壱日目⑴-②

- goes back slightly -

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野太い男達の声に混じって女の声も聞こえるが、いずれも穏やかではない声に、しかし理由を知らずに眉をひそめる者達はいない。


「赤一本!!」


「よぉしっ!」


隅にいた男達と中央の男が一斉に赤旗をあげると、仮面をつけていた男は竹刀を持っていた右手を高く掲げる。


「いいぞー!!」


少し高い場所には男と同じように勝利を喜ぶ男達の姿が見える。

その近くには横断幕と思わしきド派手なカラーリングが施されたモノに『必勝 新塾しんじゅく』と書かれている。


赤い目印がついた面を外した下には、短髪で力強い瞳が印象的な1人の若い男の顔が現れる。

まだ幼さを残している顔立ちとは対照的に、この対抗戦で誰よりも強かった男は、駆け付けた仲間に向かっていたずらっ子のように笑いながら歓声に両手で応える。


「先輩、マジかっけーっす!!」


「ホント強かったんすね!」


「やっぱいつも暇があれば筋トレとかしてる人は違いますね!」


「こら!お前ら先輩をもっと素直に褒めろ」


ヘッドロックをかける男の腕は細くてもしっかりと鍛え抜かれた印象を与えるが、それが単なる暴力としてではなく、仲間の労をねぎらうために振るわれていることは、囲んだ顔見知りでは誰でもわかっていることだ。


「よくやったな『御槃みたらい』」


屈強な男達の影から1人違う恰好をした男が顔を出す。


「あ!署長!見に来てくれたんスか」


「こら!署長にちゃんとした敬語を使え!!」


「はっはっ!お前が指導している奴らに敬語なんぞ期待してないわ」


剣道の面を外した男は、名前を呼んだスーツ姿の壮年の男にくだけた言葉を向けた若い男達に一喝したが、怒られた相手は、それもどこかうれしそうに眉根を下げる。


「署長!大護だいご先輩が優勝したら焼肉って話忘れてないっスよね」


「ったく、お前はそればっかだな」


「だって大護センパイが署長と約束取り付けたって…」


「女っ気より食いっ気ってか。“みたらしだんご”チームは」


「お前なぁ、それ気にしてんだから言うなよな」


「いいじゃないっすか、オレだんごチーム好きっすよ」


「そういう問題じゃないっつの」


同僚が茶化して言った言葉に高校生のような反応をしている男達と、それをたしなめるように眉根を下げる男はれっきとした成人で、れっきとした『警護官』だという事はここにいる全員が把握している。


何故ならばここがその警護官達が日頃の訓練を披露するために開かれている剣道大会で、その中で先程華麗な1本勝ちした男は、れっきとした『新塾署』にある花形部署、『犯罪対策課(犯対)』の警護官の1人なのだから。


「……」


そこから男達の様子が一望出来る場所に、おおよそ場の雰囲気にはそぐわない2つの人影が立つ。


「彼はどうですか?」


仲間に紛れて楽しそうに笑う男をいつからか監視していたかのように、抑揚のない口調が何かに対して問えば、その何かは何も言うことなく視線を下に向ける。


「若いですが、実力は先ほど見ていただいた通りです。“簡単に壊れない”と思いますが」


「壊れない…ね」


同じように抑揚のない口調が投げられたが、先程まで事務的な発言しかしなかった相手が、そこで初めて皮肉めいた発言をする男であったことが知らされる。


「あなたの管轄する“場所”にいる者達に比べれば、おもちゃのようなものだと受け取っても仕方ありません」


「……」


男は下で仲間に囲まれている男を無表情に見る。観察していると言った方が正しい。


剣道着の下に隠された筋肉を、骨格の組成を、ありとあらゆる外見から認識出来るもの全てを把握しようとする視線を感じたのか、男がふと辺りを見回している。


「あなたの殺気ではない視線にも気が付いたようですね」


「……」


試合中意図的に向けた暴力性を含んだ視線を投げかけたときは、それをこちらが意識的に向けようとする前に視線の出所を探す仕草が認められた。

そこから導き出されるのはいくつかの可能性であった。


「“素養”はあると思います」


「……ふむ」


肯定とも否定とも取れない反応であったが、相手が初めてわずかにも反応を示したことに、スーツ姿の男は目を細める。


「いかがでしょうか?」


「……」


男は最後に1度男を見た。若く、強く、そしてまだ組織の何にも染まっていない。


「『KING』に…お伺いを立ててみよう」


それだけを言い残し、男は背を向け、いつの間にか会場から姿を消していた。

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