第三章

第10話 外区へ①

 午前いっぱいを使った実技実習を終え、俺とミラは、西番外地北七番の駅前の定食屋に居た。

 北七番が工業地帯である事から、各企業の社員達が昼食を摂る為に駅前に押し寄せる。

 スーツや作業服の人間で埋め尽くされる光景は、毎度の事だ。

 そんな中で、衛学の制服を着ている俺とミラは浮いて見える。

「つっかれた……」

 四人掛けの席で、俺の対面に座るミラは、追加で注文した焼き魚の身をはしれいほぐしながらためいきを吐く。

「室実ちゃんの実習は疲れるよ……ジョー先輩、室実ちゃんと仲良しなんでしょ? もっと優しくしてって言ってよ」

「火に油だ。あの人は優しくしてくれって言われたら、笑顔で百倍厳しくする人だ」

「うええ……」

 室実さんの実習は確かにきつい。

 西番外地北七番にある演習場は、市街戦を想定した場所なので、当然それに準じた実習が行われる。

 実戦形式の索敵、及び敵勢力の無力化。全十一組による三時間の実習は、唯一のツーマンセルである酒匂・戦部組の罰ゲームをもつて終了した。

「お前が強過ぎるのがいけねえんだぞ」

「何それ理不尽じゃん! 強い人育てる学校なんじゃないの!? 控訴だね控訴!」

「多分だけど訴訟な」

 四回生には編隊内でのリーダーシップや状況判断の教育、一回生には基本を教え込む為に合同で行われる室実さんの実習は、四回生三人、一回生三人の六人一組編制が基本なのだが、俺達に限りそれは適用されない。

 ミラが強過ぎる為だ。

 他の組との戦力均衡を図る為、ミラが入る組は人数を減らされる。

 後期から始まったこの実習では、その時には既にミラと知り合いになっていたというだけで四回生から俺が選抜され、俺達の組は実習においては、他の組用の脅威その一として利用される。

 つまりは、唯一の敵勢力。十組の衛学生が、俺とミラを狙って押し寄せて来る。俺にとっては地獄絵図だ。

「お前も適当に手を抜きゃいいものを、付き合わされるこっちの身にもなれよ」

「結構これでも手抜いてるからね!? それに、負けたら演習場の掃除だから必死にもなるよ! それなのに、勝ったら勝ったで三十キロの荷物背負うハンデでもう一回になるし! もうどうしたらいいの! 真面目に実


習を受けている私が悪いの!?」

「まあ、社会に出たら理不尽な事が沢山あるっつー事なんじゃね?」

「私、納得出来ない。保健局の施設に居た時、ピアノ習ってたんだけど、上手に出来たら終わりねって先生が言ったのに、上手に出来たら出来たで、上手に出来る内にもう一回って言うの。それが嫌でピアノ辞めたんだ


けど、それを思い出す。私のトラウマ」

「微笑ましいトラウマだな」

 ミラは険しい表情をしながら焼き魚定食を口に運ぶ。

 室実さんに対して不満はある様だが、本人に直接言う勇気はないらしい。

 確かに、理不尽だとは思う。けれど、そんな環境がい筈だ。

「でも、お前的にはそういうのでいいんじゃねえのか? 〝上手くいかない方がいいんだろ?〟」

「それは違うよ! 私は上手くいかない事を打開するのが好きなの! 上手くいかないのは嫌! すみませーん! しようが焼き追加で! 定食で! 先にお米とおしる持って来ちゃって下さい!」

 疲労から一向に箸の進まない俺とは対照的に、ミラは上手な箸使いで口に食事を運ぶ。

 俺にはその違いがよく分からなかったが、個人の信念はぶんすいれいを共有するのが難しい。

 それはそれと納得する事が大事だと、俺は考えている。

 少なくとも、友人に対してはそうありたい。

「お前まだ食うのか。次で四人前だぞ。しかも全部定食」

「ジョー先輩も沢山食べなきゃ! 疲れた時はご飯だよ! それに、この後あっちにも行くんだし」

 ミラの言う事はもつともだが、それにしても大食い過ぎる。

 ミラは米の一粒は当然の事、付け合わせ等まで残さず胃袋に収める。食いっぷりは見ていて気持ちのいいものだが、将来ミラを養う人の懐が若干心配だ。

「春ちゃん、この後合流?」

「午前の授業終わってこっち向かってるって」

「春ちゃん授業全然休まないよね! 偉いなあ。私、外区行った日、結構休んじゃってる」

「お前は休んでる暇ねえ筈なんだがな」

「大丈夫だもん! 今日も室実ちゃんに、実技なら特進レベルだって言われたもん!」

「お前重要な部分聞き取れない機能でもあんの?」

 馬鹿にするように自分の耳を指差しながら言ったが、ミラは無視して頬が膨らむほどご飯を口に押し込んでいる。

 いつもの様に他愛たわいのない会話を続けていると、定食屋の扉が開き、ジャージ姿の折野が入って来た。

「何で二人とも制服なんですか? 着替えておいて下さいよ」

「居残りさせられて室実さんと駅まで一緒だったから着替えられなかったんだよ」

「それはお気の毒に……」

「大丈夫、春ちゃん、シャワーは浴びてるから」

「いや、そうじゃなくて、制服だと目立つでしょって事だよ戦部さん。匂いなんてこの後どうでもよくなるし……」

 折野は俺の隣に腰かけながら、肩に掛けたナイロン製の大きなかばんを床に置く。

「悪いな、荷物持って来させて」

「二人とも実習だったのですから仕方ないですよ。あ、驤一先輩の、今入っているので全部です。替えを含めて、三つです」

「ああ、今日の帰りに買いに行くよ」

 一般人の銃器携帯が禁止されているこの国で、俺達は当たり前の様に会話をする。

 今入っている弾丸で全部。替えのトリガーを含めて、三つ分。

 お前の下手くそな銃撃ので弾丸がないから自分で買って来い、との事だ。

「私トイレで着替えて来るー!」

 いつの間にか、追加の生姜焼きを平らげたミラは、自分の鞄を持ってトイレに向かう。

 食器には、付け合わせであるキャベツの千切りの一切れすら姿を残していない。

「これ何杯目ですか?」

「四。一番最初が豚丼。二杯目がカシューナッツと鶏肉いため定食。次が焼き魚定食で、最後が生姜焼き」

「プロレスラーですね。あの細身のどこにそれだけ入るのでしょう……」

「栄養が少しでも脳みそに行けばいいんだけどな」

「戦闘脳は凄いですよ?」

「勉強脳に」

「で、でも戦部さん美人ですから」

「綺麗なには?」

「……」

とげじゃ済まねえだろ」

 折野の擁護を軽くかわして箸を置く。俺には一人前で限界だ。

 額に手を当て、うなりながらミラをかばう文言を模索する折野。後半は論点をすっかりずらして擁護していた事自体が失礼だとは考えていないらしい。

 しばらくしてジャージ姿のミラが戻って来たので、俺も入れ替わりでトイレに立つと、ジャージに着替え、支払いを済ませて店を出る。


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