壱日目(3)-③

- Into The Cage -


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(なんだ…あれは……)


建物の屋上部分にあたるところに人影が見える。それは瞬きを1つした次の瞬間には3つに増えていて、遠くからでもわかる位はっきりと殺意を振りまく。


「『DOLLドール』……っ」


(ドール?)


所長の口から苦々しく零れた言葉は、ここの奴らを呼ぶ認識番号ではなく、そいつを形容するような言葉とも取れるもので。

つられるようにもう1度上を見上げれば、影の内の1つは、さっきここにいる奴らをかき分けて進んできた時に見て来たものとは違うものを着ている。


(何であいつだけ恰好が違うんだ?)


そう言えばさっきあの部屋にいた女の子も考えればおかしい。


ここにいる奴らはどうやら白と黒の2色の作業着の内のどちらかを着ることを強要されているらしいが、どういう組み分けになっているのかは全然わからない。


少なくとも年齢で分けられているというわけではないのは確かだが、男と女というのも違う。

ただどいつもこいつも空を眺めては、気味の悪い視線を送っているのだけは共通で、無駄口を叩かない代わりに感情らしき感情を瞳に表そうとしない。


あるのは、ただ何か物を見るような目で、時折物騒な殺気とも悪意とも取れるような胸糞悪いものだけが流れ出ている。


その場に留まって空中を眺めている不気味な奴らをなるべく視界に入れないようにしながら中庭に出てきた今では、あの女の子と、上に見える人影の1つだけがどちらにも属していない異様な恰好をしているのがはっきりする。


誰も制服を着ているヤツはいなかった。簡素なつなぎの作業着で、せいぜい2色に別れているだけ。それじゃああの女の子は誰だったんだ?


(それにあいつも…)


遠目だからはっきりとした詳細は見えにくいけど、黒いパーカーらしきものを頭からすっぽりとかぶっている。


(それにあのマスクは…)


最大の謎はあの気味の悪い何かを模ったマスクだ。マスクに限って言えば、隣で黒い作業着を着ているヤツも被っている。おかげで遠くだからという理由だけで見えなくなっているものが、さらに不気味さを増す。


表情はマスクに隠れて見えない。声も掠れ掠れに音として拾うことは出来ても、どんなことを話しているのかはっきりはしない。


(男なのは間違いないが……)


そう考えて自然と1歩前に出た瞬間だった。


目の前に青白い閃光が走り、空から落ちてきた白い人影が瞬間的に消滅する。


「なっ!?」


焦げ臭いと感じたのも一瞬で、ばくばくと高鳴る鼓動を抑えつけようと胸を掴んだときには、辺りにはそれが落ちてきたと言えるものはおろか、匂い1つ残されていない。


「い……まの」


(何だったんだ今の)


疑問を全て口に出す前に、デジャヴのような言葉が蘇る。


「たく……ら……」


いつの間にか地に落ちた鳥は消えていた。だけど、巣から落ちていく瞬間を見たことがあるヤツは何人か会ったことがあって、話を聞いたことはある。


巣の一部に引っかかりきれずに地上まで落とされたときもあった。落ちたことすら幻だったかのようにいつの間にか消えていたときもあった。そいつらはそんなことを口にしていた気がする。


それでも地上で生活している俺達の中で、1度も托卵を見たことがない奴だって大勢いるけど、見たヤツらは決まってこう言う。


『1度見たら忘れない』


それが今、目の前で起こったのだ。


「…KINGは不在だったようですし、もうお戻りください」


「ちょっ…」


急いで巣の中に戻ろうとする後ろ姿に駆け寄ろうとする気持ちはあるが、体がうまく動いてくれない。

だったらせめてと声を大きくしても、一度背を向けた背中が振り返ることはなかった。


上を向けばいつの間にか黒い影は2つとも消えていた。ただ一度見たら忘れることの出来ない記憶だけが、俺の見たことを正当化する。


「crimson cage…」


本当に血にまみれた檻だった。

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