0009

 お腹空いた。


 自分自身の腹の虫の鳴き声をしっかり聴き取り、目を覚ました。

「おう、気分はどうだ?」

 もやもやとまだ霧がかかっているような意識のなかで、火のついていない暖炉の側にシュワルツェネッガーさんがいた。

「………………えッ」

 飛び起きると毛布がずり落ちた。ふかふかと高反発過ぎるソファの上で横になっていたらしく、飛び起きた反動で自分まで飛んでいきそうになった。今どこにいてどういう状況なのか分からず、周りをキョロキョロと見渡す。

「ここは浴室の隣の隣の部屋だ。談話室でもあるし、プライベートルームでもあるし、何にでもなれる部屋だな。風呂が気持ち良すぎたのか知らんが、のぼせていたからここに運んで休ませた」

 見かねたシュワルツェネッガーさんが丁寧に説明してくれた。そうだ、ついリラックスし過ぎて、眠ってしまったんだった。

 そしてカッと顔が熱くなった。

 私はバスローブを着ていた。中は何も身につけていない。きつく前襟を重ねると、シュワルツェネッガーさんは目も合わせず淡々と言う。

「お前の荷物は持ってきたから適当にここで着替えろ。俺は部屋の外で待ってるから終わったら出てこい」

 そして最後まで目を合わせず颯爽と部屋を出ていってしまった。荷物の入ったボストンバッグはどこにあるのかと見渡すと、ソファの傍らに置いてあった。

 

バスローブを脱ぎ、下着類を取ってすぐさま身につけ、綿シャツとジーンズ生地のスカートを合わせて部屋から出た。

「よし。行くぞ」

 出た瞬間に、シュワルツェネッガーさんは左の方へ歩いていく。ゆったりした歩調だが大股で歩くのでついていくのに必死になる。

「……あのぉ、のぼせていたところを助けてくれてありがとうございました」

「ん、あぁ……」

「えっと、バスローブとか部屋に運ぶのとかいろいろあの私重かったですよねアハハ本当に来て早々ご迷惑をお掛けしてしまってすみません」

 、という恥ずかしさも相俟あいまって早口でベラベラと捲し立ててしまう。こんな気分になるのもこんなに喋るのも初めてだ。

「言っておくが、バスローブも部屋に運んだのも俺じゃない」


 え?


「俺は報告を受けてお前が休んでいる部屋に行って目が覚めるまで待ってただけだ」

 運んだのは目の前にいる彼じゃない? 報告を受けた?

 父は、この屋敷にはシュワルツェネッガーさん一人しか住んでいないと言っていた。しかし、この馬鹿みたいに広く大きい屋敷であることを踏まえると、

「ハウスキーパーさんが助けてくれたんですね」

 今も長い廊下に沿って扉が等間隔でズラリと並んでいる。歩いても歩いても、扉、扉、扉。たまに、ドアプレートが付いた扉や、思い出しように塗られた赤や青、黄色、ときにレインボーカラーといった派手な扉が佇んでいる。これほどの部屋の数。シュワルツェネッガーさん一人じゃ掃除も出来ないだろう。

「ハウスキーパー? 人ん家を勝手に荒らすような奴は雇ってねぇよ」

 顔が自然とひきつってしまった。よくよく考えれば、髪を切ってくれたときも、掃除をせずそのまま部屋を出ようとしていた。本人は「お前がお風呂から出たときには綺麗になっているから」とか私がお風呂に入っている間に掃除をするかのようなことを言っていたが、実際ところ怪しいし、あのままなのかもしれない。

「じゃあ誰が助けてくれたんですか?」

 シュワルツェネッガーさんはピタリと足を止めた。


「さぁな」

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