0015
夕食の時間。
今日はいつもとは違う。
目の前には、フライパンに乗ったままの玉葱の豚バラ巻。鍋に入ったままのポトフ。そしてボウルに入れっぱなしのスペシャルソースのサラダ。ガチャガチャとまな板や包丁を大きなシンクで洗うシュワルツェネッガーさん。
そう、ここは厨房だ。
「もっと上品な奴かと思ってたけどな。女の子が立ち食いしたいとは全くもってけしからん」
「立ち食いしたいなんて言ってませんよ。私がここに住む前は、シュワルツェネッガーさんここでそのまま食べてたんでしょう?」
「俺は上品に育ってないからいいの。ほら、熱々だぞ。早く食え」
そう言って、玉葱の豚バラ巻の入ったフライパンを突き出された。一口サイズなので、フォークをプスリと刺してそのまま口の中へと運ぶ。
まずは、豚肉のカリッと感。そして肉特有の旨味。
「美味しい……」
「当たり前だろ。ほらどんどん食え」
そして次はスープカップにポトフを注いで突き出された。
人参にキャベツ、じゃがいもとたくさんの野菜がゴロゴロと入っている。自家製のコンソメスープがふわりと鼻腔を
スープを口に含むと、温かさが全身を駆け巡り、ほぅと吐息が漏れる。
「ぁぁ美味しい~」
「ほら、最後にこれだ」
前に置かれたのはスペシャルソースのサラダではなく、スペシャルソースのみだった。
「野菜を食べるなと」
「このソースが何なのか分かったら食べていい」
にんまりと口に弧を描くシュワルツェネッガーさんを
今までの食事に何度かサラダにスペシャルソースが掛かったものを食べては来たが、一体なんだろうか。酸味の中に甘さがあり、爽やかな香りが奥へ通り抜ける。そしてちょっとした粒々感――。
「……オレンジ?!」
「御名答! 大正解~!」
拍手しながらシュワルツェネッガーさんは満足気に笑う。
「さすが今日オレンジを食べただけあるな。感心感心」
「意識しないと全く分からなかったです」
それから正解した証のサラダを食べたり、また豚バラを食べたりポトフを飲み干したりして、ふと疑問に食べる手を止めた。
「シュワルツェネッガーさん食べないんですか」
シュワルツェネッガーさんは、私に食べさせるばかりで自分は一切何も口に入れていない。そう言えば、ジャムを作っているときもそうだった。
「俺はいいんだ俺は。まだ育ち盛りのお前が全部食べなさい」
「変ですよ。一昨日ほど前に桃のゼリーを食べながら『料ることも好きだが食べることも同じくらい好きだ』って言ってたじゃないですか」
「よくその日のデザートを覚えてたな」
「話を逸らさないで下さい。どこか体調が悪いんじゃないんですか?」
ボリボリと頭を掻きながら眉尻を下げてくつくつとシュワルツェネッガーさんは笑う。
「んー……そうだな。昼間に体を動かしたから疲れているのかもしれない。寝るわ」
シュワルツェネッガーさんは「フライパンとかそのままにしてていいから」と残して怠そうな足取りで厨房を出ていった。
フライパンの上にはひとつだけ玉葱の豚バラ巻が残っている。ポトフも少し余っている。
全部食べなければ勿体無いと思う反面、量がいつもより少ないことに気付いた。一人分の量しかない。私が食べる分だけしか無かった。
シュワルツェネッガーさんが料ってくれた料理を食べ続けようと思ったが、足はシュワルツェネッガーさんの背中を追っていた。
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