0001
「ただいま」
無駄に大きい扉を開け、玄関に入ると、無駄に広く無駄に長い廊下がある。時折生物学者の両親が研究中のあらゆる生物を家の地下に設けてある部屋に持ち込むため、そういう設計にしてあるのだ。
地下室に通じるエレベーターを通り過ぎ、廊下の突き当たりにある扉を開くとリビングだ。
部屋の中は真っ暗だった。まだ両親は研究所にいるのだろう。いつものことだった。
私は照明の電源に手を伸ばした。
「誕生日おめでとう!!」
リビングが照明で明るくなったと同時に、軽やかな音が二発鳴り響いた。
目の前には、チカチカと目が痛む色の三角帽子を被った両親がクラッカーを持って立っていた。
「アルモナ。18歳の誕生日おめでとう」
「ほら、ケーキもあるのよ」
ダイニングにあるテーブルには、大きなケーキに七面鳥の丸焼きや山盛りのミートパスタなどがところ狭しと並んでいる。
そうだ。2月29日の閏日。私の誕生日だ。
「どうして今日は帰りが早かったの」
「いやだな~!大事な娘の誕生日なのに早く帰らないわけないじゃないか」
父のジェイコブは早くもケーキにローソクをさし始めている。
「でも去年は私の誕生日忘れていたじゃない」
ピタリと父の手が止まった。
毎年あるわけではない4年に一度の閏年の閏日だが、そのかわりに閏年以外の年は2月28日に私の誕生日パーティーをする。
「……忘れていたわけじゃあないんだよ。ただその、去年は少し厄介な生物の研究中ったから」
「ほ、ホラホラ!今日は母さん頑張ってアルの好きな食べ物全部作ったのよ~!ケーキも手作りなんだから!」
母のローラが私を席に座るように急かした。
「……ありがとう、母さん。父さんももう終わったことなのに訊いてごめんなさい」
「気にすることないさ。父さんも母さんも去年は悪かったよ」
それから、家族3人が席に着き、高校生活の話や両親の現在研究している生物についての話などで花を咲かせた。
両親の研究については尊敬していて興味もあるので、話は苦じゃなかった。
一通りケーキまで食べ終えると、父と母から誕生日プレゼントを貰った。
父が渡したプレゼントの箱は丁寧にラッピングが施してあり、細長い。母が渡したプレゼントの箱も丁寧にラッピングが施してあり、立方体で手に乗るくらいの大きさだ。
「ほら!開けて開けて!!きっと喜んでくれるはずさ!」
「ちょっとあなた。アル、あなたのタイミングでいいのよ」
そう言いながらも、母も早く開けてほしそうだ。
「じゃあ早速開けてみるね」
ラッピングを剥がす私を、両親は生唾をゴクリと飲み込んで見守っている。丁寧にラッピングを剥がすためか、父は少し歯痒そうに握った手を何回も握り返している。
「あ。素敵」
「そうだろう!?だろう!!いつまでもスマホで時間を確認していたらな~と思ってな!!」
プレゼントを開けると、小柄な腕時計が入っていた。朱色の牛皮ベルトで文字盤は白く、時間を指す文字は黒とシンプルなデザインだ。
「母さんのも早く開けてみて」
「おい。さっきアルのタイミングでいいって言ってただろう」
「あなたのプレゼントを開けたときのアルの顔見たら嬉しそうだったから私も早く開けてほしくなっちゃったのよ」
そうか。私は嬉しそうな顔をしていたのか。
自然と顔が綻んでいたことに気付きそっと自分の顔を軽く撫でてみる。
「指輪だ」
プレゼントはシルバーの指輪だった。内側には誕生日と名前が彫られており、外側には赤青黄の丸い小さな石が並んで三つはめ込まれている。だが、リングの幅は広くて穴も大きく、人差し指につけるとブカブカだった。
「この指輪はね、親指専用なの。指輪ってどこの指につけるかで意味が違ってくるんですって」
親指は、信念を貫き前進する、という意味らしい。親指につけてみるとぴったりだった。
「素敵なプレゼントありがとう。大事にするわ」
美味しい料理。甘いケーキ。優しい父と母。嬉しく楽しい自分の記念日。
しかし、自分のどこかに穴が開いて流れ出ているかのように、その感情で私をいっぱいに満たすことはなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます