数日前①
(うおー……眠ぃ……)
何とかあくびを我慢していたが、ふと気を抜いた瞬間に湧き上がる眠気に机に突っ伏してしまいたくなる。
(退屈なんだよなー…)
そんなことを考えているなんて分かったら絶対に上司には怒られそうだ。しかし、こうも進展もしない会議の話を聞いていれば誰だってこんな愚痴をこぼしてしまいたくなる。
「今月に入って発生した殺人事件だが…」
(だいたいなんで殺人なんて)
それを言ってしまえば元も子もない話になりそうだが、警護官になって数年経った今でも犯罪者の気持ちは理解出来ない。
勿論色んな理由があってそうせざるを得なかった人だって存在するのも事実であるし、それをだから仕方ないなんてことも言えない。
だが、中には快楽が理由だったり衝動的なものだったり、怨恨だったり、はたまた精神的な不安や強迫観念から殺人に走るヤツもいる。
そいつらの気持ちはわかりようもないし、そんな理由ならわかりたくもない。
『だから俺達はそいつらを捕まえる』
(そうだよな…叔父さん)
わからないものを理解しようなんて頭のいいことは俺には出来ない。だったら少しでもみんなが安全に過ごせるように守っていくしかない。
ふと目に入った自分の腕をさすりながら、昔言われた言葉を思い出していると、いつの間にか周りが騒がしくなる。
「おら、お前も座ってねーでいくぞ」
「う、うす」
「
池野内班長に言われるがまま席を立とうとすると、何故か後ろから署長に呼びとめられる。
「お前はちょっと来い」
「?何ですか」
そういえば朝の会議でも署長の姿は見えなかった。しかし別にどうということはないし、上役の仕事はそれ以外にもたくさんあること位は言われなくても理解している。
だが今日に限って言えばどうもそのことが頭にひっかかってしまって、なかなか納得することが出来ないでいた。
だからか口調が自然と伺うようなものになって、心の中で気まずい舌打ちが零れる。
(だったら何だってんだよ)
だから何だ、そう言い聞かせれば済むはずなのに、段々と人気のない非常階段まで無言を貫かれれば、眉間に皺まで寄ってきてしまう。
「お前は相変わらずだな」
「!」
行き止まりかと思っていた場所に署長以外の声が聞こえるが、身構えるよりも先に懐かしさの方が込み上げてつい声が大きくなる。
「叔父さん!」
「次官、よろしいですか」
「ああ。ありがとう」
(何で叔父さんがここに?)
俺が勤めている新塾署は大きな組織で言えば
さらにサイバー対策関係と、人身が絡む関係のざっくりと2つに分かれている『警護官』の仕事は、昔に
それがどうして一度完全に崩壊したのか、そのブラックボックスを説明してくれるお偉い人は誰も存在しない。
ただ、過去に大きな事件があり、警察組織が一度崩壊し、再度編成されたのが俺達警護官で、そこのトップに君臨する長官の次のポスト、それが今も昔も変わらず“次官”と呼ばれている超エリートだ。
叔父さんがその次官に着任したのは、俺の親父の事故も多少絡んでいるようなことは小さい頃聞かされたが、今になってまでそのことについてあれこれと詮索したいという気持ちもない。
今も昔も俺の中で親父と叔父さんは正義の味方で、憧れの存在であることには変わりはない。
「どうし…と。失礼しました。自分に何か用ですか?」
居住まいを正して敬礼しようとすれば、やめろとばかりに鼻で笑われる。
「敬語も敬礼もいい。お前に使われるとどうも変な気がしてたまらん」
「変って…。叔父さん、自分の立場をわきまえた方がいいですよ」
「お前は相変わらずだな。元気そうで何よりだよ」
叔父さんはそう言ってほんの少しだけ笑う。
昔から笑うのが苦手だと親父に言われていた通り、今でもその癖は抜けていないのか、鋭い眼光と少ない表情から冷たいヤツだと陰口を叩かれているのは下っ端の俺の耳にも入っている。
それだけ大々的に広まっていることは、叔父さんが若くして高いポストについているのを面白いと思わない奴らの僻み《ひがみ》の表れなんだろうけど、本当は誰よりも犯罪を憎み、多くの事件を解決してきたことは俺が1番よくわかっているつもりだ。
「許可が下りれば、お前にお使いを頼みたい」
「おつかいぃ?」
イキナリ突拍子もない言葉に口が苦虫を潰したようになったが、向こうは至って本気なのか表情を全く変えない。
いつもぱりっとしたストレートタイプの細身のスーツをかっこよく着こなし、メタルフレームがきらりと光った気がしたけど、それが余計に冗談ではない事を端的に伝えてくる。
「……しかも許可って何だよ」
だからと言って言葉をそのまま受け取れば、子供でも出来そうな細々とした雑務を予感させるもので、いつまで経っても俺を子ども扱いしようとする気持ちにどうしたって面白くない気持ちが隠せない。
元々隠し事は苦手だ。頭だって叔父さんみたいにいいという訳でもない。
辛うじて国家試験には受かったけど、それも周りから言わせれば親の七光りの上に身内びいきも混じっているんじゃないか。
そんなことを言われても言い返せる言葉がない位だ。
「そう拗ねるな。少なくとも子供では出来ない事だ」
(ちぇ)
お見通しという訳だ。
口をへの字にしながら傍にあった壁に寄りかかって、とりあえず言い訳位は聞いてやるというスタンスを取れば、叔父さんは少しだけ鼻で笑った後、1枚の写真を俺に見せる。
「!これ……っ」
ちらりと見た視界の先には、朝散々話題になっている連続殺人事件の被害者らしき男性が映っている。
だが1つ違うのは、朝の定例報告で聞かされたのは『女性の被害者』で、今まで被害に遭ったのはいずれも『女性』であることと、『手口と犯行現場の様子が全く同じだった』それから導き出して、同一犯による連続『婦女』殺人事件となっていたはずだ。
なのに今目の前にある写真に写る人物は、どう見ても男で、しかもそんな被害者が新しく現れたという報告は誰もしていない。
「叔父さん…これ……」
「今観たものは口外するな」
「口外するな……って……」
ますます意味がわからない。確実なのは叔父さんが俺達現場の警護官が知らない新しい被害者の写真を入手していて、しかもその情報を教えようとしていない事。何かを隠そうとしている事だ。
「納得いかないって顔しているな」
「あ、たり前だろ!!何考えてんだよ!!」
今この東響とうきょうで起こっている連続殺人事件。それは雨の夜に起こり、次の日にある特徴的な死体があがることから、マスコミはこの事件をこう呼んでいる。
『
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