0017

 この人もこの屋敷のことを知り尽くしているのか、足取りに迷いが無い。

「着いたわここよ。さあ入って入って」

 多分、ここは一番奥の一番隅っこの部屋だ。白樺の扉でドアプレートには何も書かれていない。部屋の広さは私の部屋と同じくらいだが、調度品も何もかもが真っ白な私の部屋とは真反対の真っ黒な部屋だった。アクセントとして絨毯やソファ、小物類が深紅色をしている。

「今、お茶を淹れるわね。紅茶とコーヒーどちらがいいかしら」

「じゃあ、コーヒーでお願いします」

「ふふ。よかった。アタシもコーヒーを飲もうって思ってたの」

 私の部屋には無いキッチンとその吊り戸棚から麻袋が取り出された。手動のコーヒーミルがキッチンカウンターに置かれているということは、本格派の人なのだろう。インスタントコーヒーしか飲んだことのないから詳しくは分からないが。

「ああ、自己紹介していなかったわね。アタシはチュラ。何でも好きに呼んで」

 テキパキとコンロで湯を沸かし、ごりごりと豆を挽いているチュラさんは私ににっこり微笑む。

 あっという間にコーヒーが出来上がり、ふかふかのソファにお互い座った。一口コーヒーを飲むと、いつの間にか張り詰めていた糸が緩んだ気がした。

「落ち着いたようだけど、アタシに訊きたいことが山ほどありそうね」

「えっ。・・・・・・ええ、まあ」

「そんなに堅くならないで。リラックスしてちょうだいな」

 ふふふと上品にチュラさんは笑い、また一口コーヒーを嚥下する。

「一気に訊いて、大丈夫ですか?」

「いいわよ。ちゃんと答えてあげる。すべて、ね」

 ごくりと生唾を飲み込む。柔らかく微笑んではいるが、この人に少しの恐怖を抱いていて警戒しているのは明らかである。

「まず、あなたはいったい何者なんですか。シュワルツェネッガーさんと何か関係があるんですか。私の名前を知っていたのは何故ですか。覗いたというのは何ですか」

 チュラさんの墨汁を垂らしたような瞳をじっと見つめる。しかし彼は表情を変えることなくただただ微笑んでいる。

「取り敢えず、訊きたいことはそれだけのようね。まだ思い付かないっていうだけかもしれないけど。いいわ。全部話してあげる。まず、アタシが何者かってことね」

 チュラさんは立ち上がり、月の光が差し込む窓の方に歩いて行った。

「・・・・・・ッ?!」

 月光に溶け込んだかのように、チュラさんの姿は無くなった。

「なんて、言えばいいかしら。そうね。おばけとでも言っておこうかしらね」



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