壱日目(2)
カードは1回きりだったのか。確かに何回も自由に行き来出来るようではこの場所が空中要塞なんて物騒な言葉で括られるようなことにはなっていないだろう。
(本当に巣みたいな造りだよな)
唯一行き来出来るのは樹に見立てられた施設を支える大きな支柱。
その中にカードを入れる場所だけがぽつんとあれば、察しが悪いヤツだってそこに何かを差し込む必要がある位はわかる。
ただかざすだけかと思っていたものはそのまま機械に吸い込まれ、程なくしてただの支柱だと思っていたものがエレベーターだった事実を知らせる。
どの位上ったのかはわからない。ただいつも見上げていた景色を、同じ目線で眺めることが出来る日が来るとは思っていなかった。
思ったより高いと思えばいいのか、思ったよりも地上に近いと思えばいいのか。
危険はすぐ近くにあったことだけを考えている内に、無機質な黒い鉄線が見えてくる。
「これが巣の外殻か……」
空中に巣が作られているかのように見せている多くの黒くて硬質なものは、無秩序に見えて、それも計算に入っているかのように緻密に作られていた。
(まるでこれじゃ…蜘蛛の巣だ)
同じ巣でもただ卵を守るだけの枝の集まりではなくて、餌をおびき寄せるために張り巡らされた蜘蛛の巣のように無数に天へと伸びているものは、中央に守るべきものを鎮座させていた。
見上げるようにそびえたつのは、真っ白い球状の建物。この球体の建物こそが刑場『crimson cage』。
「……」
思わずつばを飲み込む。
単純にこの場に漂う感じたことがない空気に圧倒されているだけじゃないのは、もっと奥底の本能的なものが感じ取っていた。
(ここ…ヤバい)
不意に蕨の言葉を思い出す。
『茶化すな。ここはマジでやばいんだって』
辺りには人工物以外の風景で、空が見えているのに、それも何故かモノクロに見える。何もかもが造られた人工物のような気がして、人間らしいものも、自然らしきものの何もない。
風さえもコントロールされているかのように、髪の毛を撫でる感触も伝わってこない。
ただそこに建物があって、その奥には顔さえも一般的に公開されることなく一生を終える者達が閉じ込められている。
(ここにいる奴らは…犯罪者)
それを強く意識に植え付けられているような気持ちにさせられ、進む足が遅れそうになっていたのを見ていたかのように、入り口に人影が立っていた。
それから延々とその人物の後ろ姿だけを追っている。
どこまで歩いたのかわからない。上に上っているのかそれとも並行移動しているのか、すっかり平衡感覚はおかしくなっている。
(ここはどこだ……)
どれ位歩いているのかもはっきりしない。持ち物は入り口の持ち物検査で手帳と手紙以外全て没収されている。
ここで得た情報を一切外へ出さないためなんだろうか、それにしても時計すら没収されるなんてやり過ぎな気もするんだが。
「施設は脱獄を防止するためにあらゆる手段を講じて作られていますから」
(くそ、俺の心を読むなよ)
執事の様な制服を来た所長は振り返りもせずに言う。顔が思いっきり渋い顔になっていたから、その態度はありがたいと思うが、この場所柄どうしたって不気味な感情が消えてくれない。
ぶつぶつと文句を心の中でつきながら、蕨に教えてもらった一般的には出回っていない情報を復唱する。
『多分この手紙を渡すとしたら、巣の番人か…』
自らをここの
(KINGか…)
ここの刑場にいる中でも凶悪な犯罪者として特別な管理が必要とされている奴ら、別名を『永久欠番』。
その内の1人で、過去何度も難事件に捜査協力をしている受刑者の名前が『KING』。
本名も何もかもが檻の中に入った段階で消滅する。
そいつに残されるのは認識番号しかないらしいが、冠名を受ける奴らは番号ではなく、そういう不思議な呼び名で呼ばれているらしい。
ただその存在は当然捜査上公にすることも出来ず、その人柄を示すものは何も残されていない。
『だけど当然上は知ってる』
(叔父さんは知ってる…)
それがわかると、少し前に叔父さんが言っていた言葉の意味がほどけていく。
今は証拠にならない証拠を持っていたこと
事件が明るみになる前に知っていたこと
(叔父さんは…もしかしたら)
目印になるようなものは何も見つからないまま真っ白な階段を上り下りを繰り返し。相変わらず前の男は何もしゃべろうとしない沈黙の中、自分ともう1人の足音を聞きながら考えを巡らせる。
『深入りするなよ』
(言われなくたって深入りするつもりはない…けど)
特にこういう、感情を押し殺して生きてきた奴らはどうやったって馬が合わない。
頭がいいヤツもそうだけど、腹黒いヤツは特にダメだ。
(だけど叔父さんは違う…叔父さんは何かをここから見つけようとしているんだ)
「本日はQUEENには生憎拝謁出来ないが……」
抑揚も付けずに唐突に話しかけられて、思わず足が止まる。さっきまで規則正しく後ろから聞こえてきた俺の足音が聞こえなくなったのを、しかし不思議だとも変だとも思っていないかのように、速度を変えることなくすたすたと先へ進んでいこうとする。
「あ?えと、そ、そうか…」
思わず敬語が抜け落ちたが、早足で追いつきながら言葉の意味を何とか噛み砕く。
(QUEEN……拝謁…まるで敬っているかのようだった)
ただの受刑者なのに、ましてここを統括しているのはこの人のはずなのに、言葉の中には敬う気持ちと一緒にもう1つ、適当ではないものも含まれていた気がする。
(何で怖がっているんだ……?)
一生出られない名前もない奴らを従えているはずなのに、その関係性すら怪しくさせる言葉に、折り合いがつけられる証拠は何もない。
(そもそも何でKINGにQUEEN…)
「KINGはあなたとお会いになられるのを楽しみにしておいででした。ぜひ楽しいひと時を」
刑期を終えない内に一生を終えるような者ばかりだから、その受刑者達の中ではどうしたって多少の上下関係が出来るのは納得出来るが、この人はその上下関係とは無関係な立ち位置にあるはずだ。
しかし、口調はあくまでその2人を敬っているようなもので、それも偽りや皮肉からではなく本心からであるのが伝わってくる。
(その2人に一体何が……)
「そうそう」
ぴたりと止まると、そこでやっとずっと前を向いていた顔が振り返る。
「後ろが出口ですから」
「!?」
ばっと後ろを振り返り、そこでしまったと思ったときには遅かった。
後ろに続くのはどこまでも続く長い廊下で、その先に細い光が見えている。だが見えている光が入り口であるはずもなく、前でかすかに笑う気配がする。
(完全に……入り口すらわからなくさせるつもりだったのか)
そんな用意周到なことをしなくても、もうここが巣のどこになるのか、太陽の姿すら見えないこの場所ではわかりようがないのに。
「わざわざどうも…」
皮肉たっぷりにそう返事したつもりでいたが、その虚勢とは反対に、自分の声はほんの少し掠れて響いた。
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