?日目
普段極力感情を殺すよう訓練されている身とは言え、死に直結していてもなお辛うじて最小限に努めることが出来たのは、ひとえに長年の経験の他ならない。
声を張り上げて主張することをしなかったのは、声のトーンをあげれば喉が震えているのがわかってしまいそうで、男は体を折り目正しく下げることでさらに緊張をカムフラージュする。
「帰したのは軽率でした。それは認めます。しかし…」
「おいおっさん!認めてんなら言い訳すんな」
若い男がソファーに座る人物の後ろからヤジを飛ばすも、座っている人物に一瞥されると、唸り声をあげながらも押し黙る。
「ごっめーん!私もこの人煽っちゃったんだよね」
若い女が媚を売るような甘ったるい声を出すが、同じように一瞥されると、今にも泣きそうな顔をしたかと思えば、すり寄るようにしてソファーに近づく。
「うー…ごめんってば『KING』。ね?反省してるから」
「お前が失敗したせいだろー」
ソファーに座っている主の後ろから告げ口するかのように言えば、黒い制服を身に纏った黒髪の少女が大きな瞳を釣り上げて影を睨む。
「ガキは黙ってろ!殺されたいわけ?」
「いーだ!お前なんかにオレが殺せるかっつーの」
「……」
若い男とは別の人物から溜息のような吐息が零れたが、2人には届いていなかったようで、子供の様な言い合いだけが無駄に緊張している部屋に空しく響く。
「…KING」
埒が明かないとばかりにそっと部屋の主の名前を呼び、足元に座り込んで床を見つめていた視線をわずかにあげれば、わずかに視線を合わせるも言葉を発しようとしない。
「……」
相手はこの場に直立不動に立っている男には目もくれない。しかしこの部屋にある数多の目が、わずかにも異常を感じればすぐに動こうとしているのは、刺さるような視線で意識せざるを得ない状況となっている。
もしかしたら動く・動かないに限らず、次に不用意な発言をしてしまえば、辿る末路は同じだろう。
この部屋に、“王”と“王のおもちゃ”が揃っている限り、ここは王の絶対王政が発動される場所なのだから。
「あ!そう言えばKINGに頼まれていたもの、渡しておいたよ」
先程まで子供の喧嘩のような言い合いを続けていた少女が、ぱっと表情を明るくしてソファーの人物を見やる。
「…ずるい」
「いいなーいいなー!オレも次はそういうのがいいー」
「はぁ?あんたみたいなお子様が大事な用事を出来るわけないじゃんー」
「……どっちもどっち。」
ソファーのかどに丸くなるようにして座っていた最後の人物がぼそりとつぶやけば、少女がむっとしたように主の足元に陣取っている影に向かってにらみを利かせる。
決して空気自体は殺伐としていない。それどころかこの空気こそがこの部屋に漂っている空気そのもののはずなのに、立つ男の背中には寒気に近い悪寒しか広がってこない。
見知った場所なのにひどく居心地が悪い。月でもないのに酸素がやたらと薄い気がしてならない。
それは先ほどから和やかなのかもわからない空気の中、沈黙を守っている部屋の主のせいなのだろうか。
それとも、決して相容れることの出来ない絶対的な差を、本能的に今さらながら再認識しようとしているのだろうか。
ソファーに座っていた影が手招きし、この場にいた2人からからかわれていた男は、誰から見てもうれしさを隠しきれていないのがわかる程喜びを表現したまま後ろに回る。
その整った顔の男に主がわずかに微笑み耳元で何かを伝えれば、辺りがさらに色めき立つ。
「私も!ね!KING、ハグハグーぎゅー」
「…ずるい」
「なになに?“それ”が新しい遊び?」
ソファーの影を囲んでそれぞれが欲望を主張し合う中、ただ2つの瞳が緊張しながら立ち尽くす男を真っ直ぐに射抜いていた。
その視線を感じた瞬間から、答えることが出来る言葉は1つしかなかった。
「かしこまりました…『KING』…」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます