第5章 空白の頁に黄金を

 覚悟を決めたエクス、レイナ、タオ、シェイン。そしてチェシャ猫と時計うさぎはハートの女王の城の前までやってきた。

 彼らの前にそびえ立つそれはなんともおぞましい雰囲気を漂わせていた。


「いよいよだね。」


「えぇ。決着をつけるわよ。」


「おうよ。」


「はい。」


 チェシャ猫は隣に立つ時計うさぎの方を見やる。


「君は?」


それに対して時計うさぎはチェシャ猫の目を見つめた。


「私はもう迷ったりしません。必ずあの子を、メアリーアンを止めてみせます。そして今度こそ必ず守ってみせます。」


チェシャ猫の瞳の中には強い意志で満ちた表情を浮かべた時計うさぎが映っていた。


「ふふふ。心配無用だったね。」


そんな時計うさぎを見てにこりと笑う。

 その時、目の前の大きな門がゆっくりと重々しく開かれた。開かれた先には多くのトランプ兵たちとヴィランたちが待ち構えていた。


「これはこれは。また盛大なお出迎えですね。」


「何が怖いってこの状況に慣れてしまっている自分が怖いわよね。」


「ははは。それは一理あるかも。」


「さぁて、そんじゃまぁ、いっちょ喧嘩祭りをやってやるか。」


エクス、レイナ、タオ、シェインは『導きの栞』を構え、チェシャ猫は弓を、時計うさぎは杖を構えた。すると、一斉にトランプ兵とヴィランの大群が襲い掛かってきた。




「カラスと書き物机は何故似てる?」


「キラキラ夜空を羽ばたくコウモリよ。」


「「我ら愛と正義のマッドティークラブ!見参!」」


 城内でポーズを決めて声高々にセリフを紡ぐマッドなふたり組がいた。ハッターと三月うさぎだ。しかし、彼らの周囲には誰もいなかった。


「…誰もいないな。」


「…誰もいないね。」


呆然と立ち尽くすふたり。


「全く。折角の決め台詞が台無しだな。」


「あちゃ~って感じだね。さっきまでそこらじゅうに兵隊さんたちがいたっていうのに急に静かになっちゃって。」


 エクスたちと別れたふたりは城の後方から侵入していた。


「あいつらもうまく乗り込めただろうか。」


「きっと大丈夫だよ!だってあの人たちすっごく強いから!っていうかここどこ?!」


三月うさぎは辺りをきょろきょろ見渡す。辺りは薄暗くいくつもの鉄格子で遮られた小さな個室が設けられていた。なんとも寒々しい空気を感じさせる。


「ふむ。おそらく牢屋だろうな。」


「牢屋?!」


「おそらく捕まったやつらは皆ここの牢屋に入れられ裁判の日が刻々と迫るのを待たされていたのだろう。」


「ひっどい。…こんな不気味な所さっさと出ようよ。」


「あぁ。なんとしてでも敵を討つぞ。」


「うん!」


ふたりが部屋を出ようとしたその瞬間だった。


「待って!」


突如何者かの声が響いた。


「?!」


「ひっ!誰?!」


「その声…三月うさぎね…!ハッターも一緒なの?」


「…君は…。」





 エクスたちはトランプ兵たちとヴィランたちと激闘を繰り広げていた。


「おらおら!トランプ兵共、トランプだけに切って切って切りまくってやるぜぇ!」


「タオ兄、寒いです。」


 ダジャレはともかく、タオは宣言通り次々に敵を斧で叩き切っていく。


「面白いことしようじゃないの。ねぇ、君。」


 いたずら好きの子供のような笑みを浮かべて見せてきたチェシャ猫にエクスはうんと頷く。そしてチェシャ猫の魂とコネクトした。


「よぉ~し、いっくよ~!」


「あぁ!」


ふたりのチェシャ猫が同時に瞬間移動をする。


「ぜ~んぶ消えちゃえ!」


―――ぜ~んぶ消えちゃえ!


そして同時に大量の矢を放ってみせた。見事に多くの敵が矢の雨を浴びて倒されていく。


「やった。大成功!」


「いえ~い!最高!」


ふたりは元気にハイタッチした。

 門の前にはうじゃうじゃかなりのトランプ兵とヴィランが群がっていた。


「うわっ気持ち悪いです!」


時計うさぎは完全に引いていた。


「ほんとね!見てなさい!」


するとレイナは絢爛豪華な装飾品が備わった純白のドレスを着飾ったひとりの女王の姿に変身した。鏡の国のアリスに登場する白の女王だ。


「白の女王様の力、とくとご覧あれ!」


―――どいてくださる?


魔導書を構え白の女王は激しい雷魔法を解き放った。門の前で群がっていた大量の敵たちは稲妻を浴びながら空へ吹き飛んだ。すると、敵たちは散り散りになり道が開かれた。


「みんな、今よ!」


レイナの掛け声と共にエクスたちはなんとか城内への侵入を果たした。

長い廊下をひたすら駆けるエクスたち。次から次へと現れる敵たちを蹴散らしていく。


「メアリーアンを探すんだ!」


「だぁれ、メアリーアンって?」


その時、少女の声が響いた。

 エクスたちの前に黒い影が集まり、そこからとある少女が姿を現した。メアリーアンだ。


「メアリーアン!」


「だーかーらー私はメアリーアンなんかじゃないって言ってるでしょ!私はアリスなの!この国の女王、この世界のヒロイン、アリス!アリス!!アリスぅ!!!」


狂気に満ちた表情でエクスたちを睨みつける。


「こいつ…カオステラーといってもおかしくないほど大分いかれてきてるぞ。」


「えぇ。カオステラーに近い魔力を感じるわ。」


「なぁにをごちゃごちゃとわけわからないことを言ってるのぉ~?お城の中でも散々騒いでくれちゃって。ほ~んっと迷惑な人たちね!悪い子はみんなみ~んな首を刎ねてやるんだから!!!」


するとメアリーアンの影が大きく伸び上がったかと思えば、ふたつに分裂して巨大なふたつの鎌に変形した。そして勢いよく影の鎌が振るい落とされた。


「危ない!」


エクスたちは影の鎌から避ける。


「あんなのまともに食らったらたまったもんじゃないわよ!」


「つーか死ぬだろ?!」


「ほらほらぁ!少しでももたついたら首がお空の上のお星さまよ!!」


メアリーアンは2体の影の鎌を振るいながらさらに自身の手に剣を構えた。


「やばっ。あいつ、二刀流ならぬ三刀流ですよ!」


「くっ…。これじゃあ下手に近づけられない!」


「さぁさぁ。いちばん最初に飛んでいくのは一体誰の首かしらぁ?」


 チェシャ猫はなんとか隙を見て姿をくらましメアリーアンの背後に移動した。そして弓矢を構え狙いを定める。しかし、


「はっ…!?」


メアリーアンの足元から黒い波動が流れ出てきてチェシャ猫を襲う。


「くっ…!」


チェシャ猫は床に倒れ伏す。


「みぃつけた☆」


不敵な笑み浮かべチェシャ猫を見下ろすメアリーアン。


「いちばん最初に飛ぶ首は猫さんの首だー!!!」


影の鎌と剣を高く振るい上げる。


「チェシャ猫!」


「ちっ…!」


「やめてください!!!」


その時だった。床に流れ出る黒い波動を浴びながらも時計うさぎがメアリーアンの元へ駆けて行った。


「時計うさぎ!」


「危ない!離れろ!」


しかし時計うさぎはそのままメアリーアンを強く抱きしめた。


「なっ…?!」


「お願いです!もうやめてください、メアリーアン!」


「は、離して!」


「嫌だ!離しません!」


暴れるメアリーアンに時計うさぎは強くしがみつく。


「離せぇぇぇえええぇぇぇぇえええ!!!」


メアリーアンはこれまでにないほどの禍々しいどす黒いオーラを噴出した。時計うさぎはそのオーラを身体全体に受けた。それでもしがみついた手を離そうとはしない。


「ごめんなさい。ごめんなさいメアリーアン。君はいつも酷い目に遭っていたのに気づいてあげられなくて、助けてあげられなくて…。」


「うるさい!うるさい!!うるさい!!!」


「メアリーアン。ごめんなさい。メアリーアン。」


「アリス!私はアリスなのぉ!」


メアリーアンの狂気で満ちた瞳から大粒の涙が浮き上がってきた。


「アリスがいい…アリスがいいのぉ…私はアリスになりたいのぉ…。」


 その時メアリーアンは昔を思い出していた。




 森の中をひとり歩いている時だった。そこでとある少女と出くわした。少女は自分と驚くほど容姿がそっくりであった。


「あなたは誰?」


「私はメアリーアン。あなたは?」


「私はアリスよ。」


 アリス。その名はよく知った名であった。マスターがいずれ不思議の国へと誘うヒロインだ。


「アリス…?あなたが?」


「えぇ。そうよ。今時計を持ったうさぎさんを追いかけているところなの。それが私の『運命の書』に記された役割なのよ。」


 私は一目見て彼女が好きになった。とても愛らしく、何よりヒロインの運命を全うして生きる彼女がとても誇らしくそして輝いて見えた。


 アリスは私にとっての憧れだった。


 でもそれと同時にアリスが憎かった。


 私と彼女はこんなにもそっくりなのに。どうして私がメアリーアンで彼女がアリスなのか。何故ストーリーテラー様は私に『空白の書』を、彼女に『運命の書』を与えたのか。


 私と彼女はこんなにも同じなのに、こんなにも違う。


 どうしてあなたがアリスなの?


 どうして私がアリスではないの?





「羨ましかった…悔しかった…憎らしかった…アリスが…アリスばっかりずるいぃ…私もアリスがよかったぁぁあ…。」


 メアリーアンは大粒の涙を零す。


「…ずっと苦しかったんですね。アリスが…大好きだったんですね。」


時計うさぎは優しくメアリーアンの頭を撫でた。


「でも、いいんです。あなたはアリスにならなくても。あなたには私と友達になってくれるという素敵な役割を与えられたメアリーアンなのですから。あなたはアリスじゃなくても私にとってはこの世でいちばん大切なメアリーアンなのですから!」


 その言葉を聞いてメアリーアンの瞳から狂気が薄れていく。そして禍々しい黒いオーラも影の鎌も霧のように消えていった。


「…ま…すたー…。」


やがて手中に収められていた剣も床に零れ落ち、カツーンという音が響き渡る。


「…どうやら無事に暴走を食い止められたみたいだね。」


涙を流しながら抱き合うふたりを見つめエクスたちはほっと息を吐いた。


『クルルルァ!』


しかし、突然大量のヴィランたちが現れエクスたちの周辺を取り囲み始めた。


「な、なんだこいつら!」


ヴィランたちがこちらを鋭く睨みつけている。

咄嗟にメアリーアンはヴィランたちの前に立ちそうして大きな声で告げた。


「もういいの!みんな、やめて!」


『クルルルァアアアア!!』


しかし、ヴィランたちはメアリーアンの言う事を聞こうとしない。


「な…どうして…。」



「おやおやぁ。アリスごっこはもういいんですか?」



するとどこからか男の声が響き渡った。


「この声は…!」


レイナが気配を読み取りキッと振り向くとそこには怪し気な男がひとり立ち尽くしていた。


「折角アリスになりたいという願いを叶えてあげましたのに…残念ですね。」


「ロキ!」


想区に混沌をもたらす力を持った魔法使い、レイナと因縁を持つ男ロキであった。


「全部、あなたの仕業だったのね!」


「嫌ですね、調律の巫女様。それではまるで私が悪者みたいではありませんか。私はただ彼女にアリスになるための魔力を与えただけですよ。」


ロキは周囲に並ぶヴィランたちを見つめる。


「…しかし、もうアリスになりたくないというのならこの舞台はお終いですね。お次は貴女の時代といった所でしょうか?」


そう言うとロキの背後からある人物が姿を現した。それは混沌に満ちた姿をしたハートの女王であった。


「ハートの女王!」


「あの姿…彼女がカオステラーね!」


ハートの女王はメアリーアンを見つめた。


「お前みたいな小娘ごときに女王の座を奪われてたまるものか。わらわこそがこの国の女王なのだ。」


「その通りです。女王陛下。今までのアリスの力も私が手助けしてあげただけに過ぎない。真の力を持ったのは貴女様。」


「ホーホッホッホ。さよう。」


ハートの女王はきらびやかな模様の扇子を開き口元をそれで隠しながら笑ってみせた。


「メアリーアンの魔力はロキのものだったのか!」


「なるほど、だからあたかもメアリーアンさんがカオステラーのように見えたのですね。」


「その通りです。所詮『空白の書』の持ち主はカオステラーにさえなり得ない存在なのですよ。」


「メアリーアンの思いを利用して、女王を倒させアリスになる願いを叶えた。そして一方で女王の座を奪われたハートの女王の思いを混沌に呑み込ませて今の状況を作り上げたということね!」


「えぇ。利用するものはできる限り利用してなかなか凝った演出でしょう?」


にやりと微笑むロキ。それに対してエクスは「ふざけるな!」と吠えた。


「人の心を弄ぶような真似をして、絶対に許さない!」


「くくく…。ならばせいぜい足掻いて下さい。この想区が混沌に呑み込まれる前に…。」


そう言うとロキの身体がだんだんと薄れていった。


「待ちなさい!」


レイナが咄嗟にロキの元に駆け出したが、あともう少しというところでロキは完全に姿を消した。


「くっ…逃げ足の早い男め…!」


すると突然ハートの女王が手にしていた杖を床に強く叩きつけた。すると、周囲にいたヴィランたちが一斉に攻撃体制に変わった。


「さぁ、ハートの女王の復活を祝して、奴らの首を刎ねるのだ!」


その掛け声と共にヴィランたちが襲い掛かってきた。


「姉御、今はコイツらの退治とハートの女王に集中です!」


「…えぇ、そうね!」


「っしゃあ!いよいよクライマックスか!面白ぇ、みんな行くぞ!」


「あぁ。この悪夢を終わらせる!」


エクスたちはヒーローの魂と繋がり再び激闘を開始する。


『クルル…!』


「ひっ…!」


ヴィランに睨みつけられたメアリーアンは恐怖におののき、その場から動けずにいた。


『クルルルァアアアア!!』


ヴィランがメアリーアンに向かって飛びかかる。


「メアリーアン!」


その時、時計うさぎが必死にメアリーアンの前に立ち抱き抱えた。


「ま、マスター…!」


すると、


『クルルルァアアアア…!?』


突然飛びかかってきたはずのヴィランが何か黒い影に何度も引き裂かれ消えてしまった。ふたりがゆっくり目を開くとそこには黒い服とマントを身にまとい、顔を半分仮面で隠したひとりの男が立っていた。彼は、オペラ座に潜む怪人と言われる男、ファントムであった。


「ふたりとも、大丈夫?」


ファントムの姿をしていたのはエクスであった。


「え、エクスさん…?はい、大丈夫です!助かりました!」


するとまたもや多くのヴィランたちがこちらに迫ってきていた。


「任せて!」


するとエクスは大剣を構え、ヴィランたちの方へ向かった。そして、闇のオーラを全身に纏った。


「いくよ!」


ファントムは静かに口ずさむ。


―――絶望の喝采を聴きたくはないか?


“ ファントム・レクイエム・アリア”


その瞬間、ファントムは物凄い速さで周りを取り囲むヴィランたちを一気に切り刻み出した。その速さは尋常ではなく、まるで黒い影が切り裂いているようだった。またそれは、ファントムによる華麗な独唱でもあった。

やがてその場にいたヴィランたちは皆煙のように消え去った。


「す…凄い…。」


「…。」


「メアリーアン。」


メアリーアンはエクスを見つめた。


「僕も君と同じ『空白の書』の持ち主なんだ。」


「…え?」


「僕もストーリーテラー様から何も運命を与えられなかった。初めはそんな自分が悲しくてとても辛かった。…どうして、僕は彼女と違うんだろうって…。」


エクスの頭によぎったのは、灰にまみれながらもいつか出会う王子様と幸せを夢に見て強く生きてきたひとりの女性。


「…だけど、そんな僕にでもやれることがあるんだって。戦うことが出来るんだって、そうレイナが教えてくれたんだ。」


そしてエクスはひとつの『導きの栞』をメアリーアンに渡した。


「君にもそれが出来る!きっと!」


メアリーアンは、『導きの栞』を手に取った。しばらくそれを見つめた後、メアリーアンはゆっくり頷き自身の『空白の書』に挟んだ。その時、メアリーアンの身体が幾つもの光に包まれた。


「…!」


美しい光の中で誰かが手を差しのべているのがわかった。


…あなたは?


―――私はあなたが誰よりも分かっているはずよ。


…。


―――だからこそ私たちはこうして繋がれる。一緒に戦いましょ。


…えぇ…!


光の中から姿を現したのは、赤いドレスを身にまとった幼気な少女。鏡の国のアリス。


「…ありがとう。」


アリスの姿をしたメアリーアンがエクスにそう言って笑った。


―――さぁ、あの悪い子さんたちにレディの嗜みを教えてあげましょ。


「えぇ!」


メアリーアンは、手にした弓を構える。


「レディの嗜み、教えてあげる!」


―――悪い子ね!


メアリーアンとアリスが共に矢を放つ。すると、光線の如く矢が鋭くヴィランたちに向かって放たれる。その矢を射抜かれた幾つものヴィランたちが吹き飛ばされていく。


「いいぞ、その調子だ!」


 メアリーアンに続いてエクスも剣を振るう。時計うさぎも杖を振るう。白の女王の姿をしたレイナが魔法攻撃を放ち、ラ・ペットの姿をしたタオが斧で叩き切り、ラ・ベルの姿をしたシェインが切り上げ、そしてチェシャ猫が矢で敵を射抜いた。

 皆の活躍により次から次へとヴィランたちを蹴散らしていった。


「おやおや。やるじゃないか。」


 その様子をカオス・ハートの女王は静かな眼差しで見つめる。


「よし、ヴィランは片付けた!」


「残りは女王だけだ!」


 エクスたちは一斉にハートの女王に向かって走って行った。しかし、


「愚か者!」


ハートの女王が杖を高く持ち上げると、杖の先端が眩しく光り始めた。


「はっ…!危ない!みんな交わして!」


相手の攻撃を予期したレイナが叫んだ。その時、エクスたちの中心で強大な爆発が起きた。レイナの助言もあり、皆間一髪でその爆発を交わした。しかし、凄まじい爆風により時計うさぎが吹っ飛ばされてしまった。


「うわあぁぁぁ!」


そのまま床に強く叩きつけられる。


「うぐ…はっ!」


時計うさぎが顔を上げると目の前にハートの女王の姿があった。


「ふふふ。まずは貴様だ。消え失せるがいい!」


ハートの女王が杖を構え時計うさぎに向かって力強い光線を放った。


「マスター!!!」


そこへアリスの姿をしたメアリーアンが風のように駆けていき、時計うさぎの前へ両手をいっぱいに伸ばして立ちはだかった。そして、


ズガアアアアアアン!!!!!


ハートの女王が放った光線がメアリーアンを直撃した。


「……っ…。」


アリスの姿が消え、メアリーアンはそのまま倒れ伏した。


「…め…メアリーアン…。」


時計うさぎの目にはボロボロの姿で床に転がったメアリーアンの姿。


「メアリーアン!」


時計うさぎはすぐさま身体を起こし、メアリーアンの元へ駆け寄る。


「メアリーアン!しっかりするですよ!」


「う…ううう…ま…すたー…。」


ハートの女王の放った魔力が強烈だったらしくメアリーアンはやっと息をしている状態であった。


「待ってください!今、回復魔法を…!」


「今は…あいつを…ハート…の…女王を…。」


「で、でも…!」


「この世界を…マスターの生きた世界を…平和に…。」


「…っ!」


「…。」


そのままメアリーアンがゆっくりと目を閉じた。


 時計うさぎは息を呑んだ。


「そんな…!」


 遠くに飛ばされたエクスたちもその光景を目にし、愕然とする。


「ほほほ。馬鹿な小娘。わらわから女王の座を奪ったと勝手に思い込んでいた挙句、最後にはうさぎを庇って無様にやられるなんて…まさに滑稽ね!」


ハートの女王の声が城中に響き渡る。


「己の愚かさを身を持って知るがいい!おーっほっほっほっほっほっほっほ!!!」


そして高らかに笑う。


「…せん。」


時計うさぎが言葉を吐いた。


「ん?何か言ったか?」


ハートの女王は首をかしげた。時計うさぎは身体を震わせながらゆっくりと立ち上がる。


「…しません。許しません。絶対に…絶対に…!!!」


そしてハートの女王を睨みつける。その眼は悪魔もが恐れおののくような鋭さであった。激しい怒りが時計うさぎの中から込み上げていた。その様子にハートの女王は鳥肌が走り、後ずさる。


「うあああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」


時計うさぎは杖を構えハートの女王へ猛突進した。ハートの女王は自身の杖でそれを受け止めるが時計うさぎはがむしゃらに杖を振り回す。


「うさぎにもですね…怒る時があるんですよ!!!!!」


鬼のような形相を浮かべ魔法攻撃を放つ。


「くっ…!こ、このぉ!」


ハートの女王は杖を光らせた。すると3体のブギーヴィランが出現した。


「この忌々しいうさぎをやっつけておしまい!」


そう命令を下すとヴィランが時計うさぎに向かって飛びかかっていく。


「おっと!」


するとそこへチェシャ猫が矢を放ちヴィランに命中させた。


「ハートの女王、観念なさい!」


そしてエクスたちがハートの女王の周囲を取り囲んだ。


「まだだ!まだわらわは終わらない!」

ハートの女王は再び杖を天高く掲げる。


「いいえ、終わりよ。」


 その時であった。突然少女の声が鳴り響いた。


「何っ?!」


ハートの女王が声の鳴った方へ振り向くとそこには剣を構えたひとりの少女がいた。


「な…お前は…!?」


 長い亜麻色の髪の毛に青いドレス。


「悪い悪い女王様。あなたはここでお眠りなさい!」


 剣を構えた少女、アリスが駆け出し光纏った剣で力強くハートの女王を切り裂いた。


「ぐあっ…!!くっ…な、な…ぜ…アリスが…!?」


「おっと俺たちもいるぜ。」


「そうそう。忘れちゃ駄目だよ~!」


「あの声は!」


エクスが見やるとそこにはハッターと三月うさぎの姿があった。


「おのれぇ!次から次へと!」


ハートの女王は杖を振るい、魔法の球をいくつもハッターたちに向けて投げ飛ばした。


「うわあ!タイヘンタイヘンタイヘンタイヘンタイヘンタイヘンタイヘンタイヘンタイヘン、ヘンタイだ――――――!!!」


慌てふためくふたり、すると突然ふたりの身体がふわりと宙に浮かび上りギリギリで魔法の球を避けた。


「ふいぃ~危ないところだったねぇ。」


ふたりの間にチェシャ猫が姿を現した。ハッターたちの所まで瞬間移動をし、ふたりの襟を掴み取りジャンプして避けたのだ。


「助かったぞ、チェシャ猫…ぐえ。」


「やるじゃん、チェシャ猫ちゃん!おえ!」


「おいおい、命の恩人に向かって吐くのだけは勘弁だよ?」


 一方ハートの女王は奥歯をギリギリと噛み締める。


「どいつもこいつも…わらわの邪魔は許さぬ!!!」


もう一度杖を掲げようとする。


「させるかぁ!」


「させません!」


そこへタオとシェインが盾と大剣を使って杖を受け止める。


「はあ!」


そしてレイナが雷属性の魔法と解き放つ。


「ぐあぁぁ!」


ハートの女王の身体に電気が走り、その痺れにより動けなくなった。


「し…しまった…!」


「これで終わりだ!」


大剣を構えたエクス、剣を構えたアリス、そして杖を構えた時計うさぎが一斉にハートの女王めがけて攻撃を放った。


「うぎゃああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」


ハートの女王の断末魔が轟き、そのまま抜け殻のように崩れ落ちた。


 カオス・ハートの女王は倒された。


「はぁ…はぁ…。やった…んだね。」


「えぇ…。」


「メアリーアン!」


 時計うさぎはすぐさま床に倒れているメアリーアンの元へ駆け寄った。


「メアリーアン!メアリーアン!」


メアリーアンを抱きかかえ必死に名前を呼ぶ。しかし、なかなか返事をしない。


「そんな…。」


「いや、かろうじでまだ息をしています。」


「レイナ、どうにかできないの?」


「私もなんとかしたいわ。でも、これはもう…。」


すると「う…うぅ…。」と、メアリーアンが声を漏らした。


「メアリーアン!」


「ま…すたー…。」


「しっかりするです。」


時計うさぎは震える手で杖を構える。杖がガタガタと揺れる。そこにそっとメアリーアンは優しく片手を添えた。


「もう…いいよ…。」


「な、何を言っているんですか!?」


「もう…遅い…。」


「そんなことありません!必ず私が…私が…!」


するとメアリーアンはもうひとつの手を伸ばし時計うさぎの手を握りしめた。それはもう弱り切った力であった。


「ど…どうして…今度こそ…今度こそ助けるって誓ったのに…私はいつもいつも助けられない…うっ…うっ…。」


 涙を流す時計うさぎ。そんな彼女を見てメアリーアンはゆっくりと首を横に振った。


「マスターは…いつも私のことを…助けてくれたじゃない。」


「えっ…?」


メアリーアンはあたたかい目で時計うさぎを見つめながら言った。


「マスターはいつも怖がっていた私を…泣いていた私を慰めてくれた…みんなが私のことを虐めても、マスターだけは私に優しくしてくれた…。」


そしてメアリーアンも涙を流す。しかし、綺麗に微笑みながら。


「私…嬉しかった…マスターが私はひとりじゃないって。みんながみんなおかしくて当たり前だって…そう言ってくれたのがすごく嬉しかったの…。」


「メアリーアン…。」


「もし、生まれ変われたら…きっと私、またメアリーアンになるわ…そしてマスターと出会うの…マスターのお友達になるの…。」


メアリーアンの視界が徐々に薄れていく。



「ありがとう…マスター…私の…大切な時計うさぎさん…。」



 やがてメアリーアンはゆっくりと目を閉じ、眠りについた。

 沈黙の中、時計うさぎの泣き声だけが世界に響いた。





「私がこの城にやってきて裁判から逃げた際、メアリーアンと出会ったの。そこで彼女に捕まって牢屋に閉じ込められていたの。」


 アリスが事を話した。


「そこへ我々がやてきて捕らわれていた彼女を見つけたということだ。」


ハッターが言った。


「メアリーアンは自分と同じ顔をしつつも『運命の書』を持っていたアリスを憎んでいた。だけどそんな彼女を殺さずにずっと牢屋に閉じ込めていたというのは…。」


「それはおそらくメアリーアンの中でアリスが憧れの女の子でもあったからなんでしょうね。だからアリスのこと殺せなかったのよ。」


「……。」


時計うさぎはメアリーアンの抜け殻を抱きかかえている。その様子を皆が静かに見つめる。しかし、チェシャ猫が口を開いた。


「…あまり時間は無いんじゃないか?」


その言葉にレイナは「えぇ。」と答える。そしてしゃがみ込み、時計うさぎと眠ったメアリーアンを見つめた。


「今から『調律』を開始するわ。この想区は元の世界を取り戻す。みんな私たち、ここであった出来事の記憶を失い本来の運命を歩みだす。…ただ、死んだ者は新たなる者がその役割を担うことになり、生き返ることはない。…ましてや『空白の書』の持ち主である者がどうなるかは私にもわからない…それでも…。」


悲しみを抑えながら語るレイナに対して時計うさぎはゆっくりと頷いた。


「大丈夫です。私は信じています。必ずまたこの子と出会えることを。この子もそう言っていましたから。」


そして涙を浮かべながら笑った。


「メアリーアンは夢見る女の子。そしてその夢を叶える力を持った女の子ですから。」


その言葉を聞いたレイナも笑みを浮かべた。


「そう…。なら、始めるわね。」


そして、『空白の書』とは別の書物を取り出し頁を開く。それは、『箱庭の王国』。そして静かに目を閉じて詠唱した。



—――混沌の渦に呑まれし語り部よ。



我の言の葉によりて、ここに調律を開始せし―――。




 レイナの詠唱により淡い光が世界を包み込む。その光の中で時計うさぎはメアリーアンは抱きかかえながらメアリーアンに言った。



「きっと。また会えますよ。私の大切な、メアリーアン。」







 どこまでも広がる青空と緑の丘。風がやさしく吹き抜けて草花が揺れる。


「今回も色々なことがありましたね。」


「そうだな。…だが思い返している前にまずは前へと進まなきゃならねぇな。」


「えぇ。私たちも新しい想区へと向かわなくてはね。」


 『不思議の国の想区』の景色をしばらく眺めた後、次の想区へ向かうべくタオとシェインは歩き出した。レイナも歩き出そうとしたが、立ち止まっているエクスに気が付き足を止める。


「どうしたの?」


「あ、いや…。彼女はどうなったのかなって…。」


「メアリーアンのこと?」


「うん。」


「『空白の書』の持ち主が死んだ後のことは私にはわからない。他の人たちが彼女の存在を覚えているのかどうかもなんとも言えないわ…。」


「…。」


「…でも、私は忘れないわよ。決して。彼女は教えてくれたもの。カオステラーが干渉できない『空白の書』の持ち主でもカオステラーに近い存在に成りうるということを。…それに何よりアリスに憧れる者同士。彼女もまた私にとって永遠の憧れの女の子だもの。」


 そう言ってレイナは笑った。


「…うん。僕も忘れないよ。」


そしてエクスも笑った。


「さぁ、行きましょう。」


「うん。」


 レイナはエクスに手を差し伸べてエクスはその手を取り、歩き出した。





 風が吹き抜ける広大な丘にひとり少女が気持ちよさそうにその風を感じていた。美しい亜麻色の長い髪が揺れる。


「メアリーアン。」


 すると遠くから声が聞こえた。うさぎ耳を生やした少女がこちらに向かって駆けてきた。


「メアリーアン。やっと見つけた。もう探しちゃったじゃないですか。」


はぁはぁと息を荒げながら少女が言った。


「あれ、どうしたのマスター。そんなに慌てた様子で。まあ、マスターが慌てているのはいつものことだけど。」


そんな彼女を見て少女は面白おかしく言った。


「どうしたのじゃないですよ。それにいつもは余計です!あー、そんなことよりも私の懐中時計!」


「懐中時計?」


「ほら、この間壊れちゃった懐中時計を君が直してくれるっていうから預けておいたじゃないですか。」


「あぁ。あれね。あれならちゃんと直しておいたわよ。」


そう言って少女はエプロンのポケットから懐中時計を取り出し、うさぎ耳の少女に渡した。うさぎ耳の少女が懐中時計を開いてみせる。


「ほら、ちゃんと動いてるでしょ?」


「本当だ。助かりました、メアリーアン。」


「いえいえ。あ、そうそう。いつもせっかちで慌てふためいているマスターのために時間を通常よりも20分ほど遅らせておいたわ。」


「おお。なるほど。さすがメアリーアン、気が利くですね。」


「でしょ?でしょ?」


「うん。うん。……って、えぇー?!なんですって?!そ、それじゃあ今はこの時間の20分後ということですか??!!」


「そうなるわね。だって20分遅れているもの。」


「20分遅れているもの。じゃ、ないですよー!あわわわ大変です!このままでは確実に遅刻ですぅ!」


うさぎ耳の少女は先ほどよりも激しく慌てふためく。


「あら、いいじゃない。だってマスターの『運命の書』には遅刻しそうなところをヒロインのアリスに見つけられて彼女を不思議の国に誘うって書かれているんでしょ。」


そんな彼女とは裏腹ににこにこ楽しそうに笑う少女。


「それはそうですけどぉ!」


「私はあくまでマスターが遅刻するようお手伝いをしたまでよ。」


そして、高らかに告げた。


「だって、マスターを支えるのが『運命の書』に記された、私の役割だもの。」


「それ、支えていると言えますか!?」


「ほらほらさっさとしないとアリスにも会えなくなっちゃうわよ。それこそ本当の遅刻。運命に遅刻するわよ。」


「言われなくてもわかってますよ!それじゃ、家のことは任せましたよ!」


 懐中時計をしまい、うさぎ耳の少女は再び駆け出した。


「マスター。」


少女はそんな彼女を呼び止める。うさぎ耳の少女が振り返ると、少女は綺麗な笑みを浮かべ「行ってらっしゃい。」と手を振った。


「行ってきます。」


うさぎ耳の少女を笑みを浮かべ手を振り、そのまま走っていった。

 やがてうさぎ耳の少女の姿が見えなくなった。



「さぁて。今日も不思議の国の1日が始まるわよ。」



 少女、メアリーアンは空を仰いで穏やかに笑った。




 黄金の昼下がり、輝く太陽の光を浴びながら。



















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グリムノーツ〜混沌の国のメアリーアン 永久瀬 颯希 @boiboi

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