだ?」
タメ口になっている。ようするに冷静ではないのだ。
「うーん。どこから説明したらいいかな?」
紗優は真剣に悩んでいる美卯を見て驚いた表情をしている。そんなに珍しいものだろうか。
よし、と算段がついたようで今まで見てきた美卯とは思えない、真剣な表情で話し出した。
「二、三年前に記憶消失に似た症状の人が何百人もいる、というニュースを見たのがきっかけ。それがあたしには興味をそそられるものでお父さんに聞いたらわからないと返ってきた。あたしは今まで父には知らないものはないと思ってた。それくらい父を慕ってた。でも父がわからないと答えた瞬間、父が知らないことをあたしが知ってたら凄いと思ったの。それでいろんなとこ、病院とか警察にも訪ねた。そこである警察官から聞いたの。噂のことを」
「その警察官の名前は覚えてる?」
たまらず尋ねた。ある男が頭をよぎったからだ。
「確かね、不宮曹介」
盛大に舌打ちをする。約一年ぶりの感覚。自分の知らないところで自分の周りに変化が起こる。気分の良いものではない。
思った通りの名前が挙がり、頭が痛くなる。
「やっぱりか。お前ら、試してみようとか思っていないよな」
「今日やってみようと思う。せっかく快晴なんだから」
やめとけ、とは言えない。曹介の名前が出てきて、逆に冷静になることができたからだ。
紳真は溜め息をついて勝手にしろ、と突き放した。誰もが影の中に入れるとは限らない。
そこでチャイムが鳴り、二人は教室から出て行った。
五時間目は体育館に移動して部活動紹介が行われた。どれも華やかさには欠ける部分もあったが時間の関係上仕方ないことだろう。多くの新入生は入りたい部活動を入学する前から決めていただろうからそれを今見た程度で変わる人はそういないだろう。紳真もストリートダンス部を見て、アクロバットはなかったがそれで他の部活に入ろうとなるわけがない。
部活動紹介が終わった後は教室に戻り、先生から短い話があって、放課後になった。
教室を出ると予想通り美卯と紗優がいた。
一緒に校舎から出て、人目に付かない校舎裏に行く。
美卯に引っ張られ、影の前に立たされる紗優。美卯に呼ばれるが紳真は離れた場所に立って無視し続ける。
美卯は紳真のことは諦め、紗優と並んで影を見つめた。
二人で大きく深呼吸をする。二人とも緊張して顔が強張る。
「行くよ」
紗優は頷き、美卯の手をとる。
「「オープン」」
同時に言い、同時に足を影に踏み込む。地面に着くはずがそんな感触はなく、影に飲み込まれた。それからは慣性の法則に従って影の中に落ちていく。
キャー、と短い悲鳴を残して消えた二人を見守った紳真は焦って走り出す。
何も起こらなかったね、で終わりたかったが、都合よくはいかなった。
後一歩で影というところで合言葉を口にする。
「オープン」
紳真は勢いを殺すことなく落下した。
ドシン、とお尻で着地する美卯と紗優。目を開けてみるとそこは広大な平地だった。
これが影の中の世界。本当に存在したのである。
横に紳真が落ちてきた。しかし二人とは違い、足でしっかりと着地していた。
「ったく、ふざけるのも大概にしてくれ。この世界は凄く危険な場所なんだ」
紳真は二人を叱る。
それ以上は何も言わず、辺りを見回す。どっからどうみても危険地帯だった。視界を遮るものは何もなく、空中にはモンスターが飛び回っている。
三人に気付いた一匹のモンスターが高速で向かってくる。
「ファイヤーボール」
掲げた右手から半径五十㎝の火の玉が放出する。向かってきたモンスターに直撃して地面に落下、動かなくなる。
「これって、まさか……ワイバーン」
美卯がびっくりしたような嬉しいような声をあげる。
「そう、この世界にはモンスターが棲んでいる。俺たちはそれを倒してお金を得ている」
「なんかゲームみたい」
「ゲームと一緒にするな」
説明したいがそんな悠長なことを言っていられない。さっきの攻撃で他のモンスターが集まってきている。
「説明は後だ」
紳真は二人の腕を掴んで、遠く先の地面を見つめる。
フワッ、とという表現が最適だろうか。体が浮くような感覚が起こり、数km移動する。
それを繰り返すこと十回。とある街の外壁の目の前に立っていた。
美卯は何がおこったか思考が追いつかず、ピクリとも動かない。紗優は目を回している。
二人が正常になるまで待って、街の中に入る。
街の中は基本的に安全地帯なのでモンスターに襲われることはない。
二人は紳真に期待を込めた眼差しを送ってくる。腹を括って説明するしかないようだ。
「順々に説明するから静かに聞いてて。まず、この世界は影の世界【シャドー・ワールド】って呼ばれている。まあ、そのまんまだな。で、この世界には二十二の都市がある。それを国と呼んでいる。この場所がその内の一つだ。基本的には安全地帯だからモンスターに襲われることはない。都市は六つの層になっている。こっから見て分かるだろ」
紳真の指差す方向には第六層である神殿がある。
「俺たちはあそこに到達するのが第一の目的だ。あそこに到達するには層一つ一つにいるフロアボスを倒して上の層に上がる。これを五回繰り返して辿り着ける。次にさっき見せたが、この世界には魔法が存在する。こっちの世界にくると魔力を使えるようになる」
人間には魔力が存在する、暗にそれを断言している。人間だけではなく生きている全ての生物に存在している。
「魔法は基本五大魔法と二十二種類の特殊魔法がある。五大魔法は火・水・風・雷・土。これらは誰でも使える。特殊魔法は反対に二十二種類の内一つしか使えない。それを判定するのがアルカナだ。アルカナはタロットカードのことでその人の心がカードを決定する。俺は二十番【審判】のアルカナだ」
紳真は右手の手の平を上に向け、
「アルカナ表示」
そう口にすると紳真の手の上にカードが現れる。それにはタロットの審判の絵柄が描かれている。
二人も試しにやってみると美卯は【塔】、紗優は【女帝】だった。
「【審判】の魔法は空間移動。【塔】の魔法は嵐。【女帝】の魔法は植物。こんな風に特殊な魔法を使える」
「じゃあ、さっきのは空間移動してたんだ。空間移動ってこんな感じがするんだね」
美卯は状況が飲み込めたらしくウキウキしている。この世界はそんなに甘くはないんだけど。
「どのアルカナが強いとかはないが【審判】は弱いと見なされている。その点二人のは弱いなんて思われてないから。そうそう、魔法の武器や服もあるんだ」
紳真はカードを二回弾くと一瞬にして制服から黒いTシャツに黒いパーカー、黒いカーゴパンツという黒一色の服装に変わった。
「ゲームみたいでしょ。現実的なものがまるでないんだよね」
紳真はカードを振り出した。そこから服が落ちていく。どれも女性用だ。
その服を一式ずつまとめ、二つの山を作る。
「なんかフリフリでごめんね。俺の知り合いのコーディネーターの趣味が曲がっててね。二人で話し合ってどっち着るか決めてね」
二人で服の品定めをする。二つともどこかの国の王女のような服装である。
着るのを躊躇うが、これを着ないとここに二度と入るな、と鬼の形相で言い、無理にでも着せる。
じゃんけんでどっちを着るか決めた。
服にカードをあてるとカードの中に吸い込まれた。この機能によって手荷物がなくて済む。
紳真のようにカードを二回弾き、着替えをする。美卯はピンクをベースにしたドレス、紗優は黄色をベースにしたドレスになった。
「人間味ある話すると、二十二の魔法の中に治癒がある。ダメージを受けると治癒魔法を持った人か病院に行って治してもらうしかない。そして、死んだらここのことを忘れる。この世界のこと、ここにいた記憶を忘れることになる。数年前ニュースになっていた記憶喪失の疑いがある人が数千人もいる、ってやつあっただろ。美卯が昼休みに言っていたことだ」
うんうん、と頷く二人。
「その原因がこれだ。ここで死んだら記憶喪失なるから気をつけろよ」
二人の顔は青ざめている。
そんな二人を察した紳真は笑顔を向ける。
「そんな心配することはないよ。モンスターと戦うときはパーティなりギルドなりを組んで複数人でする。それに俺がいればある程度はなんとかなる」
二人の血色は元に戻り、魔法使ってみたい、と言い出した。
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