前夜②
「わかんねーから……お前に頼んでんじゃん」
「はいはい、お前そういうヤツデスヨネ。まー頭で考えるの苦手だもんなお前」
「お前は得意だしな」
洗濯し終わっているのかそれとも着た後なのかもわからない大量の衣類が上に乗っているベッドの上に目をやり、蕨が画面にくぎ付けになっているのを確認していそいそと畳み始める。
大きく左右に2つの畳んだ洋服の山のふもとに寝転がれば、天井の木目が映り込む。
真っ直ぐ直線に伸びた木目を見ながら、俺の気持ちもあれだけ真っ直ぐにいられたらこんなもやもやも晴れるんじゃないか。そんな変な考えが唐突に浮かんでは消える。
「てかこれ、俺以外に簡単に見せんなよ」
「…?意味わかんねぇんだけど」
ぼんやりと天井を見ていると、いつものこいつからは考えられないような神妙な口調で返されて、自然と眉間に皺を寄せながら体を起こせば、パソコンの前に陣取っているぼさぼさの頭がくるりと俺に向き直る。
「そのまんまの意味」
「蕨?」
また画面に向き直ると、俺の視線を感じながらも両手が淀みなくキーボードを叩きだす。背中越しに画面を覗き込めば、どこかもよくわからない建物の入り口らしきところが映し出されたモノクロの映像が映り込む。
「あれ?すぐに消えた」
「当たり前じゃん。俺でも視界ジャック出来るのは数秒が限界」
(超凄腕のハッカーのこいつが?)
今となってはそれを取り締まる側に回っているとは言え、出会った頃は結構やんちゃで、法すれすれどころかがっつり黒いところを堂々と歩いていたこいつには、ネットの波の中では出来ないものはないなんて豪語していたし、俺もそれは認めていた。
仕事上から言えばこんな裏ワザを使うのはなしなのかもしれない。
だけど逆を返せば結果論が求められる仕事だからこそ、こいつの力を認めて、行き詰ったときの捜査の頼みの綱にするのは卑怯でも何でもないはずだ。と思うのは身内びいきの意見になるのかもしれない。
でも、それでも俺は事件を迷宮入りにさせて悲しむ奴がいるんだったら使えるものはなんだって使いたい。
偽善でも行き過ぎた正義だと言われても、俺と同じ思いをするヤツは1人でもいない方がいいに決まっている。
俺がそんな気持ちを隠しているのを知ってか知らずか、今はグレイゾーンをのらくらと歩いて遊びながらも、元々の世話焼きの性格も手伝ってか何だかんだと俺の仕事も調べてくれることにこっそり感謝していた。今までは百発百中だった。
だから思わず本音が出る。
「ネット界の
「茶化すな。ここはマジでやばいんだって」
(こいつがヤバい?)
何だか初めて聞く言葉のオンパレードに、頭がうまくついていかない。
「いいか、まずお前に渡されたこれ」
俺の容量がいっぱいいっぱいになっているのを察した蕨が、茶封筒に入っていたものの1つを取り出す。
出てきたのは1枚のカードキーらしきもの。ただそこには何も書いておらず、首からぶら下げてもいいのかわからない、ただの四角くて堅いものという認識しか出来ない。
唯一ヒントとしてもいいのかわからないが、カード全体が赤…いやもっと血の色に近いような真紅で染められていたこと。
「これは…カードキーだ」
「いや、それ位は俺でもわかるし」
神妙な顔をして何を言い出すのかと思えば、さすがに小学生でもそれ位はわかる。バカにしているのか?と顔を渋くするも、相手は神妙な顔を変えない。
「“かっこうの巣”のだ」
「!!?」
顔が一気に強張った俺を見て、蕨が一呼吸置く。
「あそこの正式名称はわかってるよな?『
後2つあるカラーと呼ばれる刑場。その中でもとりわけ目について、とりわけ危険視されている刑場のイメージカラーは、刑場の名前からダイレクトに取られている。
「それ……」
蕨が持っている1枚のカード、色がさっきより鮮やかに見える気がするのは、それが今まで縁がなかった場所への交通を可能にするものだという認識が出来たからだろうか。
毒々しいまでに真っ赤なカードは、何も語ることなく目の前にただ存在する。
「んでもう1つ」
茶封筒の中にあったのは全部で2つ。1枚目の存在意味が判明したカードキー。
そしてもう1枚は、俺達が何よりも縁がある印がはっきりとつけられていたもの。
「中身は確認しようがないけど、これは巣の関係者に宛てて書かれたもの……。護官の印があるから間違いない」
(叔父さんの上……俺達のトップからの手紙が…どうして)
『その2つを持って行って欲しい』
(叔父さんは何も言わなかったけどわかってたんだ)
俺がこいつを頼ること、そしてこいつが俺が渡された2つのものから、この結論を導き出すことを。
「………頼まれて」
それだけを言えば、蕨は俺が直接誰かから頼まれたと言わなくても相手を察して、メガネのつるをあげる。
「さしずめおつかいってとこか……。かっこうの巣に行かせて何する気なんだろ」
(それがわかれば苦労しねぇよ)
蕨が首を傾げているけど、俺はその何倍も意味が解らない状態なんだ。入り口の様子を数秒見て、画面越しにもぴりぴりとした空気を感じた。
どうやら今は何かを警戒しているのか、ネット上にわずかに残っていた情報もほとんどが消されている事と、何か関係があるのかもしれない。それがこいつが導き出した結論だ。
「内部構造は全くわかんない。気をつけろよ大護」
「ああ、何かちらっと映ったのはわかった」
「ん?そんなのあった?」
さっき入り口が映った数秒、その中に奇妙なものが映っていた。
「映っていたっつーか……変なのが…」
「ややや、やめろ!お前が見えて俺が見えないって言うと“アッチ”系のことしかないんだから」
「……」
ネット世界では敵なしのこいつは、根っからの怖がりで、こんな足の踏み場もないようなプチゴミ屋敷に住んでいるくせに、幽霊の類は苦手なのは今も昔も変わらない。
(俺だって見たくて見てるわけじゃないっつーの)
だけど、あの数秒じゃ見えたものが『あちら側』のものなのか、それとも全く関係のないものなのか判断はつかない。
「行くしか…ないのか」
答えは全てあの檻の中にある。
叔父さんが俺に何をさせようとしていたのかも、どうしてあのことを隠していたのかも。何もかもがあそこに行かなければはっきりしない。
だけど、はっきりしたものが正しいものなのかは、もしかしたら永遠にわからないのかもしれない。
そのときの俺は、そんな単純なことも、わからずにいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます