前夜①

信じたくはなかった。だけど目の前にでかでかと見せつけられる事実に、怒りよりも浮かんできたのはたくさんの疑問で。

それもうまく表現出来ずに机に突っ伏す。


「先輩、寝てるのバレたら怒られますよ」


(放っておいてくれ…頼むから)


「これで3件目の被害者が出た。今度は男性が被害に遭っている。くれぐれも情報の取りこぼしはないように…」


うちの署長が、事件の事態を説明している管轄署の署長の言葉を聞きながら前で渋い顔をしている。だが何となく視線を合わせるのが怖い。


(俺は知っていたんだ…)


あの人が、こうなることを。


「死後3日経過している。今回は目立たないところにいたせいで発見が遅れて……」


(ウソだ…本当は死んだ日の朝にはわかっていたのに)


しかし今までそれをしゃべらなかった俺は同罪で、これ以上被害を出さないようにと決意を新たにしている仲間と一緒に声を張り上げることが出来ない。


昔から嘘は苦手で、だったらどこまでも正直でいようと、そう思ってきた。ガキの頃から意地にも近いこの信念は、親父には呆れられて、母さんには苦笑されたけどこの年になっても曲げられない生き方だったけど、それでも今までは不器用な生き方でもいいなんて思っていた。


それを生まれて初めて曲げて、こんなに嫌な思いをする位ならずっとそうしてくればよかった。周りは信じてくれないかもしれないけど、俺は俺を守ることが出来た。


(…叔父さん)


それが出来なかったのは、俺よりもずっと賢い生き方をしてきた人で、俺の命の恩人。


(叔父さんはむやみにこんなことをする人じゃない)


だけど、答えがわからないままだと正直しんどすぎる。


答えが俺に今回は正しかったなんて言ってくれるかどうかわからないが、少なくとも今は正しいとは思えない。だから苦しいし、顔を上げることが出来ない。


「おい、御槃。具合悪いのか?何か顔色悪いぞ」


「…班長…」


「じゃあ新塾はサイバー対策本部と合流。御槃は残れ。練馬ねりま次官がお前をお呼びだ」


「……え……」


少し前まで考えていた人物の名前が出て思わず声が裏返ると、俺の様子を見ていた周りが「なんだ、また怒られるようなことしたのか?」とおちょくるように笑っている。


(そんなんじゃねぇよ)


会いたかったが、こんな気持ちを持て余したままなのはきっと目の前に立てばすぐにわかってしまう。だから、会うのが怖い。


(疑っている訳じゃないのに)


「……」


どうしても視線が訴えるようなものになってしまう。それでも相手はこの前会ったときと同じように、非常階段からわずかに体を出し、後ろ姿だけで俺に次に何をするべきかを伝えてくる。


「……叔父さん」


「大護」


いつもと変わらない口調、形式ばった口調を咎めないスタイル、いつもと何も変わらないそれが、今日はなんだかひどく奇妙な印象を受ける。


振り返った顔は相変わらず冷たい印象だけを与えて来て、今日は特に強く感じさせる。

本当は誰よりも正義感が強くて、悪を憎んでいて、俺の誇りなのに、いつもは真っ直ぐ見つめて伝えることが出来ていた気持ちは伝えるのが怖くて、視線と合わせられずにどうしても下を向いてしまう。


(ああ!くそ)


振り払うように頭を振っていると、俺の変な葛藤を早くも見抜いた相手がふっと笑う。


「俺のことを軽蔑しているのか?」


「……」


「言ったはずだ。現時点では証拠にならないと」


「…なら…なんで」


(あのとき俺に)


「何故あのときお前に見せたのかと言いたいのか?」


回りくどい言い回しにうなずくことも出来ずに舌打ちすれば、どちらかのかわからないスーツの擦れる音が聞こえる。


「大護、俺は言ったな」


「許可が下りれば、お使いを頼みたいと」


下を向いたまま合せない視線に合わせるように、すっと1つの茶封筒が映り込む。


「お前に頼みたい。この事件を、解決するために」


ゆっくりと上げた視線の先には、決して戸惑いも表さない2つの瞳が俺を見つめていた。瞳は今はいない親父と同じように見えて、叔父さんと親父が兄弟だということを強烈に印象付ける。


その瞳に映る俺の目は、揺るがない瞳とは対照的に、ひどく曖昧に映った。


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「へー。それがその資料?」


カタカタと規則的な音が聞こえる。周りにはこれでもかと色んなコードがあちこちに散らばっていて、いつかこのどれかがショートして火災でも起こすんじゃないか。そう考えて数年は軽く経つ。


片づけようとしたことも数年前からそれこそ数えきれない位あるが、少しでもいじればお局のように「俺のテリトリーを勝手にいじんな!」とものすごい剣幕で怒鳴る。


全く、そのエネルギーの少しでもいいから、この部屋の片づけに回してほしいもんだ。


「そんなとこ。わらび、何かわかるか?」


「何かって超曖昧なんですけど…」


ブルーライトメガネをかけた瞳がじっとりと俺を見つめ、大げさに肩をすくめる。

その間にもカタカタと規則的な音は鳴り続け、こいつの思考の代わりと言わんばかりに処理を続ける。


「てか大護、“この資料”どこから手に入れて来たのさ」


「……言えない」


「…。じゃこれがどんな資料なのかはわかってんだよな?」


「……」


「おいっ!?それ位はわかっとけよ!」


ボタンを掛け違えているワイシャツを着た相手がびっくりした気持ちとは無関係に、反射的につっこみを入れてくる。

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