0016

 重たいシュワルツェネッガーさんの足音だけを頼りに後を追う。

 いつもなら明るい灯りが点いている廊下もぼんやり暗く、先が見えづらい。足音はどんどん遠くなっていく。

「シュワルツェネッガーさん、待って下さい」

 返事は無い。聞こえているはずなのに。返事が出来ないほど体調が悪いのだろうか。

「あ」

 扉の閉まる音がした。

 私はシュワルツェネッガーさんの部屋を知らない。どの扉を開ければいいのか分からない。いや、勝手についてきたのだ。体調が悪いのに入られたら迷惑極まりないだろう。

 だが、どうしてこんなにも胸の中がザワザワと落ち着かないのだろう。居ても立ってもいられないというのはこれなのだろうか。

 初めての感情に戸惑いながら、シュワルツェネッガーさんの部屋の扉を探す。

 何色の扉なのか。木製か鉄製か。はたまた硝子製なのか。分からない。意味の分からない焦りに目頭が熱くなる。


「アルモナ。可愛い小さなお嬢さん。そこから先は行ってはいけないわよ」


 凛とした声が響いた。

 ――

 シュワルツェネッガーさんを心配していた脳内は恐怖と警戒心に塗り替えられた。

「大丈夫よ。怖がらないで。何も取って食おうなんて思ってないわ。さあ振り向いてごらん」

 怖くて体が思うように動かせないはずなのに、その人の言葉に従って勝手に首が動いた。

「……ッ」

「嫌ァね。そんなに怯えなくても良いじゃない。ほら、固く目を瞑らなくても石になんてならないわよ」

 ふわりと手を握られた。温かな体温が伝わってくる。私はゆっくりとまぶたを開けた。

「少しは落ち着いてくれたかしら」

 ……どっちの人だろうか。

 まず、私が思ったのはそれだった。

 赤より少し暗めの色の服に靴にマニキュアに口紅。変わった髪型。何より男なのか女のか分からなかった。

「キョトンとしてるわね。無理もないわ。貴方ずっとロブちゃんと二人きりで住んでいると思っていたものね」

 その人はニコリと微笑んだ。「ついでにアタシは男よ」

「あ、え?! すみませんあの」

 ぎょっとした、というのは正にこのことだろう。バクバクと心臓が跳ね上がる。

「もう謝らないの。勝手に。まだ寝るには早い時間だし、お茶でもしましょう」

 そう言ってその人は私の手を引いてシュワルツェネッガーさんとは真逆の方向へと歩き出した。

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