壱日目(3)-④

そんな今考えなくてもいいような感想だけが頭をぐるぐると回っていると、いつの間にか同じような執事姿をした奴らが俺を後ろから囲み、俺は何も残すこともなく、落とされることもせず、巣から追い出された。


戻ることも許されないまま、エレベーターに乗せられる。

だんだんと狭くなっていく視界に、叔父さんに頼まれたお使いを何1つこなしていないのに、ほっとしている自分がいる。

長いとあれだけ愚痴を零していたエレベーターに乗って、気持ちを落ち着けるのにまだ時間が必要だなんて感じている。


やっと地上へ戻ってきたはずなのに、地に足が付いていないようなふわふわとした感触がまだ抜けきらないまま、後ろで扉が閉まる気配を感じていた。


(ちょっと前まで…あそこにいたんだ)


今でもそれが信じられない。


まさかあの場所へ足を運ぶ日が来るとは思ってもみなかった。管轄省も違う、何もかもがあそこにいる奴らと違う。それは嫌という程わかった。


(あいつらは…何だろう)


俺がたまに見える“あちら側”とも違う。だけど俺達とも何かが決定的に違う気もするのだ。


(人のようで…人じゃないみたいだった)


馬鹿みたいな考えだが、それが一番しっくりとくる。ただ犯罪者だからだとかマスクが不気味だったからとかそんな理由じゃない。

確かに人間で、同じように言葉を話して、食べて、生きてを繰り返しているんだろうけれど、それだけじゃ括りきれないものも、確かに息づいている気がしてならない。


それが何だかまでははっきりしない。


多分善悪だとか、そんなものじゃない。


「……」


生きた心地を確かめようとしたつもりなのか、自分の利き腕を握りしめながらじっと見つめていると、戻された荷物の中に見慣れないものが紛れ込んでいることに気が付く。


「これ…」


確かに入ったときは違うものがあった。それだけは手帳と一緒に持つことを許されていたから、手帳に挟んだまま離さず持っていたつもりだった。


渡すはずだった人物には会えなかったから、それはそのまま俺の手元に戻って来ていてもおかしくはないはずなのに、今目の前に見えているものは、俺が見ていたものと全然違うものにすり替わっている。


「いつの間に…」


そんなセリフが思わず口をついて出る。


誰にも体を触られた思いはない。せいぜい騒ぎの中、通行の邪魔だと感じた数人の囚人に触れたことはしても、逆に接触してきたことはなかったハズ。


「この…真っ黒な封筒は…」


後ろには何も書かれていない。封もしていなければ、宛先を示すものも何もない。

もしかしたら誰かが触った証拠にもなる指紋も、ついていないのかもしれない。


自分で考えた考えにぞっとしながらも、おそるおそる中を確認すれば、そこには俺がここに来るために使った真紅のカードに、新聞の切り抜きのような文字が貼り付けられていた。



『雨の降った次の日は『百舌鳥もず』が啼く』




「どうして…」


部屋の中にはテレビらしきものは何もなかった。例えあったとしても今は報道規制をしていて、速贄を連想させるような画像も、雨の次の日に事件が起こっていることも、情報も何も外部には出していないはずなのに。


そのことについてはサイバー対策課が厳しくチェックしているから間違いはない。蕨のようなハッカーが内側にいるんだ、同じようなヤツがおこぼれを狙っているとしても取りこぼしなんてないはずなんだ。


それなのに、今目の前には起こってはいけないことが起こっている。


「百舌鳥…」


隠語として扱われているはずの言葉ですらいとも簡単に暴かれている。逃げ出すことも知ることも出来ないはずの檻から、でも誰かは確実にそれを知っている。


理解出来ない範囲のものが、蠢いている。


「……」


そして1番理解出来ないのは、こんなことが起こっても納得してしまっている俺自身。


「かっこうの…巣……」


見上げた空は高くて、空中に浮かぶ巣は相変わらず手の届かない遠い存在のように感じた。

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