第21話 夕陽、西に落ちて②

 大男のひざり上げて上昇すると、太い首元に狙いを定めて、マチェットでいだ。

 それにかぶせる様に軽く払われたかに見えた大男の左手が、斬撃ごとミラを吹き飛ばす。

 とても人体が人体に衝突したとは思えない鈍い音を立てて吹き飛んだミラの体が、白いコンクリートに叩き付けられる。

 誰が見ても致命打に思えるその攻撃を受けて、ミラは流血のこんせきだけを残して、また跳んだ。

 戦部ミラは、きようじんで、頑丈で、迅速で、残忍だ。

 薙ぎ払われるハンマーよりも凶悪な腕を掻い潜りながら、必殺の瞬間をうかがっている。

 俺はファントムを構えてこそいるが、照準が合わない。

 的があそこまで大きければ、この距離でも当てられそうなものだが、味方の背中を撃つ訳にはいかない。

 攻めあぐねている俺をに、ミラは巨人の右側面を狙う。

 右手には相変わらず黒髪の女の子が握られており、攻防面で死角となっている。

 その隙を突いて飛び上がりマチェットを伸ばすが、読まれていたのか、大男は右手の女の子を放り投げると、そのきやしやな体を左手で掴み、空いた右手でミラを再度叩き付けた。

 どこで売っているのか分からないが、巨体の右手にはグローブがめられており、防御の際にミラが刃を立てた事で、手の甲の当たりが少し裂けた。

 女の子は素手の左手に握られて、動きを見せない。

 もしも巨人の装備が他の奴等と同じならば、サイズの問題は置いておいて上体は防弾チョッキの筈だ。

 それ以前に、あの大きな体にこの口径の銃で太刀打ち出来るかは分からない。

 頭部を撃ち抜いたところで、あの鉄製のフルフェイスを貫通する気がしない。

「おいミラ! 生きてるか!?」

 けんに精一杯のしわを寄せて叫ぶと、ミラは体を起こして、俺のもとまで駆け寄る。

「生きてる!」

「見りゃ分かる」

「聞いてきたのそっちじゃん!」

 外傷は増えていない様に見えるが、また口元から流血し、相変わらずれあがった左目が痛々しい。

「ジョー先輩、色々言いたい事あるけど、とりえず言っていい?」

「何だ?」

「ああいう部族居る?」

「さあな。少なくとも俺は知らねえよ」

 距離を取って、体勢を立て直すミラ。

 それに合わせて、あの巨体への対抗策を模索する。

 空模様は、あいいろと橙色が半々。

「ジョー先輩、あの子どうする?」

 ミラは、血の滴るマチェットで、巨人の左手に握られた女の子を指す。

「どうするって……あのでかぶつは喋れるか分かんねえし、おしゃべり野郎はどっかの誰かが殺しちまうし……とり敢えず助けるしかねえだろ」

「敵だったら?」

「敵でも、だ。殺すなよ。生け捕れ」

「りょーかい!」

 ミラが駆け出す。

 スイッチの入った直後のミラとの対話は不可能だが、時間を置けば操縦は容易だ。

 俺もミラに続く。

 目標は、左手。

 そう思って、女の子を見る。

 姿勢を前傾させて、足を踏み出そうとした瞬間に。

「わわっ! 捕まってる!」

 女の子は、驚嘆の声を上げた。

 それと、同時に、光る。

 巨人の手に握られた女の子が、先程の光景に重なる。

 夕暮れの中で、そのシルエットがはっきりと見えた。

 あの十字路に居た、あの子だ。

 先程までオレンジを反射しない黒髪だった女の子は、その髪の一切を金色に変化させていた。

 それでいて、薄らと発光している。

 金髪に変化した女の子は、青白い光を放って、バチンと音を立てた。

 シャッターの中で聞いた、あの音だ。

 青白い光を伴った、放電音。

 一瞬の発光と不可解な音を伴って、女の子は宙に浮いた。

 巨人の左手は開かれて、上方に跳ね上がっていた。自然、女の子は放り投げられる。

 駆け出した足は、止まらない。

 そのまま巨人に向けて一直線に突き進む。

 視界の端で、巨人の右手が振り下ろされるのが見えた。

 短い時間を置いて、その右手が視界を侵食していく。

 俺に向かって、大きなこぶしが振り下ろされている。

 人間は、後退するのに向いていない。

 体の構造がそうなのだ。駆け出している今、前のめりに進む事が、最速だ。

 だから、ミラとは違う俺では耐えられないであろうその拳を、けはしない。

 前のめりに、進む。

 受けたら死んでしまうという恐怖は、ない。

 ただ、死んでしまうだけなんて、何でもないのだから。

 間一髪の境界で、俺は命をつないだ。

 頭を下げて走り込んだおかげで、大きな拳は俺のわずかに頭上を通過して、コンクリートに打ち付けられた。 背後でコンクリートがえぐれる音がしたけれど、構わず走る。

 女の子の落下地点に入る。

 地上五メートル弱からの落下物。受け損なえば、俺も危ない。

「きゃ!」

 小さな悲鳴を抱え込んだ。

 両手で細身の体を受け止めて、勢いを受け流すようにしつつ体を回転させた為、バランスを崩して地面に背中から倒れ込んだ。

 それでも、女の子を離さない様に努めた。

「おいおい! 自殺する気かよ! 状況見て脱出しろよ!」

 即座に叫ぶが、遅れてやってきた背中からの衝撃にせ返りそうになる。精一杯かっこつけた手前、それを拒否して痛みを飲み込む。

 抱きかかえた少女と目が合う。黒いひとみがあまりにも深くて吸い込まれそうになるけれど、不可抗力でてのひらが触れた胸部の柔らかな感触が気付けになって俺の意識を奮い立たせる。

 よこしまな気持ちを反省するのは、後でいい。

「ご、ごめんなさい! びっくりして、つい」

「まあ気持ちは分かるけどな!」

 女の子を抱きかかえたまま立ち上がる。自然と、お姫様抱っこの形になった。

 もうしばらく寝ていたいが、追撃の手が見えた。

 巨人は俺達二人に向き直ると、拳を振り下ろした。

 思わず〝後ろに飛び退いた〟。人一人を抱えての回避は容易ではなかったが、有りっ丈の力を脚に込める。

 バランスを崩しそうになりながら回避を成功させ、叫ぶ。

「ミラ!!」

 魔法の呪文は、大男の注意を俺達から一発でらさせた。

 さつそうと飛び上がったミラは、大男へと斬撃を放つと、即座に凸凹な一騎打ちの構図を作り上げた。

 女の子を抱えたまま、シャッターを通過して、コンテナの陰に隠れた。

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