壱日目(3)-②

- On The cage -


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檻の上に1つの影が見える。


その行方を見守るように、檻の中から無数の視線を感じながらも、外に立つ者は空を見つめ続ける。


犬笛に近い周波数の警笛があちこちから鳴らされているが、人ではおよそ聞き取れない高さの音を感じ、影はそっと耳を塞ぐ。


「何、お前托卵されたいわけ?」


「……」


「つまんねー」


視線を離したのはほんの少しの間だったはずなのに、気が付くと影が3つに増えていた。


影の1つは黒いフードパーカーと黒いパンツという出で立ちの、全身を真っ黒な衣服で統一したものと、ここの施設で“普通”の受刑者に支給されている内の1つ、黒い作業着を着た2つのものだったが、そのどちらもが『ある象徴』を示す黒いペストマスクをつけている。


黒い影の1つが大げさに肩をすくめた動作に、今まで沈黙していた影の1つが言葉を発した。


「……KINGの命令か」


「それ以外にオレらがあんたみたいなのを気に掛ける理由あんの?」


「……」


「ないよなー。オレらとお前、違うし?」


フードをかぶった若い男の声が、近所付きあいの一環としてありふれた日常会話をするような口調で、場に漂っていた緊張感を壊していく。


「“QUEENのモノ”のあんたを始末する理由なんて、聞かなくてもわかってんでしょ?」


しかし放つ言葉は物騒以外の何者でもない。


よく見れば言葉を投げかけられている人影が身に付けている衣服は白で統一されており、同じデザインのものを着用している無言を貫く人物のそれとは色が異なっている。


「……」


沈黙を貫いている真っ黒な作業着を着た人影が一歩前に出れば、それを見た人影が一歩後ろに下がる。

3歩下がれば足元が途端に覚束なくなる。急に訪れた感触に、これ以上進めないことを察した白い影は、それでも黒い影たちから目を離さない。


自らが足を踏み外すよりも、目をそらした瞬間に訪れるだろう事態の方が遥かに危険だと、本能が告げている。


「百舌鳥は…もう解き放たれたんだ」


「意味わかんない。つかさぁ、今は『KINGのターン』なんだけどさぁ、QUEENは言ってない訳?」


相手の謎かけのような言葉も、警戒心も、何もかも関係ない。そう軽く言い放つ黒のペストマスクの男は、マスク越しでもわかるような鋭い殺気を相手に放つ。


「だから迷惑かけたお前を殺すのはあっちの仕事なんだけどさぁ。KINGの命令だし?」


白い影が黒いペストマスクの影が首を傾げたのを見た次の瞬間には、自らの後ろに黒い影が忍び寄り、そっと背中を押した後だった。


「俺を殺しても……っ」


全てを言い終わる前に白い鳥は巣から落とされ、瞬間辺りに放たれた青白い光によって羽をもがれるも、背中を押した黒い影はただその様子を眺めるだけに終わる。


「はー…つまんねー。背中押すだけとか」


完全に鳥が消滅したのを見届けた後、溜息のようなものと一緒に言葉が吐かれる。

しかし、そこに哀愁のような殊勝な気持ちは一切含まれておらず、ただおもちゃが壊れたのを見た子供の様な感情だけが残されている。


「KING…」


今まで聞こえていた若い男の声以外の声が風に攫われるも、小さい響きを聞き取ったマスクの男が耳を塞ぐ仕草をする。


「あーあー!わかってる!だけどつまんないもんはつまんないもん!」


主は2つの影に命令した、『鳥を逃がすな』と。

方法は言わなかった。つまりどう扱おうがそこには目をつぶると暗に言われたとき、マスクの男は喜んだ。


しかし、2つの主はこうも言った。相手が自ら死を選ぶときは托卵せよとも。


後者を選ばれたことは男にとって望ましいことではなかったが、自分の感情をこの場の采配に持ち込むわけにはいかない。

それが“王の命令”である限りは。


それでも面白くないものは面白くない。直情的に感情を口にすれば、もう1つの黒い影にたしなめられる。


「……『DOLLドール』」


「うっせ、命令すんな。オレに命令していいのはKINGだけだ」


拗ねるように背を向け、黒い影はまぶしい太陽に照らされた陽炎に溶けるように消えた。

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