第19話 交戦⑥

 この外区で、俺一人の頃から一度も出会っていない正体不明達。それは、俺達の言葉を理解する奴等、皇都の言葉を聞ける、話せる奴等だ。

「その部族の人はさ、この国の言葉を覚えたりするかな?」

「こんな小さな半島に、何かのきっかけで大きな興味を持てば、どこの国のどんな奴だって勉強するだろ」

「それは、そうだよね。うん」

 分かっている。机上の話だ。

「私は、春ちゃんのパパの話を思い出しちゃった」

「折野の父親の話って……あれか」

 ただ漠然と外区を探し回っていた俺に、探し物の僅かな可能性を示した言葉。折野と出会う事で聞いた、折野が皇都と外区に対して不信感を抱いたきっかけ。

『防衛庁では手を回せない。あそこは昔とは違うんだ。もしも防衛庁防衛局に入って外区の担当になど回されたらどうする? 化け物共のそうくつかもしれないんだぞ』

 折野が盗み聞きした、防衛庁入庁に反対し続けていた折野の父親の台詞せりふ

 それは、折野の正義感をこの外区とあこがれる防衛庁以外の中央各庁に向け、七年前の真実を追いかける俺の背中を押し、鉄火場を求めるミラを誘った。

「ジョー先輩と春ちゃんは、それで外区には何かがある、皇都は外区について何か隠しているって言ったよね。でも、私は正直その部分は二の次。私にとっては、ここは生きる為に必要なだけだから。だから、私がその話を春ちゃんから聞いて気になったのは、最後。〝化け物の巣窟〟。ジョー先輩と春ちゃんは、未知数である事の表現だって言ったけど、南部の刀剣使いの事もあったから、私は期待した」

 あいまいな外区というブラックボックスの中で、曖昧だった言葉に、一つだけ、たった一つだけ、小さな光明が見える。

 いや、そんな前向きなものではないか。

 もっと暗い場所へ、もっと闇の中へ、もっともっとしんえんへ。

「この人って、春ちゃんのパパが言う〝化け物共〟なのかな? だとしたら、皇都はこの人達の事を知っているのかな?」

 期待と不安が混じったひとみを俺に向けるミラの口元は、口角がり上がるのを抑えている様に見える。

 ミラは外区と皇都の謎については二の次だとは言ったが、俺達と行動を共にするに当たって、この国が好きだとも言っていた。

 孤児だった自分を育ててもらった恩もあるし、何よりあの夜を眠らない光景が好きだと、そう言っていた。

 だから、ミラの中で揺れているのだろう。

 戦部ミラという当たり前の正義感を持つ人間と、殺人鬼の二つが。

「とりあえず、現状じゃあ何とも言えねえよ。取りえず、折野と合流だ。今日はここでしばらく探索だな」

 横たわる死体から視線を上げた瞬間だった。

 うなるモーター音が突如空間を揺らして、背後の大きなシャッターがせり上がり始めた。

 下に出来た隙間から沈みかけの夕陽が反射して、目にみる。

 内側のシャッター開閉ボタンには、俺もミラももちろん手をかけていない。

 だから、この開閉は外に取り付けられたボタンか、倉庫の制御室からの操作だ。

 ヘッドホンを外していたミラに悟られなかったらしいその開閉を望む相手に対して身構える。

 ミラにアイコンタクトを送ると、既にヘッドホンを付けているミラが、シャッターの外に脅威を確認した、と指差しで合図した。

 俺とミラがシャッターの外に向く、そのせつ

 倉庫内に背中を向けて、シャッターの外に意識を集中させていた俺達の、その背後をミラが勢いよく振り返る。

 真逆に意識を飛ばすミラに遅れて、俺も振り返る。

「え? え? 違う! 誰!?」

 耳に飛び込む女性の声。

 皇都の言葉で、俺やミラに分かる言葉で、そいつは言った。

 振り向いた俺とミラの視界に飛び込んだのは、とても戦場には似合わない、そんなはかない印象を受ける女の子だった。

 肩まで伸びた黒髪を振り乱して、きようがくの表情で俺とミラを見ている。

 ミラと変わらないであろうと思われる年齢の少女は、戦場の中で特異だった。

 その印象もそうだし、何より、まるでコンビニに出かけるかの様な軽装だった。

 細身のスエットパンツに、パーカーを着た少女は、表情を変えないまま、自分の腕で顔を覆った。

 同時に、こちらに何かをとうてきしていた。

 俺とミラ、そして、その少女の間の空間に、小さな黒が放られていた。

 フラッシュバン。

せんこうしゆ─」

 口を開いた時には、ミラが俺を突き飛ばしていた。

 視界が真っ白に発光した直後に、小さい破裂音が耳を突き刺す。

「あっ!」

 ミラの叫び声を聞きながら、床に体をたたき付けられた。ミラはまともに閃光をらったらしい。

 立ち上がって反撃を試みようとするが、今度は視界が黒い。

 柔らかい感触が顔面を覆って、直ぐに体に嫌な痛みが走る。

「ぐっ」

 のどを締めたうめき声を上げる。

 この衝撃は、喰らった事がある。

 体が跳ねるその痛みは、電流だ。

 スタンガン。形態までは分からないが、一瞬体が浮遊した様な感覚は、電撃特有のダメージだ。

 上体の正面に抱き付かれて、どこかに電撃を喰らった。

 スタンガンの放電部分を押し付けられた場所を中心に、正座でしびれた時の様な感覚が広がる筈だが、それが体全体に万遍なく浸透しているのが不思議だ。しかし、今はそんな事はどうでもいい。

 床にもう一度体を叩き付けられながら、シャッターの方を見る。

 フラッシュバンをけた為、視力は良好。その視界の中で、女の子はまだ開ききっていないシャッターの下部に滑り込んで、外へ出た。

 トドメを刺さないのかとか、誰なのかとか、どうして皇都の言葉をとか、把握しきれない現状で思考がぐらつく。

 体の自由はもうききそうだけれど、立ち上がる気力がない。

「ジョー先輩、大丈夫?」

 白い倉庫の床に寝転んだまま、首だけを動かしてミラの方を見る。

 ミラは定まっていない視線を泳がせながら、臨戦態勢を取る。

「大丈夫っちゃあ大丈夫だが、大丈夫じゃないっちゃあ大丈夫じゃない」

「曖昧な男子はモテないよ?」

「そうだなあ。フラッシュバンに即座に反応した女子に守られる男子はモテないだろうな」

 立ち上がりながら、ミラの目の前で右手を振る。

「見える?」

「うう……目がぎゅーってする……あ、大丈夫。戻ってきた。あー目が痛い」

 まぶたを閉じては開く動作を何度か繰り返して、ゆっくりと上昇を続けるシャッターの外を見る。

「どうする? 追う?」

「追うしかねえだろ。さっきの奴が何て言ってたか聞いたろ?」

「違う。誰? って言ってたね」

「つまり転がってるこいつ等とは違うって事だ」

「きっとそうだね」

「それに、あの子、俺達にトドメを刺す余裕なら幾らでもあっただろ。それを放棄して逃走しているんだ。そこだけ考えても、いつも外区で出会う敵とは勝手が違う。外区で出会って、俺達の前から逃走を選択した奴等が居たか?」

「後退は居たけど、退散は居ないね。うん、追わなきゃね。何なんだろう、本当─」

「混乱するな、今日は」

 元より不確定な何かを求めて外区に来てはいるが、こうも不測の事態が続けば、精神的にもへきえきするし、思考は二周り程現実に追い付いていない。

 それでも、今は自分の行動の正当性や理論はどうでもいい。目の前に、その不確定な何かのしつかもしれないほころびが見えている。

 それを追いかけない選択肢は、ない。

 そんな俺達のはやる気持ちを落ち着かせるように、シャッターはゆっくりと上がる。

 俺達も、自分達が冷静さを欠いているのを分かっているからか、自然とシャッターが開くのを待っていた。

 最中、響き続けるモーター音に割り込むように、バチン、と乾いた音が跳ねた。

 音はシャッターの外から。夕暮れの色をはじくように、開いたシャッターの向こうから、白色が広がった気がした。

「何の─」

 音だろう、とミラに尋ねようとして、つんざく。

「きゃっ!」

 シャッターの外から、悲鳴が走る。

 先程、俺達に閃光しゆりゆうだんを放った女の子の声に聞こえなくもないその叫びに、俺とミラは目を合わせる。

 そうして、倉庫の中にだいだいいろの陽射しが多量に突き刺さる。

 一瞬だけ目線を切って、目線の上まで開いたシャッターの外を見る。

 夕暮れの、無音の箱庭。

 外区と呼ばれる、皇都の深淵。

 謎がある事だけは確かなその場所は、俺達の道理を軽々ける。

 黄昏たそがれの下に広がる光景は、いびつだった。

 シャッターの隙間から外に逃げた黒髪の女の子が、捕らえられていた。

 その体を、がっしりと、捕まえられていた。

 つかまれていた。

 夕空を遮るかの様な、そんな巨体。

 それこそゲームやコミックの中のキャラクターみたいだった。

 黒髪の女の子は、五メートルに届きそうな、そんな巨体の〝人間〟に、体を掴まれていた。

 今日は多分、ここが死線だ。

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