第六章

第20話 夕陽、西に落ちて

「あん? 何だお前等」

 オレンジの光源が沈んで、地平から漏れる空間が揺れて、散らばった意識が声の方に集中した。

 大きな体をした男の脇に、俺達と変わらないサイズの男が立っている。

 装備は俺達が打倒した奴等と変わらない。

 大男も、小さな男も、装いは同じだ。

 大男は、頭にフルフェイスのヘルメットとおぼしき装備をしている。電気バイク用のものというより、宇宙や深海に探索に出かける様なもの。

 顔全体を灰色で覆い、目があるのであろう部分はガラスになっているが、その中は見えない。

 小さな男は腕組みしたまま、げんな表情で俺達を見る。

「別働隊が出てるって話は聞いてねえ。じゃあどうしてだ? つまりはあれだ、お前等あれだろ。皇都の人間だな。だがおかしいな。あの境界は地上も地下も決して誰も通さねえはずだ。じゃあどうしてだ? つまりはあれだ。お前等あれだろ。防衛局。皇都防衛庁防衛局の人間だ」

 状況に対する理解はいまだにからっきしだし、今から張り巡らすであろう幾重かの刹那の中で思量が進展するとも思えない。

 あの女の子が誰で、外区に居るあいつらは何者で、この外区という場所は何の為にあって、皇都は何を隠しているのか、目の前のしやべっている男も、背後の巨人も、全部ひっくるめて何も分からない。

 けれど、一つだけ確かな事がある。

 この男は、多くを知っている。

 この場所の事も、皇都の事も。俺達の知りたい何から何までの、その多くを知っている筈だ。

 口振りからそれを推察するのは難しくない。やっと見つけた、大きな可能性。

 予想外だ。まさか、生きた人間として何もかもの真相に近づけるとは思わなかった。

 確信を持てる。

 背後の巨人も、先程の歪な死体も、正体不明のあいつらの事もどうでもいいと思う程に、目の前で口を開く男の存在は重大だ。

 それだけあれば、十二分だと確信出来る。

「あは」

 ミラに、生け捕りを伝えようとして、視線を向けた。

 どんな状態でもいい。

 生きてさえいれば、生命活動さえ維持していれば、あの男をどうしてもいい。

 生け捕る事が出来れば、俺達は皇都外区について少なくない情報を掌握出来る。

 そう確信したから、視線を向けた。

「だがおかしいな。防衛局の人間も、外区には入れねえ筈だ。じゃあどうしてだ? つまりはあれだ、お前等あれだろ、単独行動。だがおかしいな。あそこはそんな事すらぺっ」

 男がじようぜつに続けるそのりゆうちような舌先から、音もなく入刀した。

「あ……がぽっ」

 戦部ミラが右手に握ったマチェットは、男の舌を真っ二つにする様に縦に突き立てられ、そのまましたあごと首を貫いている。

 ずぶりと根本まで刃を押し込むと、ミラはマチェットを引き抜いた。

 同時に、男は一切言葉を発するのを止め、その場にあおけに倒れた。

 予想は出来た筈だ。

 俺と折野は、真実を求めてここに来た。

 だから、目の前の生きた二つは、俺と折野にとっては、喉から手が出る程に欲した、それらの証明だ。

 望んだ真相でなくとも、この二つは確実にそれらに近づくファクターになる事は、容易に想像出来る。

 けれど、それはこいつには関係がないのだ。

 戦部ミラには、関係がない。

 戦部ミラは、皇都に住まう人間の当たり前の正義感として、俺や折野の考えに同調して行動を共にしている。

 だが、それ以前は違う。それに、それ以後だって、根底は違う。

 戦部ミラは殺人鬼だ。

 友人達と買い物をして別れたその瞬間にだって、人の首をねてみせる。

 朝起きてパンをトーストしている間にだって、命を裂いてみせる。

 そういう奴だ。

 ミラにとって外区は、戦いの場だ。殺人の場だ。

 外区番外地、ハリボテの法に覆われた治外法権の中で、名前も人種も言葉も分からぬ彼等を狩り続けた。

 そういう人間だ。

 だから、これは俺の、認識不足だ。

 この外区で、所謂いわゆるやる奴〟とたいした際、俺と折野はミラに任せて来た。

 それはミラが俺達の虎の子であり、最大戦力である事が要因ではあるが、任せなくても結果は同じだ。

 ミラが、より強い敵が居る方へと引き寄せられて行く。いや、向かって行く。

 生粋の戦闘中毒者は、このあり得ぬ光景に対してすら、その症状を禁じ得なかった。

「あは、一人目。あはは」

 日課をこなす軽快な手付きで命を奪うと、ミラは巨人を見上げた。

 色々な可能性が霧散して、憤りの感情に脳天をたたかれている気がするけれど、ギリギリの言葉を叫んだ。

「ミラ! そいつは殺すなよ!!」

 聞こえているのかいないのか、ミラは笑顔で駆け出した。

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