第11話 外区へ②
人が
前後を確認しながら、早足で入り組んだ路地裏を進む。
完全に人気が消えたところで立ち止まると、俺とミラで再度、周囲を確認する。
同時に、折野はしゃがみ込んで路地裏のマンホールに手を伸ばすと、俺には到底持ち上げる事の出来ない
「どうぞ」
折野の声をきっかけに、ミラ、俺の順番で中に飛び降りる。着地すると、マンホールから差し込む陽が遮られ、折野が蓋を閉めながら
「あーマスクないとやってられない! 欲しい人!」
「くれ」
「欲しいです」
何度
ヘッドホンをしたミラからマスクを受け取り、装着する。
こういった製品の性能は世界でも指折りの筈だが、下水路の臭気は大して減衰せずに襲い来る。
下水の流れる不気味な音を聞きながら、狭い通路を三人で歩く。目の前に見える曲がり角に付けられた照明が、
曲がり角を曲がると、
「うぅー目に
「奇遇だな、俺も嫌いだ」
「じゃあ南から行こうよ!」
「だってよ、折野」
先頭で
「ええ!?
ミラのどうでもいい我儘など一喝してしまえばいいのに、折野は真面目に取り合う。
尤も、正論なのでミラは言い返す事が出来ず、ぶーたれて前に進む。
外区へ行くルートは二つあった。
ミラが〝偶々〟見つけた、地下線路からの道。ここは残念ながら封鎖されているので、実質今は、俺が三年前、一回生の時に〝偶々〟見つけた北七番下水路から向かうこのルートだけだ。
順路を知らなければ、元の場所に戻る事すら
電球で淡く照らされた水路を歩き、時折暗いダクトの中を
この国の地下を巡る、水路としては過剰に入り組んだ道を、間違える事なく進む。
道は常に電球が照らす。この国においては、誰も通る事のない様な場所を延々照らしたところで、誰も気にもかけない。
無駄に通う電力を気にかける人間は、この国には居ない。
むせ返る下水の匂いに慣れ始めた頃、ダクトから這い出ると、少し開けた水路に出る。
無数の梯子が上に伸びているが、そのどれもにマンホールが溶接されており、開かない。
その中の、たった一つの梯子を選び、折野が登る。
片手でぐいと押し上げられた蓋がずれ、目を背ける程の陽が差し込む。
時間にして四十分。長い長いドブネズミごっこが終わる。
「出られたー!!」
幾つもの工場が立ち並ぶ中心地、コンコースに面した駐車場の脇にあるマンホールから地上に出ると、ミラがヘッドホンとマスクを外しながら叫ぶ。
「お前ヘッドホン外すなよ、危ねえだろ」
「少しくらいいいでしょー! あー生き返る。一番
「あんだけ食っといてよく言うぜ」
ミラが
地下に潜る前と変わらぬ快晴の下、太陽は俺達を照らす。
西番外地からおよそ四キロ。金網と黒い壁の向こう側にある、旧皇都西十七番街工業地区。
通称、皇都外区。
不可侵の領域に、俺達は当然の様に降り立った。
「取り
折野は肩に掛けていた鞄からコンバットパンツと黒いタンクトップ、タクティカルブーツを取り出すと、ミラに渡した。
「ありがとう春ちゃん。男子は
着替えを抱えながら、ミラは建物の陰に走って行った。
「恥じらいはあるんだよな、あいつ」
「何を言ってるんですか驤一先輩。戦部さんも十五歳の女の子ですよ」
「感性のバランス悪過ぎだろ。普通なのか異常なのかはっきりしろっつーの。つーか十月にタンクトップって、今時の小学生でももう少し厚着だろ」
「風の子なんですよきっと。それに、異常な人は、意外にその一点を除けば普通だったりするんですよ。よくニュースなんかで、普段から言動がおかしかった、なんて証言される殺人犯が居ますけど、ああいうのは普通なんですよ、逆に。昆虫を踏み
折野は素材の柔らかいブーツを履きながら言う。
全くもって、説得力のある言葉だ。
自覚はないのだろうが、実例が目の前に居るものだから非常に分かり易い。
俺も折野から着替えを受け取る。
ミラと
折野も同じ様に着替える。俺との決定的な違いは、合金の敷き詰められたオープンフィンガーグローブと、銃器を持たない丸腰である事だ。
「それにしても、不気味ですね。僕、外区に昼間来るの嫌なんですよね」
「何で? 夜の方が不気味だろ」
俺が一人で外区に来ていた時は、衛学との兼ね合いで、日中と深夜が半々くらいだった。
三人で行動する様になってからは、身の隠し易さと、特区での行動を考え、深夜である事が多い。
俺はこの場所で見る朝焼けが好きだから夜でも問題ないが、不気味なのはどう考えたって、夜半の
「いえ、夜だと納得するんですよ。この人っ子一人居ない、荒廃したゴーストタウン。夜だと、心霊スポットみたいじゃないですか。何て言うんでしょう……怖くて当然、みたいな。でも、昼間に来ると、人間だけがごっそり消え去ってしまったみたいで、怖いんですよ。七年前に非戦闘区域だった場所なんて、今でも人が住んでいそうじゃないですか」
「あー、お前の言う事も分かる」
七年前に大地世界によるテロが起こり、一か月後に国が分断された。皇都側は、西十六番街を番外地として境界を設け、大地世界は、元々皇都西海岸沿いに本拠地を置く企業が母体だった事から、その施設が立ち並ぶ西二十番街から西を国として境界を設けた。
皇都も、大地世界も、壁と金網で境界線を引いた。
そして、旧西十七番街から旧西十九番街の広大な街は、七年前から完全に放棄された。
手つかずのまま、誰も住まわぬ街として、七年間眠っている。
テロ事件と分断作戦で破壊された区画こそあるものの、その殆どは当時のまま保存されている。
人一人踏み入れられぬまま、ひっそりと。
「どっちにしろ不気味な街だって話だな」
「そうですね。この場所は完全なブラックボックスですから。国に捨てられた街、電波も届かないこの場所は、真っ黒なままです」
無人の工場地帯を見渡しながら折野は言う。
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