ル クール・オープン ~王たる資格~
牛板九由
第1話 プロローグ
緑に生い茂る木々。ピンクの花をつけた桜。新入生を歓迎するようにカラフルな花々が校門を彩っている。
着慣れない制服に身を包む新入生の心境は人それぞれだろう。
私立心音高等学校は進学校でお金持ちが多いので有名だ。
そこに入学する平々凡々な徳松紳真は学校に着いたはいいものの、学校の敷地が大きいのと極度の方向音痴が足されて道に迷っていた。
校舎は校門から一本道を真っすぐいってつきあたりを右に曲がるとある。
そんな単純な道すら迷うのかと思うだろう。だがこの男はただの方向音痴ではない。気になったことを解決しないとイライラが溜まるという非常に面倒くさい性格の持ち主なのだ。これが中学時代にとある事件に巻き込まれる要因になったのだが。
それは置いといて、何故こういう状況になったかと言うと、一本道の周りには木々が生い茂っている。そこに猫がいるのを発見し、そのあとを追ったのだ。そしたら案の定というべきか道に迷っていた。
猫の姿を見失い、我に返るともう木々の中にいた。
ここは何処だ、と思い歩き回ると開けた場所にたどり着いた。そこには小さな礼拝堂のような建物があった。
窓は割れ、観音開きの扉の片方は無くなり、壁には蔓が張り、草が生えている。何年も放置されているのが分かる。
先程見つけた三毛猫が礼拝堂の中に入って行くのを見て、紳真も同じように礼拝堂の中に入ろう駆けて行った。
入った瞬間、目に入ったのは人の影であった。影の本体を見た瞬間に背後の扉に隠れた。その人達はどうみても不良やヤンキーといった恐い人達だった。
そのまま逃げようかと思って後ろを向いた瞬間、
「そこに隠れている奴、出てこい」
イライラがこもった怒鳴り声が聞こえた。
従った方が懸命と判断し、扉の前に立った。
改めて見るとそこには六人いて、紳真と同じ制服を着ている。一学年三百人以上いるなら何人か不良がいるのは当たり前だ。
「お前、一年か?」
先程と同じ声の人が言った。しかし暗いので誰が発したかは分からない。
「そうです」
「どうして此処に来た?」
今度は違う人が言う。
「あの……非常に申し上げにくいのですが……」
「さっさと言え」
先程よりきつい口調で怒鳴られた。
決心してありのままのことを言った。
「迷子になりました」
怒鳴られることはなく、静まりかえった。顔はよく見えないがおそらくびっくりしているのだろう。
それは一瞬ですぐに笑い出す。
「お前、あほか。どうやったら迷子になる。校舎は五階建てなんだから見えるだろ。こっからでも見える」
おっしゃる通りです。当たり前過ぎて頭が上がりません。
笑いが一段落すると紳真の身の上の話になった。
「お前、名前なんていうんだ?」
「徳松紳真って言います」
「紳真か。頼みがあってさ、俺達が此処にいたこと先公達に言わないでもらえるか」
頼みということで少し身構えたが、案外簡単なことだった。
「もちろんですよ。先輩方の名前も分からないのですから」
爽やかに言った。それが裏目になった。軽いと思われてしまったのだ。
「こいつ、先公共に言いそうな気がする」
ドスの効いた声で断言する。
「そんなことないですよ」
必死に否定するが聞く耳をもたない。
全員が紳真に歩み寄ってくる。紳真はゆっくり後ろに下がり、建物の外に出る。
先輩達もついてきて、外に出る。顔がはっきりと分かるようになった。見た目からして恐い。髪はいかつく、ピアスをして、ワイシャツの第二ボタンを開け、そこからネックレスが覗いている。
「逃がさねぇぞ」
一人が飛びかかってくる。その人の攻撃をかわすとまた一人、また一人殴りかかってくる。
数分後。立っていたのは紳真一人だった。先輩達は地面に這いつくばっていた。
「先輩方。疲れるの早すぎませんか?こんなの吸っているから体力落ちるんですよ」
紳真の手からタバコの箱が落ちる。先輩全員の顔が驚愕に満ちる。
紳真は先輩を殴ったり蹴ったりしたわけではない。強いて言えば、かわすこととタバコを奪うことしかしていない。
それだけで先輩達は地を這うことになったのだ。もし紳真が手を出していたら、先輩達は逃げていただろう。それでは面白みに欠ける。
ちょうどそのとき、第三者が割り込んできた。
「君たち、何をしている」
凛々しい女子の声がした。
「げ、生徒会長だ」
先輩達は急いで逃げる。もちろんお決まりの捨て台詞は忘れずに。
「お前、覚えてろ」
名前すら教えてもらっていないのに何を覚えていればいいのだろう。そう悩む紳真であった。
「君、大丈夫かい?」
割り込んできた人とおぼしき人が茂みかは出てきた。
「助かりました」
こういうときは笑顔が一番だろう。
紳真を見てその女子も笑顔になる。
「またあいつらか……足元の箱はなんだ?」
「これはタバコです。先輩方が持ってました」
「そうか。これは預かっておくぞ」
そういってその女子は箱を拾う。
「おっと。紹介が遅れたな。私はこの学校の生徒会長をしている橋田雪だ。君は新入生かな?」
「そうです。徳松紳真と言います」
「そうか。徳松、何故ここにいる?」
初対面の人に呼び捨てで呼ばれたのは初めてだった。
「えーっと。そう、道に迷ったんですよ」
はあー、と大きく溜め息を吐く雪。紳真も心の中で溜め息を吐く。
「まあ、何もなかったのならよしとするか。さあ、早く戻らないと入学式が始まってしまう」
走る雪の後を同じく走ってついていった。
入学式には無事に間に合い、先生からのお咎めもなかった。
入学式が終わると教室に行き、ホームルームをする。
担任の先生から定例的な挨拶をされ、プリントを配られ、自己紹介に移る。
一人一人前に立って自己紹介する。紳真はこの瞬間に誰がどんな人か分かる。顔や喋り方や目線、立ち方などから判断している。
あらゆる観点からの【凄い人】は居なさそうだ。お坊ちゃんやお嬢様が半分を占めているが。
昼前にはホームルームが終わり、初日の授業は終わった。最後には明日にテストすることを告げられた。
放課後。
朝の事で生徒会長にお礼を言っていなかったことを思いだし、生徒会室を探した。
しかし方向音痴の紳真にとっては難題である。何度も同じ場所を周り、不思議に思った先生に声をかけられた。
「君とは何度もすれ違っているのだが、何処に行こうとしている?」
なんと優しい先生だろうか。定年に近いと思われる男性教師だった。
「生徒会室に行こうと思っているのですが……」
「それならむこうの部室棟にあるよ」
外を指差しその先に建物が見える。
一本道の右側に校舎、左側に部室棟がある。そこに生徒会室もあるとのことだ。
頭を下げてお礼を言う。先生は気をつけて、と言って紳真の後ろ姿を見ていた。
今度は迷うことなく目的地に辿り着けた。
紙に簡易に描かれた部室棟の地図。三階建ての部室棟の最上階に生徒会室はあった。
基本一階に運動系の部活動が、二階に文化系の部活動がある。三階が委員会の部屋である。
階段を上り、生徒会室の前までくる。そこでわかったことは生徒会はこの学校において相当な権力を持っていることだ。
部室や委員会室は片開きのドアなのに対し、生徒会室は両開きの扉であった。また部室や委員会室のドアは白っぽい灰色に対し、生徒会室は茶色で洋風チックである。
あまりの豪勢さに圧倒される。
深呼吸を一つ。紳真は基本的に自分から話しかけたり行動したりするタイプではない。そのため、今ものすごく緊張している。
もう一度深呼吸をして、決心を固める。
コンコン、と二回扉をノックする。
「入れ」
雪と思われる声が聞こえた。
恐る恐る右側の扉を開けると、一番に思ったのは広いだった。
ちゃんと中に入ってみると大きさは教室の一・五倍はありそうな広さ。扉の前に大きなテーブルが一つ、その左右に三人掛けのソファーがある。その奥にひときわ大きい机と茶色のリクライニングチェア。その椅子に生徒会長である雪が座っていた。
「ああ、君はさっき道に迷っていた徳松だな」
「はい、そうです」
覚えていなかったらどうしようと思っていたが取り越し苦労だった。
「お礼を言っていなかったと思いまして・・・、先程はありがとうございました」
深々と一礼。手を煩わせてしまったことへの謝罪も含めた。
「気にすることはない。生徒会長としての役目を全うしたまでだ」
「変な口調。お姉ちゃんじゃないみたい」
ソファーに座っている女の子が言う。上履きの色は学年で決まっている。その女の子は紳真と同じ青色の上履きを履いているので同じ一年生だとわかった。
「そうかい。変わらないと思うが。そうそう、私が君を助けられたのは我が妹のおかげなのだよ」
雪は胸を張って言う。妹想いな人だと分かる。
「それは、ありがとうございます」
女の子に頭を下げる。それを見た女の子は鼻を高くして殿様のようにくるしゅうないと言っているようだ。
「この子は昔から特別な能力を持っているんだ。騒ぎが起こる場所が分かるのだ」
なぜそんなことを自分に話したのか不思議である。会って一日も経っていない間柄で。
雪が切実な表情で話し出した。
「正直に答えて欲しい。あの時私がいなくとも逃げ出せただろ?」
紳真は一回溜め息を付く。
「はい。一人でなんとかできました」
雪はやっぱりと小声で呟く。
「どうやってタバコを盗ったのだ?あいつらが落として行くとは考えられない」
紳真は黙っている。一つや二つ知られたくないことは誰でもあるだろう。
何も話さないとわかった雪は話題を変えた。
「話は変わるが、部活はどこに入るか考えているか?」
「ストリートダンス部に入ってみたいと思っています」
「そうか。ダンスは好きなのか?」
「やったことはないですけど、バック転やバック宙みたいなアクロバットな動きができるのでやってみたいなあ、と思いまして」
「え、バック転できるの?」
女の子から憧れの目線が送られる。
そんな目で見られたらやらざるを得なくなる。
右手を挙げて行きまーす、と言う。
バック宙を一回転。
着地を決めると体操選手のように両手を挙げる。
ぱちぱちと拍手が送られる。
「すごーい。ホントにできるんだ。かっこいい」
女の子から黄色い歓声が上がる。
「君は本当に凄いのだな」
雪も興奮して息を荒げている。
「そういえば紹介が遅れたな。この子は私の妹の美卯だ」
「橋田美卯です。あたし一年D組なんだけど、徳松君は何組?」
「僕はC組」
「そうか。クラスは隣か。いちよう私はF組だ」
この学校では一学年AからHの八組ある。
「部活のことを聞いたのはお願いがあったからだ。強制はしないがどうか生徒会に入ってくれないか?」
生徒会は絶対的な存在らしく、生徒会に入りたい人は例年少ないそうだ。なので毎年生徒会長がこんな風に勧誘しているそうだ。
紳真は頼まれると断れない性格の持ち主のため承諾しようと口を開こうとした。しかし声を発せられる前に美卯が口を挟んだ。
「駄目だよ。徳松君はあたしと一緒に都市伝説研究部に入ってもらうんだから」
お嬢さん、初めて聞きましたよ、そんなこと。
紳真が固まっていると言い争いになり、姉妹喧嘩に発展した。
答えが出ないことがわかった二人は紳真に迫って、どっち!とハモって聞いてきた。
目を泳がせていると後ろの扉がノックもなしに勢いよく開いた。
「橋田、落とし物ってなんだ?」
朝会った不良達がそこにいた。
「ようやく来たか。少し待ってろ」
雪は会長机に戻って引きだしを漁りだす。
不良達は紳真に気づき、驚いた顔をして叫んだ。
「お前、朝の奴じゃねぇか」
全員が紳真を見て驚く。驚いているだけでなく怒ってもいるだろう。
どうも、と軽く頭を下げる。
雪はあったあった、とタバコの箱を持ってくる。
はい、と真ん中に立っている人に渡す。
その人はタバコだと分からずに受け取り、渡された物を見て、タバコの箱が床に落ちる。
金持ちの子が多いこの学校だ。彼らもお坊ちゃまなのだろう。タバコを吸っているとばれたら、退学どころか親からも見捨てられ、路頭に迷うことになるのだろう。
「テメェ」
雪の胸倉を掴む。いくら生徒会長といえど暴力には弱い。そう表情が語っている。
紳真は雪の胸倉を掴んでいる腕を握る。
「先輩、会長に手を出すなら黙ってないですよ」
紳真に気迫というものはない。だが恐怖感のある不敵な笑みに力が抜ける。胸倉から手が離れ、力無くうなだれる。
その人はタバコを拾い、生徒会室を去っていった。他の人達も急いで出て行った。
数十秒の沈黙。紳真の変わり様に言いたいことはたくさんあるのに声が出ない。
「あ、ありがとう」
雪のやっと出てきた言葉は片言で掠れていた。
紳真は自分がどんな人間か知られてしまい、居心地が悪くなった。
「今日はこれで失礼します」
紳真の後ろ姿を姉妹は黙って見送るしかできなかった。
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