0003
『シュワルツェネッガーさん』の屋敷には、三日後に行くことになった。これからその人のところに住むことになるのだ。
父と母が信頼している人とはいえ、顔も見たことがない人のところにお邪魔するのはとても緊張するし、少し億劫だ。されど「優しい人で料理も絶品」らしいので、食べることが好きな私は「まあいいか」とも思っている。もちろん独りでいることが好きだが、それだからといって、人と一緒にいることが嫌いというわけではない。
人に関心がないだけである。
そうぐるぐると考えながら、ボストンバッグに衣服を詰めていく。
持っていくものは、衣服と愛読している本、その他細々としたものだけだ。自分の物でなければならないもの以外は『シュワルツェネッガーさん』のところのものを使えばいいらしい。
「アル。荷造りは済んだかい?」
「ちょっと、ノックくらいしてから入ってよ」
悪い癖とも言えるのか、父はノックをせずにすぐに部屋に入ってしまう。それでよく母に怒られているものだ。
「すまんすまん。それで荷造りは済んだか?」
「うん。もう終わった。何か忘れていたらすぐに取りに行けるから」
「そうかそうか。じゃあ出よう」
「え?」
「さっき連絡が入ってな、本当に申し訳ないんだが、明日から父さんと母さん研究所に泊まり込みで仕事しなきゃいけないらしくてね。今日シュワルツェネッガーさんのところに送ることになったんだ」
つい昨日「三日後」と言われたのが「今日」と言われたので少し頭が混乱した。 準備は全て整ってはいるものの、心の準備がまだである。
父と母が研究所で泊まり込みの仕事になるのはそう珍しいことではないし、それが理由で『シュワルツェネッガーさん』のところへ送っていけるのが今日しかない、というのは納得できる話だ。
心の準備ができていないので今日は無理です、なんてそんなわがまま言えるわけがない。
「分かったわ。もう出るだけだしね」
車にボストンバッグを乗せてから、続けて自分も車に乗り込む。
「持っていくものはそれだけ?忘れ物してない?ちゃんと必要なものは入れた?」
助手席で母が何度も私に声をかける。その度に「大丈夫だから」と繰り返した。
車が動き出した。
父と母はずっと黙っている。
車のバックミラー越しに父と母の顔をこっそり見ると、父は一文字に固く口を閉じており、母は眉尻を下げて
これからは『シュワルツェネッガーさん』の屋敷に住むことになるのか、と改めてじわじわと実感した。
隣町へと続く道路のサイドは、森が広がっていた。
町と町を繋ぐために、森を一刀両断して道を作ったかのように思われた。
森は夕方の陽を浴びて、葉はほんのり赤く染まっている。
父と母に隠れて、少しだけ涙を流したのは秘密である。
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