数日前②
過去2件では1人は電柱に、もう1人は学校の避雷針に、それぞれ
だが猟奇的な殺人事件のはずなのに抵抗の痕は一切なく、また性的な暴行を受けた形跡もない。ただ恰好だけが不気味さと残酷さを物語っていて、そこに隠されたメッセージも犯行声明も存在しない。
俺が先ほど見た写真は前の2件と同じように鋭利なもので体を貫かれていたが、同じように辺りが濡れていて、争ったような痕跡はなかったように見えた。
「全く同じじゃねぇか!しかも男!2つの事件ではなかったものだ!」
「……」
「現場は雨に濡れていた後だった!しかも撮られていたのは夜だった!一体誰が撮ったんだよ!?いつも発見は“朝”だろ!!」
「……よく見えたな。あの一瞬で」
場所を考えずに声を荒げるも、叔父さんは俺の苛立ちも何もかも受け止めて、ほとんど表情を顔に出すことはしなかった。
それが余計に腹立たしくて、悲しくて、懐に仕舞うことなく持っていた写真をひったくるように奪い取る。
「ふざけんなよ!俺が目がいいのは知ってんだろ!叔父さんみたいに頭は良くないけど、これが大事なもの位はわかる!」
「返せ」
「ふざけんな!これは今後の捜査に絶対役に立つものだ!!」
「返せ、大護」
「嫌だ!!」
駄々をこねるように叫べば、少ししてメガネが何かに触れるような硬質な音だけがむなしく響く。
「返せ、それは“証拠にはならない”」
「!?」
一瞬強張った体の隙を見逃してくれず、俺の手元から唯一の新しい証拠が引き抜かれる。
「叔父さ……っ」
「睨むな。言った通りだ。これは証拠にならない」
「現、時点では」
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(叔父さん)
証拠になるはずだったものはまだ提出されない。それどころか犯人像もはっきりしない敵を追い続ける毎日しか俺達には許されていない。
プロファイリングでは相手は猟奇的な思考を持つ男性ということになっている。俺もそれを聞いたときは納得もしたし、あんなことを出来るのは男だという考え方は未だに捨てられない。
上は過去犯罪歴があるヤツを重点的に、過去に同じような事件がなかったどうかを洗っていたが、多くいる犯罪者でも、今回のような百舌鳥の速贄を意識させるようなものは探しても見つからない。
まして電柱の上なんて荒業を出来るヤツはもっと限られてもいいはずなのに、該当者は誰もいない。
焦りだけが生まれて、その度叔父さんに見せられた写真がちらつく。
(くそ、もっとちゃんと見ればよかった)
そうしたらもっと新しいことがわかったかもしれない。叔父さんが見せてくれたモノが果たして何だったのか、あの後何も言わずに俺から遠ざかってしまった後ろ姿は、振り返ることがなかった。
(どうすりゃよかったんだよ…)
「おい、御槃」
「!」
「お、おい。何だよそんなにびびんなよ」
「や…すんません…」
考え事をしている内に聞き込みのルートを外れてしまっていたようで、一緒に回っていた同僚から声がかけられる。
「どうした?腹でも減ったか?」
「いや……その……」
(まさか事件の新しい証拠らしきものを見ましたなんて…言えねぇよな)
何とか誤魔化そうとない頭を絞り出し、「たま」と出たところではっとする。
(たまたま証拠を見ちゃいましたとかじゃねぇよ!!)
「あ?たま?」
「たま……卵と鶏ってどっちが先なのかなーって!あ、あはははっ……」
(うわ、すっげぇ無理やり…)
これは完全に怪しまれるパターンだと覚悟していれば、返ってきた言葉は何故か俺の考えを肯定してくれるようなもので。
「あー、確かに『あれ』見てりゃ卵とか思いたくもなるわなー…」
(…は?)
空を見上げながらうんうんとうなずく視線に合わせて空を見上げれば、それは薄ぼんやりと光っているように見えて、思わず空に月が2つ浮かんでいるような錯覚を覚える。
「あ……」
「『crimson cage』かぁ。俺はどっちかって言えばもう1つの名前の方がらしい気がするな」
いくつもの黒いワイヤーのような強化鉄線で辛うじて地上のものであると思わせてくれるそれは、いくつもワイヤーが複雑に絡み合っているからこそ鳥の巣のように見せる。
そしてその中央には、卵型の真っ白な球体。
「……『かっこうの巣』……」
「そうそう!かっこうだ。…なぁ御槃、見たことがあるか?」
「何をですか」
「…“
托卵、卵の世話を他の個体に托する動物の習性のこと。巣作りや抱卵、子育てなどを本物の親にではなく仮親に托す行為で、一種の寄生といってもいい。
「……ない…ですね」
「まーそうだよな。人が空から降ってきてもだいたいは『巣』に引っかかって焼け死ぬって言うしな」
「……」
俺達があの刑場をかっこうと揶揄するのは、何もあそこが外界から隔絶された終身刑務場だからという訳じゃない。
かっこうの雛は比較的短期間で孵化し、だいたいは巣の持ち主の雛より早く生まれることが多い。
孵化した雛は巣の持ち主の卵や雛を巣の外に押し出し、仮親の唯一の雛と成り代わる。
だからあそこはかっこうの巣と呼ばれている。
(空から人が降ってくる…か)
決して刑期が短くなることもなく一生を巣の中で過ごす鳥達は、自分達の様々なものに絶望してなのか、押し出されるようにして身を投げ出す。
もしかしたら『何か』に押し出されるようにして死んでいるのかもしれない。そう考えさせられるのは、いつもどこかで誰かが巣の上に立っているのを目撃されているからだろう。
『まるでかっこうが托卵しているようだ』
いつしか付いて回り出した噂、それがあの終身刑務場“crimson cage”をかっこうに例え、中にいる奴らを『鳥』と名付けるようになったきっかけなのかもしれない。
仮親の育雛本能に依存して餌をもらい、成長して巣立っていくかっこうとは違い、あそこにいるヤツらは一生飛び立つことを許されない。
それだけ重い罪を背負って、あの籠の中で一生を暮すことを義務付けられている。
「今回の“百舌鳥”も…もしかしたらあの檻から抜け出した『鳥』だったりしてな」
「それ……」
「ははっ、冗談だよ。あそこは脱獄は不可能だ。そいつはお前も知っているだろ?」
「……」
どういう基準であそこに収容されているのかはわからない。ただ入ったヤツは出てこれないことと、異様に自殺率が高いこと。
中は
中にはどんな奴らがいて、どんな罪を背負って、どんな風に生きて、死んでいくのか。
ほんの一握りの刑部官だけが知らされて、巣を守るようにそいつらも下界へは滅多に降りない。誰でも知っていて、警護官の俺達でもそれだけしか知らされない。
「……crimson cage(血塗られた檻)か……」
空に浮かぶ巣は、今日も俺達をただ黙って見おろしていた。
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